大国が跋扈する時代に生きる日本の戦略指針【小谷哲男】【磯部晃一】【鈴木隆】

B!

第2期トランプ政権発足以降、世界の秩序は確実に変化している。
「高市発言」「米国家安全保障戦略」「習近平体制の行方」「日米同盟の再検証」
などを考えながら、日本の外交・安全保障の戦略指針について確認する。
米国のベネズエラ攻撃についてもご見解をいただいた。

明海大学外国語学部教授
日本国際問題研究所主任研究員
小谷哲男(画像左)

第37代東部方面総監、元陸将
磯部晃一(画像中央)

大東文化大学 東洋研究所教授
鈴木隆(画像右)


こたに てつお:1973年兵庫県生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。米国ヴァンダービルト大学日米関係協力センター研究員、海洋政策研究財団研究員、岡崎研究所特別研究員などを経て2012年から日本国際問題研究所研究員、14年には同研究所主任研究員に就任。18年に明海大学外国語学部准教授、20年から現職。専門は外交・安全保障、海洋安全保障。共著に『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』など。


いそべ こういち:1958年徳島県生まれ。防衛大学校卒業、米海兵隊大学および米国防大学で修士号を取得。統幕防衛計画部長、第7師団長、統合幕僚副長、東部方面総監などを務め、2015年に退官。退官後ハーバード大学上席研究員を歴任。著書に『トモダチ作戦の最前線──福島原発事故に見る日米同盟連携の教訓』、『米国防大学に学ぶ国家安全保障戦略入門』がある。現在、一般社団法人「安全保障ビジネスイノベーション協会(SBIJ)」代表理事等に就任。


すずき たかし:1973年静岡県生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程を退学後、日本国際問題研究所研究員、愛知県立大学准教授などを歴任し、2023年4月より現職。この間、ロシア国立サンクトペテルブルグ大学訪問研究員などを歴任。専門は政治学・中国政治。博士(法学)。著書に『習近平研究──支配体制と指導者の実像』『中国共産党の支配と権力』など。


 

「高市発言」をどう考えるか

 小谷 今日は米中関係あるいは日米同盟の行方などを検証しながら、世界の安全保障環境の現状について議論していきたいと思います。まずは昨年11月の高市総理による「台湾有事発言」について取り上げたいと思います。高市発言の内容そのものは新しいものではありません。これまでも我々研究者含め、台湾有事は日本有事であるという前提でいろいろな議論をしてきました。私が所属する日本国際問題研究所でも、海上封鎖に関するシミュレーションなどを行ってきたわけです。

 ただし総理が国会の場で具体的なシナリオに触れることは、中国を不必要に刺激しますから、これまでは避けてきました。今回は野党からの質問に答えるというかたちではありましたが、具体的なシナリオに触れてしまった。しかも役所が用意した答弁ではなく、総理が自分の言葉で話してしまったようです。その後「撤回はしない」と言いながら、徐々に従来の立場に戻しているところです。

 それでも中国は、外交の場を通じて世界各国あるいは国連などの国際機関の場で日本批判を大々的に展開しています。また日本への渡航自粛勧告を出したり、ようやく再開するかに見えた日本産の水産品の輸入を停止したりするなどして経済的にも威圧して来ている。これがいつ収まるのかなかなか見えていません。そういう意味では、不用意な発言で、中国に過剰に反応する口実を与えてしまったと評価せざるを得ないところがあります。

 鈴木 私も小谷先生と同じ意見で、高市総理の見解自体は日本の政策コミュニティでは特に目新しいものではないと考えます。ただし、国会という発言の場と日中首脳会談の直後というタイミングが悪かった。一方、野党の側も質問の仕方や内容を再考すべきだろうと思います。率直にいって現在の日本は、外交、特に日中関係や日米関係を政争のテーマにするほど国力に余裕はありません。新政権が発足したばかりの時点で、台湾問題という長く複雑な歴史をもつ、しかも機微な論点について首相の見解を繰り返し要求するのは軽率であったと思います。

 「一つの中国政策」や「一つの中国原則」という言葉の持つ歴史的・政治的意味は、専門家でさえ理解と説明が難しい事柄です。それを国会質問の場で取り上げ、結果的に失言を引き出してしまう。しかもそのことによって日中関係の停滞を招いてしまうというような政治戦術は、国益全体の追求にとってなんらの得もありません。

 一方で、日本に対する中国の制裁の度合いは、現状ではそれほど高くありません。尖閣諸島の国有化で対立していた2012~2013年のほうがより厳しかったです。現在、中国では内需の不振などで経済状況が厳しいので、抑制的な対応を取らざるを得ないのだろうと思います。

 確かに観光客の渡航自粛や水産物の輸入再開を停止するなどの措置は派手で、話題になりやすい。しかし、BtoBの産業などには手を付けていない。水産物の輸入はこれまで止めていた経緯があり、観光について日本でお金を落とすのであれば国内消費喚起の面でも中国でお金を使って欲しい。今のところは中国経済にとって実害がさほど出ない程度に終始しています。

 他方で、注意しなければならないのは、中国の政治構造です。すなわち、習近平の個人独裁のような状況のもと、あらゆる部門の官僚たちが忖度政治に血道をあげています。上の意向を伺いながら、自分の権限と業務のできる範囲で、日本いじめの政策をやろうとしています。今後、さまざまな分野で制裁がエスカレートしないとも限りません。

 一つの大きな論点は、レアアースの輸出規制を行うかどうかです。合理的に考えれば、そこまではやらないだろうと判断します。ただしそれは我々の理屈であって、彼らには彼らなりの論理があります。今、中国の官僚政治家たちが意識しているのは、2年後に迫っている党大会での権力の変動だろうと思います。そこで習近平の一強体制がどのように変わっていくのか。そうした中国共産党内の政治力学の動向によっては、レアアースの輸出規制のような「非合理」的な政策が打ち出される可能性もあることは、念頭に置いておく必要があります。

中国の情報戦に注意

 磯部 私もお二人の意見に共感します。高市総理の台湾有事に対する見解は一般的なものです。ただし、この機微な問題を国会の場で議論すること自体に違和感があります。政治家同士がしっかりと議論できる非公開の場を別に設けたほうがいいのではないかと私は考えます。

 アメリカも台湾有事については、介入するのかしないのか曖昧にしています。それが公式戦略です。にも関わらず、バイデン前大統領は2022年5月の日米首脳会談の共同記者会見の最後に、「台湾については軍事力の行使を排除しない」と発言したことがありました。2024年6月にも『TIME』誌のインタビューで、同様の見解を述べています。自身の判断でメッセージを発信するのは、政治家の重要な役割です。役所で作成した答弁案から一歩も出ないと、政策は何も変わりません。ただし、今回の高市総理の発言によって意図せぬ日中間の緊張を招いたのであれば、政権としてそれを緩和する努力が必要です。

 私は中国の動きについては、DIME──Diplomacy(外交)、Information(情報)、Military(軍事)、Economy(経済)──の四つの視点から見ることにしています。今回の件について言えば、中国は外交や情報では激しく反応しましたが、軍事や経済についてはトーンが落ちている印象があります。

 11月7日に高市発言があり、対日批判が強まったのはそれから1週間くらい経った後でした。メディアの報道によれば、中央の指導部から対日批判に関する指示が出た可能性が高く、それを受けて中国外務省は批判のトーンを引き上げていきました、23日には王毅外相が「レッドラインを超えた」という発言をしています。さらには国際機関の場を利用した抗議活動も展開しています。国連事務総長に2度書簡を出し、国際原子力機関(IAEA)の理事会でも高市政権を批判しています。

 情報面では在日中国大使館や在フィリピン中国大使館がX(旧Twitter)を使って、国連憲章の旧敵国条項を持ち出したり、軍国主義の復活をイメージさせる漫画を掲載するなどの情報戦を繰り広げている。中国外務省からすれば、「弱腰外交だ」と国内で批難されることは絶対に避けたいのでしょう。とにかく面子を潰されることを嫌いますから、中国外務省の名誉と生存をかけて情報戦を展開しているのだと思います。

 歴史を振り返ると、中国は昔からこういった情報戦をやっています。戦前で言えば、1927年の「田中上奏文事件」は特徴的な例です。このとき中国は偽の文書を作って国際社会で日本への批難を流布するというプロパガンダ外交を繰り広げました。当時の日本は、国際連盟の場でこの件について答弁しなければならない事態にもなっています。今やっていることも当時と同じですよね。日本は中国が展開するプロパガンダやナラティブに対して戦前から弱いところがありますから、ここは改める必要があります。中国が間違ったことを言っているのであれば、日本はすぐに訂正する情報をどんどん出さなければなりません。

 経済面の反応について言えば、現状では中国人の日本観光の自粛、日本産水産物の輸入停止、日中間の航空便の減便、日本関連のコンサートなどのイベントの中止といった段階に留まっています。制裁に本腰を入れるのであれば、レアアースの日本への輸出停止や中国にいる日本人ビジネスマンの拘束なども考えられますが、まだそこまではいっていません。

 軍事面では、12月6日に沖縄本島南東の公海上で中国軍機が自衛隊機に対してレーダー照射を行う事例が起きています。これは非常に危険で、我々としては断じて許すことのできない行為です。これが果たしてどういう指示に基づいて行われたのか、よく見極める必要があります。党指導部から直接の指示があったのか、あるいは現場が忖度して行ったのか、ここは総合的に考えなければなりません。

 もう一つ気になる動きとして、12月9日にロシア軍と中国軍の爆撃機が東シナ海から四国沖に向けて長距離共同飛行をしています。中国とロシアは定期的にこういうことをやっています。統合幕僚監部のニュース・リリースをひもとくと、直近の共同飛行は2024年11月で、この時は日本海で合流して、対馬海峡を経て東シナ海まで共同飛行しています。その翌日には沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に進出している。ですから冷静に考えれば、今回の高市発言の件とは関係なく、訓練の一環として毎年、段階的に行っているものと見ることができるのではないか。高市発言を契機に、中国軍が軍事的に急に緊張を猛烈に高めたわけではないのだと思います。

日本の頭越しにいろいろな物事が
決められていく?

 小谷 鈴木先生から高市発言はタイミングも悪かったというご指摘がありましたが、私もその通りだと考えます。発言の直前の10月末に米中首脳会談があり、翌日に日中首脳会談がありました。トランプ大統領は、貿易に関する協議を前に進める機会として習近平氏との首脳会談を非常に重視していました。ほぼすべてを賭けていたと言っても過言ではありませんでした。今のトランプ氏の頭の中にあるのはレアアースの安定供給の問題で、習近平氏からこれを勝ち取ることでした。ですから首脳会談では経済の話題ばかりで、台湾の話はしなかった。政治や安全保障の問題はすべて棚上げして、とにかく今のトランプ氏は中国との経済関係の安定を求めている時期だったわけです。

 日中首脳会談では、高市総理はこれまで通りの論点に基づいて話をしています。ただ、これまでとは違っているポイントがあります。それは総理自らが、新疆ウイグル地域の人権問題について話し合ったと発言していることです。これまでも岸田総理や石破総理が話題にしていますが、外務省のリードアウトでは新疆ウイグルの「状況」について話し合ったという表現になっていました。けれども今回は「人権」という言葉まで使ってしまっている。

 しかも公式の高市・習近平の写真は、やや距離もあって笑顔のないままの握手でしたが、高市総理は自身のXで習近平氏が微笑んでいる写真を出してしまった。しかも、直後に台湾側の代表と会っている写真も投稿しています。そこに台湾有事発言が続いたわけですから、タイミングはやはりよくなかった。

 まさに責任を負っている中国外務省の王毅外相からすれば、日本に面子を潰されたと受け取ったとしても致し方がないところがある。このため、中国外務省を中心に強く反発しているのだと思います。

 それではトランプ氏はこの問題について一体どのような立場をとっているのでしょうか。11月25日に高市総理と電話で会談していますが、一部の報道では、「これ以上中国を刺激しないように」というアドバイスがあったようです。日本政府はその発言はなかったと否定をしていますが、その後も断続的にトランプ氏から釘を刺されたという報道が出ています。私自身もトランプ政権の関係者から、「トランプ氏は、米中はもちろん日中間の安定も望むと伝えた」と聞いています。やはりアメリカはこの件に関しては、同盟国である日本を支援したくないというスタンスが明らかになってきている。

 つまりトランプ政権あるいはトランプ大統領の対中姿勢が経済にシフトしてしまっていて、政治や安全保障面で同盟国と共に協力していくことは優先される課題にはなっていないのだと思います。昨年12月に発表された「国家安全保障戦略(National Security Strategy:NSS)」を見ても、その傾向を見て取ることができます。トランプ政権は1期目で中国を既存の国際秩序に挑戦する修正主義国家と位置づけ、大国間競争をやっていくという方針を出していました。しかし今回は中国を脅威と見なす記載もなく、両国にとって利益のある経済関係を重視している。

 トランプ氏が何度か触れているように、少なくとも今のはアメリカは米中G2の関係改善に重きを置いています。そうなると、日本の立場は相当難しいものになります。それを踏まえれば、やはり台湾問題という機微な問題で、中国を今刺激することが果たして得策だったのかどうか。そこをよく考えた上で、国会での答弁にも臨んだほうが良かったと言えます。

 もう一つの側面は、日本の世論は基本的に高市発言を支持していることです。とりわけ高市総理の周辺にいる人たちは、「これでよかったのだ」と言っています。中国に遠慮して物を言わないのはよくない、と考える人たちが総理の周辺にはいるわけです。しかし、発言によって日中はもちろん日米にも悪影響がおよぶ可能性があります。日本の世論はそこをまだ甘く見ているのではないか。アメリカの対中姿勢を昔の感覚で、なんだかんだ言ってもアメリカは中国に厳しく出るのだろうという感覚が日本の世論の中にはまだあります。

 私はトランプ大統領の任期中、そして有力候補とされているJ・D・ヴァンス副大統領が次の大統領になった場合は、米中G2という方向性が続いていくと考えています。そうなると、日本の頭越しにいろいろな物事が決められていき、日本の安全保障についても顧みられることがないという状況になることも想定されます。台湾についても、ある意味では見捨てる事態もあり得る。我々としては、そこは強く警戒する必要があるだろうと思っています。

 磯部 今年のアメリカの主な政治日程を見ていくと、7月4日の独立記念日に建国250周年を迎えます。トランプさんはこの記念日を政治的に最大限活用するでしょう。それから11月3日には中間選挙がある。与党共和党は大統領・上下院のすべてを牛耳る「トリプルレッド」という有利な状況で、トランプさんにとっても理想的な状況です。が、現在のトランプ政権の支持率は40パーセント前後と低迷しています。当然トランプ大統領の頭の中には、中間選挙で何としても「トリプルレッド」を維持したいと考えているでしょう。

 そうすると小谷先生がおっしゃったように、中国との経済交渉をうまく乗り切ってアメリカに利益をもたらすことで、世論を自分の味方につけることを優先しているのだと思います。ですから高市発言によって日中関係が緊張することは、トランプさんにとってあまり好ましくない状況です。本来であれば、もっと頻繁に電話会談するなどしてトランプさんとの関係を緊密なものにする発想が必要だったのではないでしょうか。日米首脳会談では強固な日米同盟を謳ったわけですからね。日中関係が緊張したのであれば、最初に日本側からトランプさんに状況をインプットしておけば事態はもうちょっと違っていたのかもしれません。

必要なのは「フットワークの軽い外交」

 小谷 そうですね。10月末に初めて日米首脳会談をやったときに、トランプ氏は「困ったことがあったらいつでも電話してくれ」と高市総理に伝えています。今回の発言によって日中間で緊張が高まっているのであれば、やはり真っ先に高市総理のほうから電話をして、状況を説明する必要がありました。結局トランプ氏が習近平氏に電話をして、それから高市総理に電話するかたちになった。あたかも中国から文句を言われて、その文句を日本側に伝えたかのようになってしまいました。これはやはりよろしくなかったと思います。

 これからトランプ氏と付き合っていく上で求められるのは、フットワークの軽い外交だと思うんですね。欧州を見ても、頻繁にトランプ氏と電話したり会ったりしています。ゼレンスキーとトランプが会ったら、すぐに欧州の首脳が駆け付けて、ホワイトハウスで会うことで、トランプ氏にずっとインプットを続けているわけです。日本もそれをやっていかなければなりません。

 国際会議に合わせて首脳会談の機会を持つのではなくて、必要があれば、その都度電話したり、ホワイトハウスに駆け付けたりすることが必要でしょう。安倍元総理はそれを実践していたところがありました。頻繁にトランプ氏に電話会談して、おそらく年間5、6回は直接会う機会を持っていました。そうした緊密な関係を構築しながら、日米関係を強固なものにすることが、米中の貿易交渉、米中の戦略的競争の管理などにとってもアメリカのプラスになるというメッセージを日本側からきちんと伝えることが一番大事だろうと思います。

 このままではトランプ氏のなかで、日本がお荷物のようなイメージが根付いてしまいかねないので、真っ先にそこを変える必要があります。従来の日本は、下から積み上げていき最終的にトップ同士で決めるところだけ決めるというスタイルで外交をやってきました。官僚はそれを好みますし、総理もそのほうが楽だったわけです。けれどもそれではトランプ氏には全然打ち込めないでしょう。一番大事なのは、官僚の用意したペーパーで議論するのではなくて、本当にトップ同士で、重要な問題について話し合うことが大事です。そのためには総理自身が外交のビジョンを持つ必要があります。

 トランプ氏は今年4月に中国に行く予定があるので、今官邸ではそれまでには一度ホワイトハウスを訪問することが検討されているようです。しかし、それだけではとてもトランプ氏にインプットはできないでしょう。国会の縛りがあることもわかりますが、もっとフットワークの軽い外交をやる必要があるのだと思います。

アメリカが台湾を見捨てる可能性について

 鈴木 2025年12月に発表された、第2期トランプ政権の「国家安全保障戦略」を見ると、インド太平洋地域については、欧州よりも記述の分量が多く割かれています。しかし台湾については、半導体生産の拠点として戦略的に重要であるといった表現でした。第一列島線と第二列島線の境目にあって安全保障上重要という指摘はありましたが、そうしたレベルに留まっています。小谷先生のご発言にあったように、安全保障よりも経済を重視している印象があります。ただし、そのことが台湾を見捨てるところまでいくかは不透明な印象です。台湾有事への米国政府のスタンスについて、お二人はどのようにお考えでしょうか?あるいは、「国家安全保障戦略」の内容について全体的な評価はいかがでしょうか?

 小谷 国家安全保障戦略の表紙に書かれた日付は11月になっていますが、実際に公表されたのは12月5日でした。なぜ公表するまでに日が空いたのかと言えば、まさに中国や台湾に関する記述で最後まで揉めたからなのだと見ています。とりわけスコット・ベッセント財務長官が中国に関する記述に関して、「もっと和らげるように」と主張して最終的な文言になったようです。オリジナルはもう少し厳しい表現だったのが、ベッセントとしてはこの先の関税協議をまとめられないので、今の表現になったのではないかという見立てがあります。

 そもそも中国と台湾に関する記述自体をペンタゴン(国防総省)、国務省、NSC(国家安全保障会議)のあいだでずっと調整をしてきたわけです。いわゆるエルブリッジ・コルビー国防次官に代表される「優先主義者」たちは、軍事力による中国に対する抑止を重視していますが、NSCのほうはトランプ大統領の意向もあって、より安定した米中関係を重視しています。そこに財務省も含めた経済当局の意向も加わって、折衷案として今回の記述になったということです。言ってみれば、まだ政権内はバラバラなんですよね。ペンタゴン、国務省、経済当局が重視するものはそれぞれ違っているのだけど、何とかまとめないといけないのでああいう表現になっている。

 ただ一つ言えるのは、今回の国家安保戦略では全体的にヴァンス副大統領の考え方がかなり反映されているということです。トランプ氏の国家安保戦略というよりは、ヴァンス氏の国家安保戦略と言っても言い過ぎではないかもしれません。ヴァンス氏は抑制主義者として知られていて、アメリカの死活的な利益が脅かされない限りは、対外的な介入をするべきではないという考え方を徹底しています。ヴァンス氏は昨年春のメディアでのインタビューで、「台湾は先端半導体の供給元としてアメリカにとっては死活的な利益である」と発言しています。しかし、この先TSMCがアメリカ国内で先端半導体をつくるようになれば、「台湾は必ずしも死活的利益ではなくなる」とはっきり言っています。ですから今後数年間は、台湾は死活的利益ではあり続けるのでしょうが、台湾がアメリカの関心を引くために、アメリカ国内に先端半導体の工場を作り続ければ、自らの価値を下げてしまうという皮肉な結果に終わってしまいかねない。

 トランプ大統領の任期中に、もし中国が台湾有事を起こせば、私はたぶんトランプ氏は反応すると思います。彼はピースメーカーを自称していて、「ウクライナ戦争もガザ紛争も自分が大統領だったら起こらなかった」と言っていますからね。ですから自分の任期中に中国が台湾有事を起こせば、おそらく黙っていられないでしょう。しかし、この先ヴァンス副大統領が大統領になったとき、仮に中国が台湾に侵攻しても最早アメリカ国内で先端半導体が供給できるのだったら、わざわざ軍事介入しないかもしれないという判断もあり得る。

 そういう意味で、今回の国家安保戦略は曖昧なところを残していますが、半導体との関連で台湾に言及した点については、やはりヴァンス氏の考えが反映されている可能性が高い。ですから、このまま共和党政権が続けば、中長期的には台湾を見捨てるという方向性が出てくるのかもしれません。

日本側からトランプ政権に日米同盟の重要性をインプットしていく

 磯部 今回の国家安全保障戦略を読んでみると、最初のほうでは「戦略とは何か?」といった入門書的な記述が多く書かれています。今までの国家安全保障戦略(NSS)は外交・安全保障のエリートが、格調高い文章で網羅的に書いていたんですよ。ところが今回は、アメリカ市民に向けて、まさに安全保障の戦略をわかりやすく説明している印象を私は受けました。冒頭では主語に「we」と「they」がたくさん使われています。weは我々、トランプ支持者で、theyはバイデン前大統領をはじめ民主党支持者を指しているようです。ところが、後半のほうになってくると、「we」はアメリカ全体を意味するような書き振りをしていて、ここはおもしろいなと思いました。

 確かに軍事に対する記述があまり出ていませんから、経済安全保障を重視しているのは間違いないのだと思います。ただしNSSはアメリカの最上位の戦略で、その下位の戦略である国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS)がまだ公表されていません。まもなく公表されるであろうNDSで明確に、軍事における役割をしっかり書いてくるのだと思います。

 ヴァンス氏が考えるように、アメリカにとっての台湾の価値は半導体にのみあるという認識に立つと、アメリカは中国の軍事的な覇権を西太平洋で許してしまうことになります。国家安全保障戦略の文章には第一列島線、第二列島線の安全保障上の重要性について記載されていますが、仮に台湾が中国の統治の中に入ってしまうと、西太平洋は完全に中国人民解放軍にとって開かれた海になって、人民解放軍の海軍や空軍にとっては西太平洋へ進出の自由を得ることになります。

 そうなると日本も非常に困るし、アメリカの領土であるグアムやハワイにも軍事的影響力が行使されてくることになりますから、アメリカとしては台湾が中国の手中に入ることは絶対に受け入れられないと思います。ですから今は国防省を中心に、そこのせめぎ合いを大統領府、NSCと議論しているのだと思います。日本としては、これから出される国家防衛戦略を吟味して戦略的にアメリカと連携していく必要があります。

 小谷 今回のNSSでほぼ唯一安心できると思った記述は、シーレーンの安全について言及していたところでした。それは軍事的な観点はもちろんですが、経済的にもシーレーンが安定していないと、アメリカにとってはマイナスになる。アジアにおいてシーレーンの重要性を意識していることは、そこから列島線の防衛という発想につながっていきます。いま日米の防衛協力は第一列島線を中心にやっていますが、グアムのある第二列島線にまで広げて、まさに日米同盟をこの列島線防衛を前面に出したものに変えていく余地は十分あるのだと思います。

 ここは日本側からトランプ政権にうまくインプットしていく必要があると思います。おそらくNDSに関しても、列島線防衛はフォーカスされているはずですから、ここで日米が協力していく方向性は見えてくるのだと思います。

台湾危機が深刻化するのは
2030年代以降?

 鈴木 今の小谷先生のお話からすると、トランプ大統領の次の大統領が誰になるのかが重要だろうと思います。同じように、中国についても習近平氏の次の指導者の登場まで視野に入れた長期的なスパンで考える必要があります。私自身は台湾海峡の軍事的危機が本当に深刻化するのは、2030年代半ばであろうと考えています。いくつかの政治的スケジュールを考慮すれば、習近平がそれほど短期間のうちに台湾統一/併合を実現しようと考えているようには思えません。

 現在72歳の習近平は、党総書記としての任期が2027年までですが、「2035年に社会主義現代化を基本的に実現する」と言っていますから、4期目(2027~2032年)もやりたいと考えているでしょう。ただし、2030年代には彼も80歳代ですから、権力継承の問題が現実のものになります。こうしてみると2030年代半ばあたりが、国際社会に大きなインパクトを与えるような動きが起きる一つのタイミングになると思います。

 中国政治の現状に関しては、2027年の21回党大会に向けて、内部ではすでに様々な駆け引きが始まっていると思われます。最近でも習近平の子飼いの将軍たちが複数人失脚していますが、これをどう評価すべきか。一つの見方としては、軍内にも多くの派閥闘争があり、側近の部下が辞めさせられ、習近平の権力が低下しているのではないかというものです。軍内での権力低下が引き金となり、次の党大会ではトップが交代する可能性もあるのではないかという予測もあります。

 もう一つの見方は、習近平の最高指導者としての権力は依然として強力だというものです。軍内での派閥闘争は、次の党大会へ向けた出世競争や派閥勢力に新しい布石を敷くような動きであり、最高指導者である習近平にチャレンジするような性格のものではないという見方です。私自身も、こちらのほうが実情に近いのではないかと考えています。

 ただし、将来にわたって習近平が、党・国家・軍の最高職をすべて独占し続けるかについては不透明です。習近平は党総書記、国家主席、中央軍事委員会主席の三つのポストに就いています。現在の政治の流れからすれば、軍委主席の職位はこのまま維持すると思います。国家主席は本質的には儀礼職なので、このポストには拘らないかもしれません。焦点の一つは党総書記──あるいは党主席を復活させるのかもしれませんが──党のポストを続けるかどうかです。党と軍の二つの最高職をそのまま維持するのか、軍だけにするのかでは、権力と権限の面でかなり大きな違いがあります。

 一方で、中国共産党の支配体制が揺らぐ兆しは今のところ見当たりません。確かに経済成長は鈍化しているし、若年層の雇用状況も悪い。しかし不況だけで支配体制が動揺したり政局の争点になったりするかと言えば、経済の現状はそこまで深刻とは言えません。それに今日で社会を管理するテクノロジーも相当発展していますから、一部の民衆が不満を抱いたとしても事前に押さえ込まれてしまう。1989年の天安門事件ではインフレーション、政治腐敗への怒り、統治エリートの分裂がありましたが、この3点セットが揃わないと、共産党の支配はなかなか揺るがない。習近平もこの辺の事情をよく理解しているので、反腐敗と指導層の分裂には十分すぎるほど対策を取っています。

 台湾問題に関しては、2027年に中国人民解放軍が創設100周年を迎えるので、この節目の年に軍事行動を起こすのではないかという観測があります。しかし、私は何か実質的な動きがあるとすれば、やはり2030年代であろうと考えています。今年(2026年)は11月末に台湾で統一地方選挙があって、その1年2カ月後の2028年1月に次の総統選挙があります。2027年は軍事能力の構築という点では意義があると思いますが、27年に軍事的緊張を高めることで、28年の総統選挙で台湾の主体性を重視する民進党政権が勝利してしまうような事態を中国は歓迎しないだろうと思います。

 その代わり、軍事的なアプローチ以外の方法で台湾の政治と社会を動揺させようとしています。台湾側が最も対応に苦慮しているのが、中国による台湾社会内部への浸透工作や認知戦です。TikTokなどを利用した認知戦には有効な対策を見出していません。中国側もそれが十分にわかっています。26年と28年の各選挙に向けて、軍事演習で力を誇示して威圧する一方、台湾の自由民主主義の制度を利用して、中国側の言う強制的な「平和統一」のための政治的足掛かりをつくろうとしています。

 磯部 昨年9月に北京で行われた建軍記念パレードには習近平、プーチン、金正恩が集まりましたが、あのときに習近平が「今世紀中に人間は150歳まで生きられるかもしれない」と言ったという話が漏れてきています。

 皆さんは若いのであまりイメージが湧かないかもしれませんが、やはり人間というのは歳と共に肉体が衰えていくことを実感するわけです。習近平さんは私より5歳年上ですから私以上にその衰えを感じているのだと思いますが、「150歳まで生きられる」という彼の発言からは、権力に対するものすごく強い執着を感じます。同時に、物事を長期的に捉えていると考えることもできるのではないでしょうか。

 間近なところでは、今年11月に深圳で行われるAPEC首脳会議を成功させたいと習近平は思っているでしょう。国際舞台で、まさに主役として華々しく世界のリーダーとして振る舞うことができる。私は、そこまでは大丈夫ではないかと見ています。ただ、それ以降は、台湾の問題についても警戒水域に入っていく可能性が高いのではないかという気がしています。

 それから軍事面に着目すると、現時点では台湾を攻めるだけの軍事的な能力が十分に整ったとは言えない状況です。台湾海峡を越えて、空と海から同時に渡洋できる部隊の人員の数は、2022年当時で約1・7万人でした。これは一個師団強ぐらいの規模ですが、これだけでは2300万の人口、常備軍24万人強、そして九州ぐらいの面積を持つ台湾を相手に戦うことは絶対にできません。台湾軍に完全に各個に撃破されてしまうでしょう。ここが今ネックになっているんですね。

 人民解放軍はいま強襲揚陸艦や巨大なはしけ(艀)などをつくっています。さらに民間のいわゆる「ローロー船」(貨物を積んだトラックや荷台ごと輸送する船舶)と呼ばれる運搬船などを使った演習を繰り返しています。こうした同時渡洋能力が付いてきて、5個師団以上の規模にまでそれが成長してくると、習近平としてはいつでも軍事的な行動を起こせる選択肢を持つことになります。

 今はそこまでの戦力が整っていないので、いわゆる心理戦、情報戦、認知戦などを展開することで「戦わずして勝つ」ことを優先的に考えている。けれども、彼のなかには軍事的なオプションがあり、そのための準備も同時に進めていることは、常に念頭に入れておく必要があります。

台湾の若者は大陸への警戒感が
低下している

 小谷 米中G2による大国の時代が到来する可能性があり、そうなるとアメリカは台湾を見捨てることも考えるのではないかという議論は非常に大きなテーマです。当然中国としては戦わずに台湾を取り込めるのが一番いいわけですから、これからの浸透工作にさらに力を入れていくのだと思います。

 結局のところ台湾人が現状をどう捉え、今後のアメリカの動きや米中関係をどのように見ていくのかがポイントになります。仮に台湾の人たちがアメリカには期待できず、頼ることもできないと考えた場合は、香港やマカオのように一国二制度を受け入れるというシナリオが見えてくるのかどうか。この辺についてはどのようにお考えでしょうか。

 鈴木 「可能性としては確かにあり得る。ただし、短期的な実現性はかなり低い」というのがひとまずの回答です。台湾では「あなたは台湾人ですか?」「中国人ですか?」「台湾人でもあり中国人でもありますか?」という質問の世論調査をずっと行っています。2025年7月の結果を見ると「台湾人」と答えた人が63%、「台湾人でもあり中国人でもある」が30%、「中国人」が2%です。

 おそらく「台湾人でもあり中国人でもある」という3割の回答も、武力による統一という脅威認識や心理的抑制がなければ、その割合はさらに減るでしょう。大方の台湾人は、少なくとも現時点では、「自分は台湾人であるが、中国人とは違う」と考えています。そのようなアイデンティティの構造は、従来から基本的に変わっていません。

 しかしその一方で、アメリカに対する信頼はいくらか揺らいでいるようです。特に第2期トランプ政権以降はアメリカに対する「不信」とまではいかないまでも、一朝ことあるときに本当にアメリカは助けてくれるのだろうかという「疑念」は少しずつ広がっています。これを台湾では「疑米論」と呼んでいます。

 そういう観点から言えば、アイデンティティの構造が変わらなくとも、現実の政治力学や軍事力の不利を認めて、将来、台湾の人たちが大陸との間に政治的協定などを否応なしに結ばざるを得なくなるような可能性はなくはない。ただし今のところ、そうした可能性はかなり低いです。

 またこの点に関連して、最近読んだ論文では興味深い指摘がありました。それは台湾の若者たちの対中意識が微妙に変化していることです。一つのきっかけは新型コロナの流行でした。コロナ前までは、台湾の若者は大陸に行って働いたり、留学したりしていました。彼らがそこで目にしたものは、自分たちの政治的思考が中国人とはかなり違うということでした。すなわち、中国社会を直接体験することは、台湾人アイデンティティを強化する方向に作用していたわけです。

 しかし、新型コロナの流行をきっかけとして、台湾と大陸との行き来が途絶えると、中国社会を実際に見聞したことがない若者たちが増えました。そういう人たちは大陸アレルギーがむしろ少なかったりします。政治的にはともかく、経済交流はもっと積極化すべきだという主張をはじめ、大陸への警戒感が低下しているとの指摘もあります。こうした点には注目する必要があります。

「防衛努力をしないと防衛義務を
放棄することもあり得る」

 磯部 次に日米同盟について少し考えてみようと思います。今までの日米同盟は自由、民主主義、法の支配、人権の尊重、航行の自由、ルールに基づく国際秩序の維持など普遍的な価値観に基づいた同盟関係という性格が濃かったと思います。ところが、それが価値観よりもむしろ、パワーバランスによる相対的な関係に変わりつつあります。あるいはすでに変わったと言ってもいいのかもしれません。今までは国際社会においてアメリカの支持や支援が日本は予見できたわけですが、それがもう当てにできなくなっているという認識に立たなければならないと思います。

 日本から見たアメリカは、唯一の同盟国です。けれどもアメリカから見た日本はワン・オブ・ゼムであって、たくさんある同盟関係の一つです。日本人はここを誤解しがちなんですね。

 日米同盟を盤石なものだと思っていると、対中外交でいきなり足元を掬われかねない。過去にも1972年のニクソン訪中の例があったように、そうしたことは常に考えておく必要があります。

 小谷 トランプ政権は日本だけではなく、多くの同盟国に防衛費の増額を求めています。今回の日米首脳会談では防衛費の話は出なかったようですが、NSSの中にも同盟国に防衛費の増額を求めていう記述があります。

 トランプ政権は、防衛費を基準にして同盟国を二つの種類に分けています。防衛費をGDP比で3・5%を達成、あるいはしようとしている国を「パートナー国」と呼んでいて、ここにはイスラエル、ポーランド、韓国が含まれます。それ以外の基準に満たない同盟国については「dependent(依存国)」だとみなしています。そうした国に関しては「防衛努力をしないと防衛義務を放棄することもあり得る」と言っています。そして今の日本はこちら側に置かれているのだと思います。アメリカは防衛費が一定の水準を満たさないと「守らないぞ」と言っているわけですから、ここは従来の日米同盟には久しくなかった要素です。

 いま日本の防衛費はGDP比で2%に到達する見通しですが、トランプ政権がこれで満足するとはとても思えません。これから戦略三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を改定していく中で、そこへ向けて取り組んでいくことになります。ただし、すべての同盟国に一律3・5%を求めるとなると、日本の場合は元々のGDPが大きいので、絶対的な額が他の同盟国よりも大きくなる。本当に3・5%ということになると、年間18兆円規模の防衛費になるわけです。これを毎年やっていけば、日本の通常戦力は相当なものになっていきます。場合によっては米軍がいらない分野も出てくるのではないか。それは根本的に日米同盟を変えることになってくる可能性もある。

 一方で、防衛費を増額したとしても人員は増えませんから、そのなかで日本の防衛力をどうやって構築するのかという非常に難しい問題が出てくる。今の「戦略三文書」を見ても、人が増えないことは前提になっています。プラットフォームの数を増やすわけではなくて、その能力を上げたりミサイルを買うことでなんとか2%を達成しようとしているわけです。これまで1%でやってきたのを3・5%にして、それが使い切れるのかという話も出てくる。

 ですから、どこかの段階で一律3・5%という基準が本当に妥当なのかどうか、アメリカに率直に投げかけて議論しなければならないのだと思います。3・5%でなくても2%以上であれば相当な防衛力になりますから、アメリカの負担も減るでしょうし日米の協力もさらに深まります。

 90年代にはジョセフ・ナイが提唱した「ナイ・イニシアチブ」がありましたが、日米の戦略コミュニティが絡むかたちで日米同盟をどう再定義するのかという議論が改めて必要なのではないか。1996年の日米安保共同宣言に代わる新しい宣言を日米両首脳が出すことで、日米同盟の新しい姿を打ち出していく作業が必要ではないかなと思います。

「瓶の蓋論」と沖縄の位置付け

 鈴木 日本が「依存国」から「パートナー国」の地位に格上げしてもらうには、防衛費の増額が必要になってくるわけですね。その点に関してお二人に質問があります。一つは、いわゆる「瓶の蓋論」をめぐる米国の認識です。かつて日米安保条約については、中国や韓国などのアジア諸国に対する一つの説明として、「瓶の蓋論」が主張されました。日米同盟は日本の軍事費が伸びていくことを抑える効果があるので、結果的に日本の軍事大国化を防ぐ効果があるという意見です。

 ところが、いまアメリカは、防衛予算を大きく増やすことを日本に求めている。日本の軍事費が増えることは、アジア各国から見ると「軍国主義の再来だ」と映るところがあります。実際、先の高市発言以後、中国はアジア各国に向かって「日本の軍国主義復活」批判キャンペーンを展開しています。中国のこうした批判を打ち消すためにも、アメリカには軍事費の増大が日本の軍事強大化を意味しないことを、大統領の口からもきちんと表明して欲しい。「インド太平洋地域の安全確保のためにも、同盟国である日本には一定程度の軍事的役割を求めている。そのことは決して軍国主義の復活ではない」と。

 もう一つ気になるのは、アメリカの安全保障戦略における沖縄の役割です。沖縄の米軍基地の役割は、今後どうなることが見込まれるでしょうか。もし沖縄の米軍基地の軍事的な役割が下がってくることがあれば、中国にとっては間違いなく歓迎すべき状況です。

 磯部 いわゆる「瓶の蓋論」は、1990年当時、沖縄にいたスタックポール在日米海兵隊司令官が発言したことで知られていますが、それ以降はほとんど表には出てこない考え方です。ただ、アメリカの底流にはその発想が一部あることは事実だと思います。現政権のトゥルシー・ギャバード国家情報長官は、2023年にXにかつての日本による太平洋侵略を思い起こすと、現在の日本の再軍備は本当にいい考えなのかといった疑問を呈しています。さらには、彼女はアメリカと日本が再度戦わないように注意しなければならないとも述べています。

 ですから、そうした考え方は一部の識者にはあるのだと思います。ただし今は主流な考えではないし、トランプ大統領自身もまったくそうは考えていないでしょう。だから疑念は多少あるが、あまり心配しなくてもいいのではないかと私は考えています。

 沖縄の米軍基地は、やはりある意味トリップワイヤーでもあるわけです。仮に中国が沖縄に軍事的な行動を仕掛けた場合、沖縄の米軍がそのまま参戦するであろうことを考えると、米軍が沖縄に駐留していることの戦略的な価値は極めて高いわけです。中国の戦略からすれば、日米同盟が弱体化して、そのあいだに楔を打つのが一番得策です。中国にとって、沖縄の米軍は目の上のたん瘤のようなものでしょう。それがいくなってくれたほうが中国としては日本に手を出しやすくなります。

 仮に米軍が沖縄からグアムに撤退した場合、第1列島線の南西諸島それから台湾、フィリピンにかけて米軍の実戦部隊がいなくなりますから、この海域にかなりのリスクが生じることになります。


MAGAインフルエンサーの影響力

 小谷 ギャバード国家情報長官は確かにそういう発言をしていました。彼女はロシアとの関係が深いとされる人物です。トランプ政権は大統領も含めて、ロシアのナラティブに揺さぶられる傾向がありますから、「瓶の蓋論」的な発想は必ずしも中国ではなくロシアのほうから吹き込まれているのだと見ています。トランプ大統領自身もロシアからのそうしたナラティブに影響を受けて、どこかで発言してしまう可能性がゼロではないので、ここは警戒しておく必要があるのだと思います。

 今回の国家安保戦略で興味深かったのは、アジアにおけるアメリカの関わり方については、理想的には軍事力で圧倒するのがいいのだが、それができないので勢力均衡で行くのだということをかなり率直に書いている点です。当然、米中の軍事バランスを維持するためには同盟国の貢献が必要になりますから、NDSのほうでは、その辺りがもう少し詳しく書かれるのだと思います。

 そうなると日本が防衛費を上げていくことは、日米あるいはフィリピンなども入れたかたちで中国との軍事バランスを維持することにプラスになりますから歓迎するでしょう。トランプ政権は基本的にそういう考えですから、やはり「瓶の蓋論」はとらないだろうと思います。

 もう一つ沖縄についてですが、トランプ政権は沖縄あるいは在日米軍基地の重要性は、ペンタゴンを中心に十分に理解されています。中国のミサイルの脅威に脆弱であるとしても、これを第二列島線にまで下げるという発想は主流にはなっていません。ただし、私が怖いと考えているのがMAGAの支持層、特にMAGAのインフルエンサーたちです。彼らはアメリカが地域紛争に巻き込まれてしまうことを嫌いますから、基本的に米軍を海外に駐留させることには反対です。

 特に有名なインフルエンサーがローラ・ルーマーです。彼女は特定の人物を狙い撃ちで指摘して、政権内での立場を弱めて辞めさせるくらいの影響力を持っています。実はいまNSCでアジア担当しているイバン・カノパシーもローラ・ルーマーにやられていますが、ルビオ国務長官が守ったのでなんとか生き残っています。カノパシーはまさに中国強硬派であって台湾派です。我々から見てまともな戦略を持っている人物が、MAGA派からすれば邪魔な人物に見えることがあって、どこのタイミングでこのローラ・ルーマーのターゲットになるかわからないという恐ろしいところはあります。

 沖縄の重要性についても政権内であまり言い過ぎると後ろから刺されることはあり得るので、コルビー国防次官なども含めて、相当警戒しながら、よりまともな政策を立案していかなければならない難しさはあると思います。

日本は主権国家として
自立しなければならない

──最後に日本が向かうべき指針についてご提言をいただけますか。

 磯部 日本は戦後80年間、日米安保体制の下に平和と経済的な繁栄を享受してきました。しかし、残念ながら今はもうそういう時代ではないことを認識しなければならないのだと思います。そして、米国への「甘えの構造」から脱却しなければならない。つまり今後はアメリカに依存しすぎてはいけない。日米同盟は引き続き日本にとって中核的な同盟であって強化していくことは大事ですが、それと同時に、日本は主権国家として自立していかなければなりません。

 そのために一番大事なのは食糧とエネルギーの安全保障、そして軍事による抑止──この三つであると私は考えています。現状ではエネルギーと食糧を海外に大きく依存してしまっていますが、それをある程度は日本の中で賄えるようにしなければなりません。そうでなければ、日本の富はどんどん海外に流れ出ることになります。これまでの発想を変えて、それを食い止めなければならないのだと思います。

 あわせて大国間競争の時代の中では、日本が自国で自国を守れる防衛体制をとっていくことです。アメリカのパートナー国である欧州、オーストラリア、フィリピン、韓国と共にこの地域の平和を支えていくために、能動的・主体的に自らの安全保障観をつくっていくことが求められています。

民主主義社会を維持していくために
何が必要なのか

 鈴木 ロシアや中国のような権威主義国家は、民主主義社会に対する認知戦、情報戦の面では圧倒的な優位性を持っています。こうした現実に対し、日本の民主主義社会を維持していくためには、軍事的な抑止能力だけではなく、社会全体の情報リテラシーをはじめ、政治的・社会的な耐久性(レジリエンス)を強化しなければなりません。デマに惑わされず、社会の過度な分断状況を生み出さないように、良質で正確な情報を入手し選択できる知的インフラを、社会全体で強化していくことが大切です。

 実例としての台湾を見れば、台湾社会は中国から強力な認知戦や浸透工作の脅威に恒常的にさらされています。台湾の人びとが、自分たちの民主主義体制維持のために払っている努力とコストは並大抵ではありません。そうした政治環境のもとでは、自由民主主義体制を守るために、ある意味では言論の自由や信仰の自由を部分的に規制するようなこともやらなければならない。日本も他人事ではありません。例えばSNSの規制は、自由民主主義の根幹に抵触する可能性がありますから、これまでは違法と考えるのが一般的でした。しかし、そうした対策が民主主義体制全体を守り、平和と安全の維持に必要であれば、自由や人権について従来とは異なる見方や見解にも、より踏み込んで考えていくべきではないでしょうか。これは厳しく苦しい選択ですが、そういう覚悟も必要ではないかと思います。

 思い返してみれば、オウム真理教によるテロや安倍晋三元総理の襲撃などは、事件の要因となった問題自体は以前から広く社会に認知されていたのです。にもかかわらず、信教の自由との関連から必要な政策措置や法的規制が十分になされないまま、社会全体を震撼させる重大事件にまで発展してしまった。犠牲者が出ないと対策を考えられないという悪弊はもうやめるべきです。加えて認知戦では、「問題を問題として認識する思考の枠組み」そのものが変えられてしまう可能性もある。自由と民主主義をめぐる原理的思索は、今日ではすぐれて現代的で切迫した意義を持っています。

トランプの同盟国に対する不信感を
まずは受け止める

 小谷 多くの日本人は、今のアメリカは昔とはだいぶ変わったと感じているのだと思います。どしっと構えている頼り甲斐のあるアメリカではないと考えている人が多いわけです。ただ、アメリカの歴史を見ていると、今のアメリカのほうが普通の状態です。第二次世界大戦が終わってからのアメリカのほうがむしろ例外的で、建国以来アメリカは本当に内向きな国だし、自国のことしか考えてこなかった側面が強い。

 今回のNSSではモンロー主義が再び言及されていますが、今のアメリカはある意味では原点に回帰しています。我々がこれまで頼りにしてきたアメリカとは違うアメリカに向き合っていることを確認する必要があります。

 トランプ大統領はよく同盟国に対して、これまで自らを犠牲にしてまで世界の平和と安定を守るために努力をしてきた。同盟国に対しても安全を提供してきたもかかわらず、同盟国はアメリカにタダ乗りをして、しかも安い製品をアメリカに売りつけて膨大な貿易赤字をつくり出してきたと。トランプ氏からすれば、アメリカはまさに同盟国にうまくあしらわれてきたのだという思いがあるわけです。4月の相互関税の発表の際もそういったことを言っていました。

 トランプ氏の主張は必ずしも間違いではないんですよね。同盟国が甘えてきたことは間違いない。ですから、まずはトランプ氏の同盟に対する不信感を正面から受け止めて、そこにある種の共感を持つことから始める。その上でアメリカを巻き込むかたちでの新しい国際的な協力の枠組みをできるだけアメリカの負担を減らすかたちで進めていく。そうしたことをやりながら、アメリカが完全に引いてしまわないように引き留めつつ、アジア、インド太平洋地域の秩序を構築していかなければならないのだと思います。

 ですから今のトランプがやっていることが何でもおかしいと捉えるべきではなくて、我々の過去の行動への不満があるいうことは正面から受け止めて、今後の新しい協力関係を構築することが大事ではないかと思います。

アメリカのベネズエラ攻撃を
どう考えるか?

──「対話」収録後の2026年1月3日にアメリカはベネズエラの首都カラカスを含む複数の地点を空爆し、マドゥロ大統領を拘束した。この軍事作戦についてご見解を伺った。

 鈴木 2026年の年明け早々、米国のトランプ大統領の指示で行われたベネズエラへの軍事侵攻とマドゥロ同国大統領の拘束事件は、中国の習近平政権にとって二つの影響を及ぼすことになるのではないか。

 一つは、中国国内の抑圧体制のさらなる強化である。習近平にとって今回の事件は、国内外に向けて自身がこれまで繰り返し警告してきた米国による他国への内政干渉、政権転覆の紛れもない例証となった。習近平は、外部勢力と国内の不満分子の結託の危険性を改めて銘記したであろう。いま一つは、習近平はトランプの敵失を存分に利用して、米国に代わる国際社会のリーダーに中国がなるべく、そのための政治的布石の活動を着実に実行していく。例えば、グローバルサウス諸国に対し、「国際秩序の破壊者としての米国・トランプ、国際秩序の擁護者としての中国・習近平」のイメージを強力に宣伝することになる。

 磯部 トランプ大統領の2期目就任以降、西半球に関する言動は次の通りです。昨年1月「グリーンランドの購入に向け軍事力や経済的な手段の行使を排除しない」と表明、5月「カナダは51番目の州になるべきだ」と持論を展開、さらに、ベネズエラに対して麻薬密輸の抑止とマドゥロ政権の退陣を突き付けていました。

 今年1月3日、トランプ大統領は突如軍事作戦に打って出ました。米国の行為は、国際法上許されるものではないでしょう。他方で、ベネズエラの3030億バレルという世界屈指の石油埋蔵量などの資源をめぐって、中ロ両国が巧妙にマドゥロ氏に接近していたのも事実です。

 アメリカの行為が、権威主義国家に対して一方的な現状変更の動きを増長させることになりはしまいか、という論調も出ています。しかし中ロ両国は、むしろ米国を非難しています。国際法を遵守しているのは我々だとアピールし、アメリカとの対比を鮮明にして、グローバル・サウスを味方につけようとしているのではないでしょうか。

 昨年6月にイランの核関連施設を攻撃した「ミッドナイト・ハマー」作戦、そして今回の「アブソリュート・リゾルブ」作戦を見ると、相手国の防空態勢を完全に無力化して作戦を成功させています。イランやベネズエラの防空システムはロシアや中国製に依存していますが、米軍の実力はそれらをはるかにしのぐものです。世界最強の軍隊であることに間違いありません。

 小谷 年始にトランプ政権がベネズエラに武力行使をしましたが、1番の狙いは中国の影響力を西半球から排除することです。これで中国が西半球から手を引く代わりに米国がアジア、特に台湾の問題から手を引くというディールを持ちかければ、トランプ大統領が受け入れ、米中G2が成立するかもしれません。

(終)

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