北朝鮮の動向 帝国主義と反帝国主義の新冷戦【宮本悟】

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『公研』2025年1月号「issues of the day」

 2024年はロシア・ウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争に世界の耳目が集まった。それらの戦争に直接関与している東アジアの国家は北朝鮮だけである。それは北朝鮮が国際政治の趨勢を左右する一勢力に台頭したことを示している。

 まず、2023年10月7日にハマスがイスラエルに撃ったロケット弾には北朝鮮製のものが数多く含まれていたと考えられている。北朝鮮がハマスに武器を援助していることは以前から疑われていた。2016年8月にスエズ運河を向かおうとしたカンボジア籍の貨物船(船長は北朝鮮国籍)をエジプト政府が拿捕したところ、北朝鮮製の携行式ロケット弾、約3万発を押収したことがある。

 イスラエルを敵とする北朝鮮は、イスラエルと敵対する勢力を支援してきた。北朝鮮がハマスに武器を援助する勢力の一つであったことはほぼ間違いないであろう。ただし、北朝鮮がパレスチナの武装勢力を援助し始めたのは、1960年代からのことで、今に始まったことではない。

 さらに北朝鮮は、いまやウクライナ・ロシア戦争の趨勢を左右する勢力でもある。2023年秋からロシアに武器を送り始め、2024年秋から軍部隊をロシアに送り始めた。北朝鮮の軍部隊は、ロシアのクルスク州の一部を占領したウクライナ軍の掃討戦に参加していると言われている。もちろんそれに関する情報は真贋入り混じっているが、いくつかの証拠はそれを示している。

 北朝鮮が海外に武器を支援したり、軍部隊を派兵したりしたのは、これが初めてではない。北朝鮮は1945年から1994年まで53カ国に対して軍事支援したことを明らかにしていた。しかも、その多くが貧しい中東・アフリカ諸国であって、見返りを期待できない国々ばかりであった。見返りがなくても軍事支援ができるほど、冷戦後期の北朝鮮には余力があったのである。

 北朝鮮と言えば、1990年代後半の飢饉を伴う経済危機が良く知られているが、その時代から20年以上が経過しており、核兵器やミサイルの開発を見ても、国力が回復していることは間違いないだろう。それだけに北朝鮮がロシアへ武器や軍部隊を支援できること自体はそれほど驚くことではない。

 北朝鮮にその国力があったにしても、問題はなぜ北朝鮮はロシアに武器を支援し、軍部隊を派遣したのであろうか、である。ロシアが必要としたから北朝鮮が武器や軍部隊を送ったのであるが、そもそも北朝鮮がロシアを支持していなければ武器や軍部隊を送るはずがない。北朝鮮はロシアがウクライナに侵攻を始めた2022年2月24日以来、一貫してロシアを支持していたので、その可能性は常にあった。北朝鮮は3月2日に採択された国連総会でのロシア非難決議にも棄権ではなく反対した5カ国の一つである。

 また、北朝鮮はロシア軍が占領しているウクライナ東部において新ロシア派が独立を宣言していたドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を7月13日に国家承認した。これはロシア、シリアに続いて3番目である。反対にウクライナからは断交されたが、北朝鮮ではこれを逆に批判している。

北朝鮮の外交方針

 なぜ北朝鮮はロシアを支持したのか。実は、北朝鮮は過去に一貫してソ連やロシアを支持していたわけではない。1980年代のイラン・イラク戦争では、ソ連がイラクを支援したのに対して、北朝鮮はイランを支援した。2008年には、ロシアがジョージアからの独立を認めた南オセチア―アラニア共和国とアブハジア共和国を北朝鮮は国家承認しなかった。北朝鮮が現在のロシアを支持するようになったのは最近のことであり、2021年に支配政党である朝鮮労働党の第8回党大会で採択された外交方針に沿ったことでもある。

 2018年と2019年に米国や韓国との首脳会談に臨んだ北朝鮮は、米国と韓国に対する不信感をより募らせ、2019年末には核兵器と長距離弾道ミサイルの再開発を宣言した。2021年の党大会では、金正恩が「対外政治活動を我々の革命発展の基本的な障害であり、最大の敵である米国を制圧し、屈服させることに焦点を合わせ、方向づけるべきである」と語った。さらに金正恩は党大会での報告で「米国で誰が政権をにぎっても、米国という実体と対朝政策の本心は決して変わらないと指摘し、対外事業部門で対米戦略を戦略的に樹立し、反帝国主義勢力との連帯を拡大し続けることを強調した」という。

 北朝鮮では2021年以来、米国を最大の敵とし、米国を中心とした帝国主義勢力に反対する勢力との連帯を拡大する方針を定めていたのである。つまり北朝鮮の世界観では、世界は帝国主義勢力VS反帝国主義勢力の対立で成り立っており、米国は帝国主義勢力の代表格であり、北朝鮮は反帝国主義勢力の一員だというのである。

 従って、北朝鮮がロシアを支持するのは、ロシアが反帝国主義勢力と見たからである。北朝鮮にとって、ロシア・ウクライナ戦争は、帝国主義勢力VS反帝国主義勢力の図式で成り立っている。イスラエル・ハマス戦争も、イスラエル=帝国主義勢力VSハマス=反帝国主義勢力の図式で見ているのである。

 世界を敵と味方の勢力に2分して考える世界観を単純と一笑に付すことはできない。北朝鮮では、帝国主義勢力もそのように見ていると考えているからである。朝鮮労働党の機関紙である『労働新聞』は2024年11月19日に論説の中で「今日、米国と西側勢力は、社会主義、反帝自主的な国々に『独裁国家』のようなレッテルを貼って誹謗中傷する一方、彼らとその追従国には聞こえの良い『民主主義国家』の看板を掲げ、国際社会を二分し、対立を煽っている。
これにより、世界には新冷戦の構図が確固として構築されている」と論じた。実際に、米国など西側諸国でそのように見ている向きは多いであろう。

 ここで使われている「新冷戦」という言葉が北朝鮮の世界観を示している。そして、世界がそのように考えていると北朝鮮では見ているのである。「新冷戦」という言葉は、もともと米国で1990年代から使われていた。もちろん、その意味はかなり変遷を経てきたので、一貫性はない。『労働新聞』も2006年3月17日以来、西側諸国や韓国のそれを引用するかたちで使っていたので、その意味に一貫性はない。ただし、「新冷戦」が世界を2分して考える世界観であることは一貫している。
現在の北朝鮮では、帝国主義勢力と反帝国主義勢力が対立する「新冷戦」時代において、反帝国主義勢力を強め、帝国主義勢力を打倒することを外交方針に掲げている。そのために、帝国主義勢力になろうとするウクライナを打倒しようとする反帝国主義勢力のロシアを支援することは、北朝鮮にとって一種の義務とすら考えているのであろう。いくら見返りをもらっても北朝鮮が帝国主義勢力を支援することはあり得ない。見返りもほとんどないのに、西側諸国と戦う勢力を支援してきた冷戦時代の北朝鮮と同じである。

 帝国主義勢力を弱めることが最も重要であって、ロシアから見返りをもらうことは二の次である。帝国主義勢力を弱めることは東アジアにおける米国の力を弱めて、北朝鮮にとって有利な国際環境を構築することになるからである。

これからの展望

 北朝鮮の台頭は、東アジアの国際情勢にどれだけ影響を与えるであろうか。もし北朝鮮がロシアや中国との軍事協力を強めた場合には、少なくとも日米韓にとっては望ましくはないだろう。しかし、中ロ朝の軍事協力はありえるのだろうか。
ロシア・ウクライナ戦争で北朝鮮とロシアが軍事協力を進めていることは事実である。それに、北朝鮮は、ロシアが有利に戦争を展開し、帝国主義勢力に打撃を与えることを望んでいるので、可能な限りロシアを支援するであろう。しかし、もしロシアが不利な条件をのんで停戦するようであれば、停戦に反対するであろう。ロシアが不利な条件をのむということは、ロシアが帝国主義勢力に敗北したことになるからである。

 また、ロシアからどのような見返りをもらえるかはロシアが勝利してこそ期待できることである。そのため、停戦に向けた動きで北朝鮮とロシアの間に不和が生まれる可能性はある。

 不和が生まれたら、2024年6月19日にロシアと北朝鮮の間で締結された包括的戦略パートナーシップ条約は形骸化するであろう。そもそも北朝鮮は包括的戦略パートナーシップ条約があるから武器や軍部隊を送ったのではない。包括的戦略パートナーシップ条約の批准が完了したのはロシア側が11月9日であり、北朝鮮側が11月11日であることが、それを裏付けている。その前から北朝鮮はロシアに武器や軍隊を送っているのである。包括的戦略パートナーシップ条約が本当に信頼できるものになるのかは、これからのロ朝の軍事協力にかかっている。

北朝鮮と中国の関係は良好?

 北朝鮮と中国の関係もあまり良いわけではない。米国やヨーロッパと対立することになるロシア・ウクライナ戦争は、中国にとって望ましいものではない。経済的に米国やヨーロッパとの関係が強い中国は、米国やヨーロッパと対立を望ましいとは考えていないのである。だから、中国はロシア・ウクライナ戦争に直接かかわっていない。そのために、ロシアに武器や軍部隊を送る北朝鮮にも困惑しているであろう。

 ただし、北朝鮮は、そのような中国の煮え切らない態度に苛立っているであろう。北朝鮮にとって望ましい中国は、米国と対立する反帝国主義勢力の一員である。しかし、現実はそうではない。東アジアにおける中ロ朝の連携は実際にはかなり難しいと言わざるを得ない。そのため、中ロ朝の軍事協力については、警戒は必要であるが、それほどの脅威になるわけではない。

 とは言え、ロシアや中国だけでなく、北朝鮮だけでも日本を滅ぼせるだけの核兵器を保有している。それに、米国でドナルド・トランプ大統領が就任し、韓国の政治混乱が続くようであれば、日米韓の連携には大きな支障があるであろう。日本は、中ロ朝の軍事協力に警戒しながらも、日米韓の連携を前提としない安全保障政策を模索することになっていくであろう。聖学院大学教授・宮本悟

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