分水嶺に立つ世界秩序と日米同盟の戦略的再設計【吉田圭秀】【村野将】

B!

世界の安全保障環境が激しく揺れ動いている。
その淵源にあるのは、米国の安保・防衛戦略の変化である。
防衛戦略の専門家はこの変化をどう見ているのか?
また、同盟国日本はどのような役割が求められているのか?
米・イスラエルによるイラン攻撃についてもご見解をいただいた。

前統合幕僚長
吉田圭秀(画像右)

米ハドソン研究所上席研究員
村野将(画像左)


よしだよしひで:1962年生まれ。86年東京大学工学部都市工学科卒業後、陸上自衛隊入隊。内閣官房国家安全保障局内閣審議官、第8師団長、北部方面総監、陸上総隊司令官、陸上幕僚長などを歴任し、2023年3月より第7代統合幕僚長に就任、25年8月に退職。26年4月より第11代防衛大学校長。米国政府よりレジオン・オブ・メリット・コマンダー勲章、フランス政府からレジオンドヌール・オフィシエ勲章、オーストラリア政府からオフィサー・オブ・ジ・オーダー・オブ・オーストラリア勲章等が授与されている。


むらのまさし:1987年生まれ。拓殖大学国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年6月よりハドソン研究所研究員。24年7月より現職。著書に『米中戦争を阻止せよ』、共著に『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』『正しい核戦略とは何か』など。


 

統合幕僚監部の役割とは?

 村野 本日は「分水嶺に立つ世界秩序と日米同盟の戦略的再設計」といったテーマで議論を進めていきますが、最初に自己紹介をさせていただきます。私はワシントンD.C.に拠点を置くハドソン研究所に所属しています。我々は、一般的には共和党系のシンクタンクと認識されていて、トランプ政権とも政策的に距離が近いとみなされることがあります。ただここ数年は、防衛・安全保障に関する政策については、党派的というより実践的な研究・提言を行うことを重視してします。また将来日米に必要となる防衛力を見積もるためのウォーゲームも頻繁に実施しており、その成果を各関係部署に共有、意見交換を行ってもいます。

 吉田 私は1986年に陸上自衛隊に入隊し、昨年8月に退職したところです。最後は自衛隊制服組トップである統合幕僚長を務めました。折角の機会ですから、統合幕僚監部という組織について少しご説明させていただきます。統合幕僚監部は、防衛大臣の軍事専門的な補佐を行う防衛省の機関です。統合幕僚監部以外にも陸上、海上、航空のそれぞれに幕僚監部があって、これらの四つの幕僚監部が大臣をお支えする体制をとっています。

 統合幕僚監部は自衛隊の「運用」、陸・海・空の幕僚監部は「防衛力整備」あるいは「隊務運営」などの分野を担うといった役割分担があります。旧日本軍の言い方を使えば、「軍令」(軍隊の運用・作戦指導)が統合幕僚監部で、「軍政」(軍隊の組織・維持・管理)が陸・海・空の幕僚監部になります。

 2006年までは陸・海・空それぞれの幕僚監部が運用を担っていましたが、それが一元化されて、統合幕僚監部に「運用における大臣の補佐」という任務が明記されました。さらに昨年3月には統合作戦司令部が創設されました。統合幕僚監部は大臣のスタッフとして政治を支える側で、政軍関係のジョイントの役割を果たしていますが、統合作戦司令部は陸・海・空の部隊の作戦全般を統括します。

 感覚的に言えば、統合幕僚監部は上向きの仕事、統合作戦司令部は下向きの仕事を担うかたちになります。別の言い方をすると、戦略レベルを担っているのが統合幕僚監部、作戦レベルを担っているのが統合作戦司令部になります。私は統合幕僚監部のスタッフたちには、「我々は防衛戦略の屋台骨を担っている」と常に語ってきました。

 村野 統合幕僚監部が担っている「運用」とは、具体的にはどのような役割をされているのでしょうか?

 吉田 英語で言えば、Shape(形成)、Deter(抑止)、Respond(対処)の三つの役割に分類できます。Shapeは我が国にとって望ましい安全保障環境を創出することで、例えば、正に「防衛外交」としてのインド太平洋地域、NATO諸国等のカウンターパートとの連携も含まれています。

 Deterには、大きく分けて二つの要素があります。まずは我が国の防衛力の抜本的強化です。私は在任間次の三つの柱を立てました。①領域横断作戦の戦力化、②統合作戦司令部の新編・即戦力化、③スタンド・オフ防衛能力──日本に侵攻してくる艦艇や上陸部隊に対し、敵の射程圏外(遠方)からミサイル等で対処する能力──の導入・即戦力化です。

 国家防衛戦略では、2027年までに我が国が主たる責任を持って侵攻を阻止・排除できる体制をとることを目標にしています。今までのように装備が導入されてから、それをゆっくり戦力化していては間に合いません。導入前から具体的な運用構想等を明らかにし、導入されれば、すぐにそれが戦力化できる状態にすることをめざします。加えて、2027年以降の将来の統合的な運用構想を策定することも、統合幕僚監部の大事な役割になります。

 二つ目は、日米同盟の抑止力を強化することです。特に私の時代からは、日米の戦略レベルの連携強化をスタートさせています。

 Respondは、何らかの事態が発生した際の対処です。いま国際社会は「動乱の時代」とも呼べる状況で、複合事態が常態化しています。対処すべき任務としては、警戒監視、情報収集、対領空侵犯措置、ミサイル対処、在外邦人等の輸送、災害派遣、海賊対処、捜索救難など極めて多岐に渡ります。これらがほぼ同時期に多発的に起こりますから、その際に1個のボールに集中する小学生のサッカーをやってはいけないわけです。

 これらの複合事態への対処は、統幕の重要な部分です。ただし、昨年新たに創設された統合作戦司令部が対処のかなりの程度を担ってくれることにより、統幕は政治とのつなぎに専念できるようになりました。統幕は、ShapeとDeterにより集中することで、戦略レベルの連携を高める体制になったと言えます。

今の国際社会には四つの分水嶺がある

 村野 それでは本題に入りますが、まずは今日の戦略環境の全体像をお互いどう認識しているのか。ここを確認したうえで各論に入っていく流れで進めたいと思います。

 吉田 今の戦略環境を端的に言えば、地域紛争がグローバル化しているという表現が私にはしっくりきます。転機になったのは、やはり2022年のロシアのウクライナ侵攻です。ウクライナ戦争は歴史的な転換点であって、この年を境にして欧州や中東の地域紛争とインド太平洋、東アジア地域はまったく無関係とは言えず、連関し始めるという状況が出現しています。

 高坂正堯先生(国際政治学者、京都大学教授)は、『国際政治』のなかで「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」と述べています。この三つの体系に今の状況を照らし合わせてみると、今やロシアは力の体系一辺倒ですし、中国も利益の体系から力の体系にかなりシフトしている。そしてアメリカは価値の体系のリーダーだったのが、今では利益の体系を一番重視している。つまり力と利益の体系が優先されて、価値の体系が後ろに追いやられている。まさにパワー・ポリティクスの時代に入ったと見ることができます。これが2022年以降の国際社会の構造の大きな掴みだと思います。

 その上で、私は今の国際社会には四つの分水嶺があると考えています。一つ目が大国間競争と大国間政治の分水嶺です。ポスト冷戦時代の30年を超えて、いよいよ新たな「大国間競争」の時代が幕を開けたのだと考えていました。構図の中心にあるのが、米国と中国です。すなわち法の支配に基づく国際秩序を維持する民主主義国家と、力による一方的な現状変更を試みる権威主義国家との競争の時代が始まったのではないかと。私は米バイデン政権のときにこの構図は固まったと見ていました。けれども、米・中・露という大国が自らの勢力圏を中小国の意向を顧みずに線引きしてしまう大国間政治の時代に傾斜する可能性が出ています。大国間競争のままでいくのか、大国間政治に移っていくのか。この分水嶺が最も重要で大きな分かれ目です。

 二つ目は、米国の戦略としてセレクティブ・エンゲージメント(選択的関与)が維持されるのか、それともオフショア・バランシング──直接的な軍事介入を避け、同盟国や友好国が地域の安定を維持するよう支援し、米国はオフショア(沖合)に待機する戦略──に移ってしまうのか。ここが二つ目の分水嶺です。この分水嶺は、一つめの分水嶺と深く連動しています。

 三つ目は、東アジアで冷戦状態を維持できるのか、あるいは熱戦になってしまうのかという分かれ目です。かつての米ソ冷戦時代は、実際に冷戦が保たれていたのは第1正面の欧州だけでした。第2正面の東アジアでは朝鮮戦争、ベトナム戦争等の熱戦が起きたわけです。もちろん中東も熱戦でした。

 私は「リバース・米ソ冷戦」という言い方をするのですが、今は米中の戦略的競争が主軸になることで、東アジアがある意味では冷戦的な状況になっています。逆にかつて冷戦だった欧州は熱戦になっている。ですからインド太平洋地域なかんずく東アジアの冷戦状態を維持して、熱戦にさせないことが大事になってくる。

 四つ目は、経済と安全保障の負の連鎖を繰り返してしまうかどうかという分水嶺です。マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と言っていますが、歴史を振り返ると1929年の世界恐慌がきっかけとなり保護主義、ブロック経済が台頭したことが第二次世界大戦の大きな引き金になりました。あのときは経済と安全保障の負の連鎖がエスカレートしましたが、その歴史を繰り返さずに止めることができるのかどうか。

 現代は、時代の大きな分岐点に差し掛かっているという認識を私は持っています。

大国間競争のほうが大国間政治より
はるかにマシ?

 村野 一つ目の大国間競争と大国間政治のどちらに傾くのかという点は、軍事大国ではない日本にとっては極めて重要ですね。これは米国がどちらを向くかに左右されるわけですが、私は同盟国である日本はこの流れを決定付ける上で極めて重要な存在であると考えています。冒頭で統幕の役割の一つにはshapeがあるとご説明いただきましたが、まさに我々が米国に働きかけることで、日本にとって有利な国際安全環境をshapeすることが求められています。つまり日本が主体的に負担を引き受けることによって、米国の東アジア地域への関与を優先させる動きが必要になる。後ほどじっくりお話ししますが、ここは日米同盟における役割分担の話に直結することになります。

 ご指摘いただいたように、確かに第1期トランプ政権からバイデン政権までは、明確に大国間競争の時代でした。中国とロシアは併記されることもありましたが、どちらの政権も実質的には中国を最優先の競争相手としており、この流れは当分続くのだろうと思われていました。けれども、最近公表された第2期トランプ政権の「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」は、大国間競争の継続を必ずしも自明視できない内容になっています。

 ただ、米中ロの軍事大国が互いの勢力圏を認め合うような大国間政治にシフトしていく流れが確定的になったとも言い切れない。現在トランプ政権は、中南米における中国やロシアの影響力を排除して、この地域の安全を確立することを最優先事項に挙げています。年明け早々には実際にベネズエラへの軍事介入を実行して、世界を驚かせました。さらには米本土を核・ミサイル脅威から守ろうという「ゴールデン・ドーム」構想も打ち出していますから、西半球の守りを固めることを優先しているのは間違いないのでしょう。

 しかしながら「(西半球は俺たちの縄張りだが)残りの欧州やインド太平洋地域はロシア、中国が好きにしていい」ということにはなっていません。むしろ、国家安全保障戦略や国家防衛戦略からは、西半球以外の地域においては、各地域で正面に立つ米国の同盟国の役割・主体性を強化して、米国がそれらをサポートすることで中ロによる地域覇権の確立を阻止していくという姿勢が語られています。ですから、単純に世界を米国、中国、ロシアの三つの勢力圏に分けようということではない。

 また欧州とアジアとでは、米国の関与姿勢に違いが出てきています。欧州、そして朝鮮半島においては、吉田さんがご指摘されたようにオフショア・バランシング、あるいはバック・パッシング──他国に負担を押し付ける戦略──的な政策に傾斜しているきらいがあります。

 その一方で、インド太平洋地域における対中抑止については、米国は依然として主体的に関与しようという意思が伺えます。もちろん同盟国の責任や役割を増やすことを求めているのは同じですが、全てを同盟国任せにして米国の関与をゼロにしようとは考えていない。これは対中抑止にあたっては、同盟国の努力だけでは十分ではなく米国の強い抑止が必要であると認識している人が政権のなかに残っているからでしょう。特にマルコ・ルビオ国務長官やエルブリッジ・コルビー戦争次官などは、そうした考え方を持っています。

 ですから、欧州とインド太平洋の扱いには違いがあるわけです。欧州の専門家と話すと、「米国は欧州に対して『自分たちで何とかしろ』と突き放した態度をとっているが、いずれ日本や韓国にも同じようなスタンスで接するようになる」という警告を受けることがしばしばあります。ただし客観的に見ると、やはり米国が欧州とアジアに向ける視線の違いは大きいですし、韓国に対する態度と日本に対する態度にも違いがあります。

 吉田 今の村野さんの見立てに私も同意します。私自身も大国間競争から大国間政治に移行すると見ているのではなく、留まる可能性もあるし行ってしまう可能性もあると考えています。まさに我々はいま重要な分水嶺にいるわけです。

 私は大国間競争のほうが大国間政治よりはるかにマシだと思っています。フィンランドのアレクサンデル・ストゥブ大統領とお話しする機会を持ったことがありますが、その中で大統領は「ヤルタよりヘルシンキ」と仰いました。1945年のヤルタ会談によって「アメリカ、イギリス、ソ連が勢力圏の線引きをして、フィンランドはソ連圏に入れられてしまった」と語っていました。まさにフィンランドは大国によって中立化を押し付けられた苦渋の歴史があります。

 1950年にはアチソン・ラインがありました。これは米国の防衛ラインですが、アリューシャン、日本、沖縄、フィリピンは圏内にありますが、韓国と台湾は入っていなかった。これが朝鮮戦争の一つの引き金になったとの見方もあります。今韓国のメディアは、「第2のアチソン・ライン」という言葉を使うようになっています。今回の米国の国家防衛戦略を見ても、ほとんど北朝鮮には触れていません。米国は中国に関心が行っているので、北朝鮮は捨象されてしまっている。韓国からすれば、見捨てられてしまうのではないかという心配があります。再びアチソン・ラインのようなものが勝手に引かれてしまう可能性が出てくるので、見捨てられる懸念のある国にとっては歓迎すべからざる状況です。

 フィンランドのストゥブ大統領は、1975年のヘルシンキ会談についても触れていました。この会談は、大国によって勝手に線引きされたりしないように各国の主権や領土の不可侵性を定めた重要な会議で、今の欧州安全保障協力機構(OSCE)の原点になりました。やはり大国同士が談合するように振る舞う大国間政治の時代が到来することは、世界にとって極めて不幸なことだろうと思います。

ベネズエラへの軍事作戦と
ローズヴェルトの系論

 村野 ここからは各論について入っていきます。1月2日トランプ政権は、ベネズエラのマドゥロ大統領に対する強襲作戦を実行しました。トランプ大統領は本人が言う限りにおいては平和を志向する大統領であり、戦争や軍事力行使には抑制的と見る向きもありました。しかし、今回の対ベネズエラ作戦をもって、私は第2期トランプ政権が決して軍事力行使そのものに否定的な政権ではないことを再認識しました。そこにあるのは、米軍が被るリスクが相対的に小さく、短期間で決定的な成果を得られる軍事作戦であれば、躊躇なくそれを実行するという行動様式です。イランの核施設攻撃や、イエメンのフーシ派に対する攻撃などもこれに当てはまります。

 しかし気になるのはこの逆の条件、つまり短期間では終わらず長期間に及び、人的な犠牲が出たり、多くの兵器が失われたり、アメリカ本土が傷付く可能性のある軍事作戦の実行を許容するだろうか、という問題です。これはトランプ大統領に限ったことではなく、将来の米国の指導者にも同様の傾向が出てくる可能性があります。ウクライナ戦争が始まる直前の2021年冬に、バイデン大統領がウクライナ情勢を問われた際に「我々は米軍を派遣するつもりはない」と明言してしまったことに象徴されるように、やはり核武装した大国との対決には、イランやベネズエラを攻撃するのとは比較にならないリスクが伴います。これは中国を相手にする場合でも同じことが言えます。

 こうした政治指導者の判断には、民意がある程度反映されるわけで、この数十年で米国国民の戦争に対するリスク許容度が下がっていることは否定し難い。しかし、米国が過度なエスカレーションの回避思考に陥ってしまうことは、日本にとって良くないことです。ですから我々としては、米国が被るリスクを下げるために何ができるか、その努力と覚悟が問われてくるのではないかと思います。

 吉田 今の米国政府は、グレート・パワーの中露と、弱ってしまったイランやフーシ派、あるいは今回のベネズエラのような軍事的に見てかなり格下の相手とでは戦略的態度が異なっているというご指摘は、まったくその通りですね。大国に対していかに抑止を効かせて「力による平和」を実現していくのかが問われているにもかかわらず、米国は格下のベネズエラを攻撃した。この軍事作戦は、グローバル・ヘゲモニーからリージョナル・ヘゲモニーへの傾斜を強め、大国間政治の土壌を醸成してしまう懸念がありますから、私はその点が一番問題だったと見ています。

 トランプ大統領は、自身の外交姿勢について「ドンロー主義」を標榜しています。「内政重視の孤立主義」と形容されたトーマス・ジェファーソン大統領の時代に打ち出された外交姿勢「モンロー主義」の外交姿勢と自分の名前を掛け合わせた言葉とされています。ここからは、トランプ政権が19世紀型の外交スタイルへの回帰を意識していることが伺えます。

 モンロー主義以降に米国の外交姿勢がどのような変遷を辿ったのか、幾つかの典型的な例を振り返ってみます。モンロー主義の後に出てくるのが、「名誉と安全の重視」を掲げた第7代米大統領アンドリュー・ジャクソンの時代のジャクソニアン的な外交姿勢でした。米国の物理的な安全と経済的繁栄を最優先し、米国の尊厳や名誉が傷つけられた場合は激しく反応します。また米国の行動を縛る多国間協定には消極的なところがありました。トランプ大統領は、ジャクソン大統領を理想像として高く評価しています。

 その次に出てきたのが「マニフェスト・デスティニー」で、北米大陸の西への領土拡大は神から与えられた「明白な運命」であると正当化する考え方です。この外交姿勢のもとテキサス併合(1845年)、アラスカ購入(1867年)など米国は19世紀に太平洋に向けて領土を拡大していきます。

 そして20世紀初頭の「ローズヴェルトの系論」です。私はローズヴェルトの系論について調べてみて気づいたのですが、今回のベネズエラへの軍事作戦と当時の状況は似通っているところがあります。1904年にセルドア・ローズヴェルト大統領が年次教書で打ち出したのがローズヴェルトの系論で、国内政治に問題のある中南米の弱い国々に対しては、国際警察力としてアメリカが先に介入して欧州による干渉の芽を摘むという考え方です。これはモンロー主義からのまさに「系論」として出ているわけです。

 きっかけになったのは1902年のベネズエラ危機でした。このときは、ベネズエラの債務不履行に怒ったイギリス等の欧州諸国が海上封鎖したのをアメリカが仲裁に入りました。時を経て奇しくも同じベネズエラに対して米国は、軍事介入することになった。元々のモンロー主義は、西半球への欧州からの介入を嫌ったわけですが、今は中露の影響力を排除したいという考え方が背後にはあります。まさにローズヴェルトの系論の現代版を実施したとも言えます。

 村野 奇妙に一致していますね。

 吉田 モンロー主義からローズヴェルトの系論への流れは、防衛意識が強いところからより攻勢的な方向への推移を意味していますが、今は攻勢的な要素が噴き出ている印象があります。国際警察力として必要な時は介入するということで、今回のベネズエラの軍事介入が起きた。その一方で、欧州の紛争に対しては不干渉のスタンスをとっているので、ここはモンロー主義的な色合いが濃く出ている。ですから、19世紀の米外交が次第に攻勢的に変化をしていく過程全体をドンロー主義は含有しているのではないか。

 今回のベネズエラへの軍事作戦の是非については、多くの方がご指摘しているように国際警察力による介入が価値の体系を毀損する面があることは、その通りだと思います。ただし元々G7各国は、マドゥロ大統領の正統性自体を認めていないところがありました。それから繰り返しになりますが、私は価値の体系の毀損以上に、やはり地域覇権に傾斜してしまうことに問題を感じています。

 先ほど村野さんから、米国が西半球地域の覇権確立を優先することとロシア、中国の地域覇権を拒否することは必ずしも矛盾しないといったご指摘がありましたが、私は米国がリージョナル・ヘゲモニーへの傾斜を一層強めることがあれば、矛盾する部分も出てきてしまう可能性があるのではないかと心配しています。

 村野 そもそも米国が世界覇権国であり続けよう、あるいはもうやめようという自意識は、相対的な国力の余裕と関係しています。冷戦後を振り返ると、米国は名実ともに世界覇権国であり、力が有り余っていた。それゆえに余計なことをしてしまうこともあったわけですが、今は中国が台頭して、軍事的リソースも余裕がなくなっていますから、本来力を無駄使いしている場合ではないのです。

 もはや米国一国で複数正面に同時対処できなくなっている以上、限られたリソースをどこに注力させるべきなのかを明確にする必要があります。そして米国で防衛戦略を担っている人たちは、その少ないリソースを対中国に振り向けなければならないことを頭ではよく理解しているはずです。

 実際、米軍の将来戦力計画は、ベネズエラの麻薬組織を基準に構築されているわけではなく、明らかに人民解放軍と戦うことを想定して計画されています。しかし、今ある米軍をどう使うかという点においては、瞬間風速的な意味での政治の関心に振り回されることがしばしばあり、そのリソースを消費してしまうと戦略通りに事が運ばなくなります。この数カ月でそれを思い知らされている気がしています。

 ベネズエラで収まってくれれば良いのですが、トランプ政権はグリーンランドにも関心を示しています。吉田さんは、グリーンランドの地政学的な位置と米国が関心を向けていることについて、どのようにお考えでしょうか。

 吉田 地政学的に見ると、グリーンランドはゴールデン・ドームの拠点になり得るという軍事的な要衝であって、地経学的には埋蔵されているレアアースという直接的な利益があります。それ以上に先ほどの外交思想上の文脈で言えば、マニフェスト・デスティニーを連想させるところがあって、その現代版というイメージを持っています。カナダを「51番目の州」と呼び、グリーンランドの領有に関心を示すといった話が出てきていますから、今回は北極海に向けて影響権を広げていこうという狙いを感じます。

 現代版マニフェスト・デスティニーの最大の問題点は、米国と欧州の亀裂を拡大して、ロシアの修正主義的な行動を利することにあると私は考えています。欧州におけるロシアの地域覇権を拒否するというテーゼに対して、極めてマイナスな要素を及ぼす可能性がある。

 村野 グリーランドには冷戦期からソ連の弾道ミサイルに対する早期警戒レーダーが設置されています。また「GIUK(グリーンランド・アイスランド・英国)ギャップ」と呼ばれるように、欧州における対ロ潜水艦作戦における要衝であるという地政学的な説明はできます。けれども中国が最大の課題になっているなかで、グリーンランドが優先すべきアジェンダなのかと言えば大いに疑問です。

 今まさに吉田さんがおっしゃられたように、欧州正面における対ロ抑止を欧州に任せるという方向性自体は正しいとしても、別にそこで米国と欧州の関係を悪化させる必要はないわけです。グリーンランドにこだわることは、軍事的・政治的リソースを浪費するだけではなく、米国のインテグリティを毀損している側面は大きいのではないか。

トランプ政権の権力構造

 吉田 次に今の米国政治について少し考えてみたいと思います。こうした外交スタンスの変化の源泉は、米国政治にあります。トランプ政権の権力構造を見るとPrimacist(優越主義者)、Prioritizer(優先主義者)、Restrainer(抑制主義者)の三つの勢力がしのぎを削っています。今は明らかに後者に行くほど優勢なので、抑制的な政策が出てくる傾向があります。最近公表された「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」は抑制主義者と優先主義者による折衷という感じには見えますが、私は抑制主義と地経学優先の発想が通奏低音なのではないかと思っています。

 トランプ政権の支持母体は、主に次の三つの層から成り立っていると見ています。一つはMAGA(「Make America Great Again」をスローガンに掲げる熱烈なトランプ支持者層)です。彼らは米国がグローバルリーダーとして振る舞うことはコストに見合わないと感じていて、一国主義で他国への関与は控える強い傾向があります。二つ目はテック層です。彼らは米中の技術覇権競争に強い力点を置いています。三つ目はキリスト教福音派です。人口の約4分の1を占める彼らの思考が外交に与える影響力は大きなものがあり、重視しているのがイスラエルとの関係で、そこに過剰に重点が置かれる傾向があります。これらの三つの支持母体の外交姿勢は、決してすべて整合しているわけではありませんが、こうした支持層の意向を汲み取りながら政策が出されているわけです。

 村野 私が気になっているのは、抑制主義者が強い政権の対外政策がどのようなものになるのかということです。西半球における米国の安全と影響圏の確立を優先することが、我々がいるインド太平洋地域の安定にどのように関わってくるのか。より具体的に言えば、台湾や日本を含む東アジア地域への関与をどのように位置付けているのか、あるいは位置付けていくべきなのか。

 西半球という地理的概念をそのまま解釈すると、基本的には南北アメリカ大陸を指すわけですが、米国の対外政策におけるインド太平洋地域は、歴史的には東半球というより西半球の延長線上として位置づけられてきました。トランプ政権あるいは大統領自身がそのことを認識しているかわかりませんが、少なくとも国家防衛戦略を見る限りでは、中国に対する配慮も見えるものの、依然として第1列島線(日本の南西諸島から台湾~フィリピン~ボルネオ島を結ぶ線)における安全確保の必要性は、繰り返し言及されています。そうであれば我々としては、彼らの戦略概念における西半球の中に、インド太平洋地域を位置付け続けていくための具体的な働き掛けをしていくことが一つのポイントになります。

 吉田 先ほどのローズヴェルトの系論の先には、ハワイ、グアム、そしてフィリピンなど太平洋に向けて影響圏を広げていった歴史があります。今は第1列島線まで伸びている影響圏をそのまま維持しようとするのか、あるいは引き上げてしまうのかという分水嶺に立っているのだと思います。

 私は、米国が引き揚げるという方向には決して向かっていないと判断していますが、ご指摘のように日本がそこに協力することは極めて重要です。ここはまさに、いかに日米同盟を強化していくのかという課題に直結しています。

日米同盟は「二重の意味」で
アンカーになっている

 村野 それでは日米同盟に話題を移していきます。これまでの日本は、「アメリカは我々に何をしてくれるのか」という具合に不安を取り除き、安心感を求める態度が支配的でした。けれども今後は、米国側に要求するだけではなく米国がこの地域に前方展開するリスクを我々が低下させていく、つまり米国を安心させる努力が求められています。

 吉田 正直に申し上げると、これまではグローバル・リーダーとしての米国は、我が国の安全保障にとって「定数」と見ていたわけです。ところが米国政治が「変数」化したことで、同盟国や同志国はどこも米国への関与とヘッジを考えざるを得なくなってきました。ただ、ここには地域差がありますよね。

 例えば、カナダやグリーンランド──その主権を持っているデンマーク──などは米国のリージョナル・ヘゲモニーの対象になっていますから、こうした国が米国への関与とヘッジにおいてヘッジに重点を置くのは当然だろうと思います。カナダのマーク・カーニー首相は今年1月のダボス会議で、「ルールに基づく国際秩序は衰退し、破綻している」「古い秩序は戻ってこない」と演説で述べましたが、同盟国であっても今までのように米国を頼ることはできないという意識があるわけです。加えて、欧州全般にも同盟の「見捨てられ」のジレンマがあり、米国の関与が低減することの影響を最小限に抑えることをより一層強く考えなければならない状況です。

 それに対して東アジアは、セレクティブ・エンゲージメントの「選択」されている地域ですから、我々としては引き続き米国をこの地域に繋ぎ止めるための関与をやらなくてはなりません。そういう意味では私は、日米同盟は「二重の意味」でアンカーになっていると考えています。一つは、日米同盟はグローバルな秩序維持の礎にもなっているということです。政策文書などでは「日米同盟はインド太平洋地域の平和と安定の礎」といつも言われていましたが、今やこの地域のみならず世界の秩序維持にとっても重要な意味を持っています。

 二つ目は私の肌感覚ですが、米軍が日米同盟を軸としてこの地域に関与し続けるという意思はまったく変わっていないと思います。実はそれはヨーロッパ正面でも、同じことが言えると考えています。クリストファー・G・カヴォリ欧州連合軍最高軍司令官の退官前の挨拶を聞いても、欧州においても平和を維持するという強い意志があると感じました。ですから軍と軍の結び付きは未だに強固なものがあって、同盟のアンカーになっている。米軍は決して抑制主義的な発想を持っていないし、同盟を通じて構築された体制を信頼できると私は考えています。ですから、ミリタリーとミリタリーの関係を質的により一層高めていくことが必要です。

 村野 吉田さんは統合幕僚長時代を通じて、どこに力点を置きながら日米同盟を質的に深化させようとしてきたのでしょうか。

 吉田 私自身が力点を置いていたのは、戦略レベルの日米の連携です。これまでの自衛隊と米軍の主たる連携は、統合幕僚監部とインド太平洋軍の作戦レベルの連携が中心でした。例えば、2015年のガイドライン改定で設置された実効的防衛協力の仕組みである計画策定メカニズムや同盟調整メカニズムなどを見ると、そこが中心だったことがわかると思います。

 自分が着任したときには、2年後には統合作戦司令部が創設されることがわかっていました。作戦レベルの連携はそこに委ねられるので、戦略レベルの連携こそ統幕がやらなければなりません。具体的には、米軍の統合参謀本部議長、戦略コマンド(STRATCOM)司令官、宇宙コマンド(SPACECOM)司令官、そしてサイバーコマンド(CYBERCOM)司令官などとの戦略レベルの連携を開始し、強化しました。

 統参議長とのあいだでは、グローバル・キャンペーニングによって連携強化を行っています。どういうことか簡単に説明します。今までの日本は自分たちの周辺にある中国、北朝鮮、ロシアなど北東アジア地域ばかりに焦点を当てて安全保障を考えているところがありました。けれども地域紛争がグローバル化する中、日本もグローバルな視野で安全保障に取り組む必要があって、最早その役割を米国の統参議長だけに任せていれば済むという状況ではありません。そこに対して、我々も意見を言っていかねばなりません。そういうかたちで、統参議長とはグローバルな安全保障への取り組みという点での協議を進めてきました。

 戦略コマンド司令官とは、我々はいかにエスカレーション・マネジメントをしていくかという点について話をしてきました。ウクライナ戦争の大きな教訓として、ロシアは終始エスカレーション・コントロールを握って、相手国の行動を制限することを巧みに行っています。また、宇宙コマンドやサイバーコマンド司令官とは、宇宙領域、サイバー領域においても連携を深めています。日米同盟における戦略レベルでの連携こそが米国をこの地域につなぎとめる上で、実は最も重要な部分ではないかと思っています。

 村野 作戦レベルのみならず、戦略レベルにおいて日米が不可分な関係となることをめざしてきたわけですね。

 吉田 もう一つ同盟パートナーシップの拡大という点も強調したいと思います。インド太平洋地域は、米ソ冷戦時代のハブ・アンド・スポークの関係が基本になってきました。米国が中心にあって、2国間同盟がスポークのかたちになっているわけです。そういうバイラテラルな枠組みを土台として、ミニラテラルな協力を重ね合わせた多層的な枠組みへの移行が進んでいます。例えば、日米豪、日米韓あるいは日米豪印、あるいは日米豪比といった3カ国間・4カ国間の協力を重ね合わせているのです。

 インド太平洋地域ではNATOのように、どこか一つの相手に対する集団防衛体制を築くことは、この地域の現実から言えば、困難極まりないので、いかにミニラテラルな協力を重ね合わせるかが重要になっています。我々もそこを主体的に参画し、必要があれば自分たちがそういう枠組みをつくっていくことを考えてきました。

 それと併せて、NATOとの連携も進んでいます。欧州大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分になっていますから、地域的な課題に対する相互の関与を強化してきました。実際私は、統合幕僚長を務めた2年4カ月のあいだに参謀総長たちと250回ほど会談を重ねましたが、そのうちの約3割は米国を除くNATO諸国でした。

 この間も、イギリス海軍の空母プリンス・オブ・ウェールズを始めとして、英、仏、独、蘭、伊、スペイン、ノルウェーの艦艇や戦闘機等がインド太平洋地域に展開してきています。彼らはウクライナ戦争を支援しながらもこちらへの関与を強めてきてくれているので、当然、我々もウクライナ等に対しての支援を継続しているわけです。

 村野さんのほうから日米同盟の強化に向けたご提言はございますか?

AI時代の戦場とは?

 村野 最近ハドソン研究所では、海軍種向けに「ヘッジ・フォース」、空軍種向けに「エッジ・フォース」と呼ばれる考え方を提唱しています。共通するのは、激しい損耗が予想される最前線に投入する戦力については無人化を進めたり、安価で大量に投入できる装備に置き換えることで、リスクを低減しようという点です。

 紛争の初期段階において、自衛官や米兵の命、あるいは空母のような高額な装備をリスクに晒すことなく、中国の行動をある程度阻止できる見通しがつけば、日米の政治指導者が介入の決断を下すハードルを相対的に下げることができます。実際に防衛力を発揮できる信憑性が高いということは、中国に対する抑止の信憑性を高められるということです。つい最近でもダリル・コードル米海軍作戦部長が「ヘッジ戦略」という考えに言及していますから、徐々に米海軍の正式な作戦構想の中にはこうした考え方が入ってきている。

 その上で、第1列島線から第2列島線(伊豆諸島から小笠原諸島、グアム、パプアニューギニアを結ぶ線)に至るエリアの安全を確立する上で、フィリピンなどとの連携を強化する発想を持つことが挙げられます。数カ月前に、陸上自衛隊の防空ミサイル「03式中距離地対空誘導弾(中SAM)」をフィリピンに輸出することが議論されているという報道が出ています。実際に実施するのであれば、単に防空システムの移転だけではなく、すでに米比間で臨時使用が合意されているフィリピンの航空基地を日本も使えるようにしたり、それらを強靭化するために日米比豪が協力してインフラ投資を進めるといったパッケージも考えられるはずです。

 中国は2035年までに空母を最大9隻持つと見られており、爆撃機の遠征能力も高まっている。そうした点から三文書見直しでは、太平洋側の防衛が一つの焦点となるでしょう。しかし自衛官の採用難が叫ばれている中で、空母のような大型装備を増やすことはできません。そこでマリアナ諸島──グアムはもとより、サイパンやテニアン──のような第1列島線と第2列島線のあいだにある飛行場を日米が共同で費用を出して強靭化する。例えば、滑走路の復旧機材や、航空機を臨時展開させるための燃料やミサイルを事前集積しておくことも考えられます。

 吉田 どちらが軍事専門家なのかわからなくなりますね(笑)。いま出していただいた案は、軍事的に極めて合理性が高い案です。エルブリッジ・コルビー米国防次官の言葉を借りれば、「拒否戦略」──敵の侵攻や攻撃を物理的に阻止し、目標達成を不可能にすることで攻撃を断念させる防衛戦略──の具体化になるのだと思います。私としてはその考え方に賛同いたします。また米国やフィリピンなどを含みながら、もう少しダイナミックに強靭性や持続性を強化していく発想も素晴らしいですね。

 村野 我々がウォーゲームから得た知見として、いくら予算があっても、航空機を増やすだけでは戦局を変える効果が殆どないことがわかりました。中国の爆撃機やミサイルの増強ペースを考えると、2030年代、40年代の中国は地域に対する圧倒的な攻撃能力を持つ可能性が高い。そうなると、緒戦に我々の航空基地が自由に使えるとは限らないわけで、インフラ強化に加えて戦闘機だけに依存しない対空能力を維持する必要があります。

 今DARPA(アメリカ国防高等研究計画局)は、「ロングショット」と称する空対空ミサイルを1、2発搭載した滑走路に依存しない無人機を開発しています。これは元々空対空での交戦距離を伸ばすことを目的に始まったのですが、長く飛べるということは上空での待ち伏せ、つまり防空にも転用できます。同様に極めて効果が高かったのが、日本領土内から中国上空の爆撃機やAWACS(早期警戒管制機)を脅かせるような射程が900キロを超える超長距離地対空ミサイルです。これはスタンドオフの考え方を対地・対艦だけでなく、防空にも応用しようというものです。これらを日米で共同開発し、南西正面のみならず、太平洋正面に配備することを検討すべきだと思います。

 吉田 我々も防衛イノベーションを進展させ米中の技術覇権競争に貢献していくことは、米中の戦略的競争においても、我が国の国益にとっても、極めて重要です。すでに米国は2010年代半ばには第3のオフセット・ストラテジー──敵の量的優位を技術的・概念的な革新によって相殺し、軍事的優位を確保する米国の防衛戦略──というかたちで、意思決定中心の戦いに向けてAI等を活用していく方針を打ち出しています。

 それを受けて、中国も情報化戦争から智能化戦争へアップデートしていこうとしている。今のウクライナの現場を見ても、大量の安価な無人機が多機能で高価な有人のプラットフォームを凌駕している側面があります。さらにロシアもウクライナもAIの戦場への導入を試みており、将来戦の端緒も見え始めています。

 今後は自衛隊も、第4次産業革命の先進技術を防衛イノベーションに導入していくことで、この分野の将来の抑止力をつくることに積極的に取り組む必要があります。こうした先進技術の分野では、日米で協力しながら進めていくことができれば理想的なのだと思います。

日本の防衛産業基盤のアキレス腱

 村野 課題になるのは、防衛産業を平時と有事の両面で持続可能なものにすることです。防衛産業は、平時の需要に最適化していると有事の需要に対応できないし、有事の需要だけを考えていると平時に採算がとれないという課題がありますから、いい頃合いを見付ける必要があります。

 これはウクライナ戦争の一つの教訓ですが、現代の兵器開発においてはアダプタビリティ(適応性)とスケーラビリティ(規模拡張性)の両方が重要になります。アダプタビリティというのは、例えばロシアが電子妨害を仕掛けてきたら、それに迅速かつ柔軟に適応して対抗力を付け加えていけることを指します。スペースXのスターリンクが良い例です。逆にどんなに高性能なシステムでも、対抗手段が出てきたときに改修の柔軟性が低いと途端に陳腐化してしまい、役に立たなくなります。

 スケーラビリティは、需要が増大したときに大量にそれを生産できる能力を確保することです。高価格で高性能だけれども少量しか使えないとなれば、効果が限定されてしまいます。そこそこの能力だけれども、大量に投入できるシステムも重要になっています。

 従来の日本の防衛産業協力というと、日米の「SM-3 Block IIA」(弾道ミサイル防衛用の新型迎撃ミサイル)や日英伊の「GCAP(グローバル戦闘航空プログラム)」のように、高性能かつ高価格な事業が主でした。けれどもよりシンプルで大量生産できる適応性の高い能力を追求していく発想も必要でしょう。これまで見過ごされてきましたが、これから日米あるいはその他のパートナー国と防衛装備の協力をしていくうえでは考慮すべきポイントではないかと思います。質か量かの二元論ではなく、質と量をバランスよく、ということですね。

 吉田 日本の防衛産業基盤のアキレス腱をご指摘された感じがしました。やはりアダプタビリティとスケーラビリティは、ウクライナ戦争から得た防衛産業基盤としての重要な教訓ですね。AI、サイバー、宇宙などの先進技術を駆使するハイエンド戦争においては、産・官・学がデュアルユース(軍民両用)・テクノロジーをいかに実装化するかにかかってくる。1990年代のGPSのように軍が先行してスピン・オフしていくよりも、今は逆に民生技術をスピン・オンするシステムをつくっていく必要性が非常に高いのだと思います。ここはもう自衛隊や各国軍だけではできませんから、「産」と「官」、より長期的なところでは「学」まで含め一体となったエコシステムが必要と考えています。

 現在、ウクライナ戦争の裏側で、バルト海周辺ではすでにもう一つの戦争が起きています。ロシアはバルト海周辺国に対して、サイバー攻撃、偽情報拡散といったハイブリッド戦争を激化させています。コストも低いために閾値が低く、見えづらいので簡単に起きてしまいます。

 ロシアはウクライナと戦いながら、ハイブリッド戦を仕掛けられるわけです。ハイブリッド戦はハイエンドの軍事行動の予兆になることもあるので、このハイブリッド戦にはきちんと対処しなければなりません。ただし、ここは軍事組織のみでは不十分で、政府全体でも足りなくて、社会全体のレジリエンス(“Whole of Society Resilience”)を強めなければなりません。

 ハイブリッド戦においては、サイバー攻撃、海底ケーブルの切断、GPSの妨害、影響工作、心理戦、それからミサイルやドローン攻撃など多岐に渡る攻撃が繰り広げられますから、そうした場合にも国民をしっかり保護できるだけの抗堪性(敵の攻撃に耐えて機能を維持する能力)を持たなければなりません。また影響工作や心理戦の対象は、国民にも及んできますから、政府、企業、国民等の間で正確な情報を共有できる体制(“Need to Share”)を構築することも必要になります。

 もう一つ戦略的なポイントを追加すると、いわゆるINF(中距離核戦力)ギャップを埋める努力は必要です。ここはまさに村野さんのご専門ですが、INF全廃条約によって米露は射程500キロから5500キロの地上発射型中距離ミサイルをゼロにしてきました。その一方で、中国はこの間に中距離ミサイルの保有数を数百発以上にまで伸ばそうとしている状況があります。このギャップをどう埋めるかは、抑止にとって極めて大きな課題になっていますが、日本のスタンド・オフ防衛能力──敵の射程圏外からミサイル等で対処する能力──はその一助になると私は考えています。やはり、反撃能力は抑止の重要な要素なのです。

 村野 今年2月5日に新START(新戦略兵器削減条約)が期限切れを迎えて、冷戦期につくられた米ロ間の核軍備管理条約はこれでほぼすべて崩壊したことになります。元々ロシアは途中から履行停止していたので事実上崩壊していたとは言えますが、核軍備管理がない世界で、いかに安定的にマネージしつつ、必要な抑止力を確保していくのかは、ますます重要な課題になっています。

 吉田 ウクライナ戦争が核の影響下で通常戦が行われているという事実に我々は目を背けることはできません。今ロシアがやっているように、核を保有していない国に対して非戦略核を用いて恫喝をしたり、あるいは状況によっては限定的使用したりする事態が今後起こり得ることを非常に危惧しています。中国の核戦略はすでに「最小限抑止」から「確証報復」になっており、ロシアのようなさらにアグレッシブな核戦略を採用することを強く懸念しています。こうした事態への抑止力を高めていく発想を欠かすことはできません。

米国にグローバルリーダーであることを自覚させる

 村野 装備やシステムに関する話をしてきましたが、それを扱う人たちの協力関係を深めることが重要なのは言うまでもありません。米国の国家防衛戦略はかなり短い文書でしたが、「(複数正面における)同時対処問題(と同盟国との負担分担への含意)」という項目が入っていたことは、見落とされがちですが注目すべきところです。リソースが少ない中で、複数正面で同時に発生し得る危機にいかに対処するのか。これは現在の政権だけではなく、ここ数年の米国の戦略コミュニティにおける主要な課題になっています。以前は防衛戦略の専門家が率先して議論を始めていましたが、ウクライナ戦争が始まって以降は、欧州やアジアの地域専門家が相互に乗り入れてこの課題に真剣に向き合っています。ですから、政治レベルは低くとも政権内にこの課題に関心を抱いている人がいることは事実です。けれども果たしてそれが戦略レベル、作戦レベルの実行にまで結び付いているのかと言えば、とてもその段階に達しているとは言えないでしょう。

 米軍は「グローバル」と冠した同盟国との統合演習を定例でやっていますが、日本の関与はまだまだ限定的です。例えば、シュリーバー演習(10年先を想定した、宇宙における戦略レベルから作戦レベルにわたる議論を行う多国間机上演習)のように、機能領域に関する演習では日本やNATO諸国も参加しています。しかし、複数の地域統合軍や同盟国が連携する演習はほとんどないのではないでしょうか。NATOは欧州、米韓や日米はそれぞれ朝鮮半島や台湾といった地域毎の作戦計画は演練していますが、それらの危機が同時に起きたときに個別の計画を遂行できるか試して、能力や機能の不足や重複を特定するといった地域横断的な取り組みはまだ残されています。

 私は米国に対して、アジアと欧州の同盟国を相互に乗り入れさせたグローバルな統合演習をやるべきだと主張していますが、実際にやっていけるとお考えでしょうか?

 吉田 ぜひやるべきですね。米軍はグローバル・リーダーとしての意思をまだ強く持っているからこそ、そうした演習を企画しているのだと思います。自衛隊は、地域レベルでの運用構想を試すといった部分での参画に限られているのが現状ですが、グローバルな統合演習の範囲は広げていく必要があります。その際には、もう少し日本や欧州の意見を反映させていく努力もすべきでしょう。まさに地域紛争がグローバル化して、複数正面を同時に対処しなければならない時代においては、それを米軍だけに考えさせておけば良いというものではありません。

 私が統合幕僚長を務めていたときには、米国の統参議長や欧州の参謀総長たちと年に数回は直接会って、かなり濃密に様々な議論をしてきました。そこからもう一歩進めて、グローバルなレベルで共同演習や共同研究をやっていくのは進むべき方向です。戦略的に見れば、そうした試みは米国に対してグローバル・リーダーからリージョナル・ヘゲモニーへ行かせずにつなぎ留める方策にもなっています。

 村野 米国にグローバルリーダーであることを自覚させるということですね。

──「対話」収録後の3月1日、米・イスラエル両軍はイランへの軍事作戦を開始した。お二人に現時点(3月2日)でのご見解を伺った。

 吉田 今回の米国とイスラエルによるOperation Epic Furyは、イラン最高指導者の「斬首作戦」により、イランの体制変換を促そうとしている点で、昨年6月のイランの核施設破壊を目的としたOperation Midnight Hummerとは、明らかに次元を異にします。イスラエルと米国は、イランのプロキシー(代理勢力)が壊滅的打撃を受け、イラン本土の防空網も回復できていない現状を、イランの脅威を根本から取り除く「機会」と捉えていたと思います。

 米国の対外政策としては、西半球以外でジャクソニアン的介入を行ったという点で、国家安全保障戦略等で唱えた「ドンロー主義」を逸脱していると認識しています。

 何よりも、今後イランの報復攻撃は前回の「管理された」反撃とは比較にならないものとなるでしょうし、果たして米国が意図したShort Sharp Warで収まるのか。事態のエスカレーションについて予断を許さない状況です。仮に、本作戦が長期化した場合、中東地域の情勢が著しく不安定化するのみならず、米国の中東へのオーバーコミットメントにより、インド太平洋及び欧州における中国及びロシアの修正主義的な行動の余地が広がることも強く懸念されます。

 村野 今回のイラン攻撃は、第2期トランプ政権が示してきた「短期・限定重視」の軍事行動様式と一応整合的に見えます。ただし、イラク戦争の評価が今なお分かれているように、日本の国益の観点からより重大だったのは、正当性の議論以上に、長期介入が米国の軍事的・政治的余力を奪い、その間に中国の台頭を許した点でした。今回の事態も、短期で収束するのか、あるいは長期の不安定化を招き、リソースの分散に拍車をかける結果になるのかによって評価は大きく変わります。

(終)

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