どうする、ニンゲン【山極壽一】

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 来る7月31日から9月23日にかけて、上野の国立科学博物館で、私が所長を務める総合地球環境学研究所(地球研)との共同企画展を開催する。テーマは「どうするニンゲン──研究の現場から地球の未来を問う」である。なぜ、ニンゲンがカタカナなのか、いったい何を問うのか、など疑問がわくと思う。

 地球研は今年創立25周年を迎える。人間文化研究機構という人文学の研究をする六つの研究所のうちの一つだ。環境学と言うと自然科学の研究所のように聞こえるが、初代の所長の日高敏隆さんは、「地球環境問題の根幹は、広い意味での人間の文化の問題である」と言った。それを私流に解釈すると、環境問題とは生物と非生物が織り成す地球という惑星と人間との間に生じる関係のあり様で、それは地球環境を価値づける文化に大きく依存するということだろう。

 たとえば、雪山は江戸時代までは一般の人々が入る場所でも、美しい場所でもなかった。明治に入って西洋からスキーというスポーツが入ってきて、日本各地に山林を切り開いてゲレンデができた。樹氷や白樺並木が美しく映り、雪山の風景が愛でられるようになった。逆に、私が子供時代は工場の煙突から上る色とりどりの煙は、日本の発展の象徴と言われて美しく見えた。しかし、やがて光化学スモッグが人体に与える悪影響が話題になり、大気を汚染する弊害物として制限の対象になった。このように、環境に対する価値感は時代とともに移り変わり、環境の在り方や私たちの行動を変えていく。

 イギリスの歴史学者のサイモン・シャーマは著書の『風景と記憶』の中で、「風景とは自然である前に文化である」と述べている。哲学者の和辻哲郎は「風土とは単なる自然環境ではなくして人間の精神構造の中に刻みこまれた自己了解の仕方に他ならない」と述べている。私たちが「生きる」という行為を通して世界と対峙するとき、そこに歴史や伝統を通じて伝えられてきた、あるいは新しく吹き込んできた価値観が作用し、環境を変えていくのである。

 人新世を迎えた今日、私たちは新しい価値観と向き合わねばならない。それは新しい人間観を創造することでもある。これまで私たちは科学技術の力で地球環境を人間の秩序の下に作り変えてきた。しかし、それが今地球に混乱をもたらしている。大気や海洋の温暖化にともなう豪雨や旱魃、氷床の減少や海産物の急変、新たな感染症の蔓延など、原因は近年のグローバルな人間活動の爆発的な増加にある。このまま続ければ、地球は人間の住めない惑星になってしまう。ニンゲンという語は、今こそ文化という衣をいったん脱ぎ捨てて、人間に非ざるものの立場に立ってこの世界と私たちの関係を考えようということなのである。それには人類の進化史をさかのぼって、動物の一部であった時代に立たねばならない。

 今回の企画展示は現在地球研が行っているプロジェクトを中心に、環境問題を窓口にしてニンゲンにまつわるさまざまな問いを議論していこうという試みである。ごみの処理の問題、水の流れと汚染の問題、窒素化合物と農業の問題、野生動物と持続的な狩猟の問題、世界のサプライチェーンの分担と格差の問題などが提起される。それを来場者と対話しながら、科学だけでは解決に至らない環境問題について未来の対策を議論する。環境問題の原因はグローバルだが、その解決はローカルである。ぜひ、この野心的な試みに参加していただきたいと思う。 

総合地球環境学研究所所長

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