トランプと陰謀論政治 分断のアメリカ、その先を見据えて【烏谷昌幸】【前嶋和弘】

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『公研』2024年10月号「対話」※肩書き等は掲載時のものです。

 

トランプ政治と陰謀論は、なぜここまで相性がいいのだろうか?

11月に大統領選を控える今、アメリカ政治と陰謀論の関わりについて考える。

 

 


からすだに まさゆき: 1997年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2003年同大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。16年同大学法学研究科にて博士号を取得。博士(法学)。専門は政治コミュニケーション研究、メディア社会論、ジャーナリズム論。武蔵野大学現代社会学部、政治経済学部准教授を経て、現職。著書に『シンボル化の政治学―政治コミュニケーション研究の構成主義的展開』、共訳に『陰謀論はなぜ生まれるのか』、共編著に『ソーシャルメディア時代の「大衆社会」論:「マス」概念の再検討』など。


まえしま かずひろ:1990年上智大学外国語学部英語学科卒業。ジョージタウン大学政治学部(M.A.)、メリーランド大学政治学部(Ph.D.)。専門は現代アメリカ政治・外交。敬和学園大学人文学部専任講師・助教授(准教授)、文教大学人間科学部准教授などを経て、2014年より現職。アメリカ学会会長(226月~246月)。著書に『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』、共著に『アメリカ政治』、共編著に『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』『現代アメリカ政治とメディア』など。


 

米大統領選挙運動で脈々と続く正攻法ではないやり方

 烏谷 来る11月5日はアメリカ大統領選投票日です。そこで本日は「陰謀論から考えるトランプ政治」をテーマに、現代アメリカ政治がご専門の前嶋先生とお話していきたいと思います。

 前嶋 よろしくお願いいたします。

 烏谷 最初に少し自己紹介をさせてください。私が専門とするのは政治コミュニケーションという領域です。特に関心があるのが、政治シンボル論です。政治シンボル論は、国旗やナショナルカラーなどの国家のシンボリズム(特定の意味体系や世界観を表すシンボルの集合体)に関する研究が盛んですが、私は人々にとって身近な政治シンボルと言える、民衆を強く惹き付けるカリスマ的政治指導者やその人が発する言葉に関心を持っています。

 その最たる人物がドナルド・トランプです。彼のように陰謀論を積極的に活用しながら大統領となり、そして一度負けながらも、再度大統領選に出馬するというのは、私が考える政治の常識を越えています。彼は一体何者なのか?元々はTVスターだった有名人が政界に入り込み、政治的なカリスマとして活躍していくそのプロセスを、メディアと政治の領域で研究したいと考えたのです。今年1月には米国のジャーナリスト、マイク・ロスチャイルドの翻訳本(邦訳『陰謀論はなぜ生まれるのか』慶應義塾大学出版会、2024年)を上梓しました。これは、シンボリズムとしての陰謀論がどのように社会に浸透し、政治に利用されるのかという観点からアメリカの政治とメディアについて研究してみたいと考えたからです。

 とはいえ、これまではトランプの陰謀論に狭く集中した調査を中心に研究を進めてきたので、今回は「アメリカ政治とメディア」に関わる非常に幅広い視点をお持ちの前嶋先生から勉強させていただきながら、お話しできればと考えています。

 前嶋先生は今のご専門である、「アメリカ政治とメディア」という研究テーマに、どのようなきっかけからご関心を持つようになったのでしょうか。

 前嶋 最初のきっかけは、1988年のアメリカ大統領選です。共和党副大統領のH・W・ブッシュ(父ブッシュ)と民主党のマサチューセッツ州知事のマイケル・デュカキスの選挙だったのですが、ブッシュ陣営のネガティブキャンペーンがあまりにも酷かった。当時大学生だった私は、「こんな酷いやり方がまかり通っていいのか」と、強い衝撃を受けました。

 ネガティブキャンペーンの有名な例を一つ挙げると、当時、デュカキスが州知事を務めるマサチューセッツ州には、受刑者の社会復帰を促すために、刑務所から受刑者が一時的に出所できる制度がありました。その制度を使って出所した受刑者ウィリー・ホートンが、一次帰休中に強姦殺人を犯したのです。ここに目をつけたブッシュ陣営は、ウィリー・ホートンを取り上げて、デュカキス陣営を攻撃します。ウィリー・ホートンの顔写真入りのテレビ広告を繰り返し流し、「犯罪者に甘いデュカキスと厳しいブッシュ」というイメージを全米に流布しました。しかし、受刑者の一時帰休制度はデュカキスが知事の時代に制定されたものではなく、前任の共和党州知事が始めた制度です。ブッシュ陣営はまったくの嘘をばら撒いたのです。

 烏谷 受刑者が刑務所の出入り口の「回転扉」をくるっと通って、そのまま出ていくというCMが有名ですよね。「デュカキスは犯罪者をどんどん出所させ、ウィリー・ホートンのような事例を全米に広めようとしている」という嘘のメッセージが広められた。

 前嶋 ありましたね。あんな子どもだましの映像でも、多くの人が嘘を信じてしまった。

 結果として、民主党大会直後には支持率で20ポイント近くブッシュを上回っていたデュカキスですが、ネガティブキャンペーンの攻撃を受け、形勢はどんどん不利になっていき、最終的には敗北します。当時のアメリカは今のように政治的に分断しておらず、多くの人が真ん中にいたこともあって、民意が動きやすかったのでしょう。大学生だった私は、「これが民主主義なのか」とブッシュ陣営のやり方に強い怒りを覚えました。ブッシュのように人柄が穏当で、現職の副大統領、かつCIA長官も務めたエスタブリッシュメント側の人間がこんな酷いことをするのかと。この大統領選でのデマや誇張への不信感が出発点となり、現在のアメリカ政治とメディアの研究に至ります。

 烏谷 88年の選挙で言いますと、デュカキス陣営はブッシュ陣営のネガティブキャンペーンと真っ向からやり合おうとせず、対応が遅くなってしまったとも言われていますね。それが勝敗に大きな影響を与えたと。

 前嶋 そうですね。デュカキスの真摯な政治への姿勢にも、共感を持ちました。マサチューセッツの純朴で真面目に政治を考えている人の姿が、まだ世の中の見方がシンプルだった大学生の私の目に素晴らしく映ったのです。だからこそ、そんな人に酷い攻撃をしかけたブッシュ陣営に一層の怒りが湧きました。

 当時、ブッシュの後ろには、FOXニュース初代CEOとなるロジャー・エイルズや、トランプの政治顧問を務めたロジャー・ストーンもいました。彼は「選挙に勝つためにはどんな手も使う男」と言われています。

 烏谷 正攻法ではない汚いやり方で選挙キャンペーンをする人たちですね。これは今のトランプのやり方にも通じるところがあります。こういった汚れ仕事を厭わない人たちが大統領選挙で活躍してきたという歴史がアメリカにはある。そうした手段を選ばない選挙運動の行き着いた先が、陰謀論の活用だったのかと思います。陰謀論は何もないところから降って湧いてきたわけではなく、ネガティブキャンペーンの歴史的水脈と繋がっているのだということが、先生のお話から見えてきますね。

 

今年の大統領選には陰謀論を生む「完璧な土壌」がある

 烏谷 私は、今回の大統領選でも「陰謀論がどうやって使われていくのか」に注目しています。中でも、2020年の選挙で大規模な不正があったとされている不正選挙陰謀論を、トランプはどのように活用しながら支持を獲得していくのかという点です。前嶋先生は、今回の選挙のどのような点に注目されているのでしょうか?

 前嶋 一つ申し上げると、今年の大統領選は陰謀論を生む「完璧な土壌」があるということです。理由の一つが、かつてない程にアメリカで政治的分極化(political polarization)が進んでいるという点です。ここ数年、国民世論が保守とリベラルというイデオロギーに大きく分かれている状態が続いています。南北戦争時より、社会の分断が進んでいます。

 二つ目が、政治的分極化とも関係するのですが、支持率の拮抗です。上院では民主党(民主党と統一会派を組む無党派議員も含む)が51、共和党が49議席。下院でも10議席以内の差と非常に両党が拮抗した状態にいます。というのも、第二次世界大戦後から1960年代、70年代ごろまでは民主党が共和党を議席数で圧倒する時期が続いていて、下手すると下院435議席のうち、民主党が300議席ほどを占めていました。それがここまで議席数が拮抗するほど、アメリカ政治の勢力図が変化してしまったのです。

 分断が深まるアメリカ社会で、どちらか一方が圧倒的な支持を得ていないからこそ、両者は自分たちの意見が正しいと信じる傾向が強まります。そして納得できないものを受け入れるという考えには至らず、「相手が何かを仕掛けている」と考え、陰謀論を唱えるわけです。

 その最たる例が2020年の不正選挙陰謀論です。選挙結果を受け入れることができず、「トランプ陣営の郵便投票の票が盗まれた」とまったくの嘘を唱えました。驚くべきことに、今でも共和党支持者の7割が「2020年の選挙は不正選挙であった」と信じているというデータがあります。我々のリーダーが負けるはずがないと信じ切っている。さらにトランプ自身もその主張に乗っかってしまったので、どんどんとこの陰謀論が拡大していきました。

 

陰謀論を「武器化」してきた保守勢力

 烏谷 近年、陰謀論に関わる話題でもっとも注目されてきたのが「Qアノン」だと思います。Qアノンは2017年10月、アメリカの匿名画像掲示板4chanにQと名乗る人物が陰謀論を投稿することで始まりました。Qは自分をアメリカの最高機密情報に触れる権利を有する人物とし、掲示板でエリート層の犯罪を告発していきます。「悪魔崇拝者で小児性愛者であるエリート層の人々に対して、トランプ大統領が秘密裏に戦っている」という物語がQの主なテーマです。これを聞いただけでも、まったく根拠のない陰謀論だと多くの人が気づきそうなものですが、Qアノンの陰謀論を信じる人はアメリカに少なからずいます。信頼できる数字があるわけではないのですが、Qアノンの問題に詳しいジャーナリストによれば、数百万人くらいはいるのではないかと言われています。

 Qアノンは、ネットの中のブームでは終わりませんでした。Q信者たちは、Qの予言を信じて過激な示威行動に出て警察沙汰になったり、子どもを誘拐したり、幾つかの殺人事件も引き起こしています。中には親が子どもを殺害するような事件もありました。そして、とうとう2021年1月6日には連邦議会議事堂襲撃事件がおきました。

 前嶋 民主主義が崩壊しかけた日ですね。

 烏谷 陰謀論がここまで政治のメインストリームに影響を及ぼすのかと、大きな衝撃を受けました。

 他方で、最近は右派に留まらず、左派による陰謀論が見られる出来事がありましたね。今年7月13日、演説中のトランプが射撃をされる暗殺未遂事件が起こりました。そのとき話題になったのが、射撃直後のトランプをとらえた「奇跡の1枚」です。この写真は、雲一つない青空にはためく星条旗を背景に、耳たぶから血を流しながらも拳を突き上げるトランプと、トランプを支えるSPがいるという構図でした。私はこの写真を最初に見た時、あまりにも劇的で出来過ぎた写真なので、「合成なのでは」という考えが頭をよぎりました。ただよく調べて見ると、ピュリツァー賞の受賞歴がある凄腕のカメラマン、エヴァン・ヴッチ氏が撮った、本当の写真だとわかりました。

 ところが、それでは納得いかない人も中にはいたようです。#staged(仕組まれた)というハッシュタグと共に、トランプ陣営による自作自演の仕組まれた暗殺事件だったという陰謀論が、左派の間で拡散されたのです。要するにトランプが同情票を集めるために、わざわざイベントを開催し、わざと射撃されたのだと。この左派から発生した陰謀論は「ブルーアノン」と呼ばれ一時期話題になりました。

 もちろん、陰謀論はイデオロギーに関係なく存在するものなので、左派から生まれたとしても何ら不思議ではありません。ただ「ブルーアノン」にはQアノンのような集団としての実体がないのです。陰謀論が一時的な話題として左派の間に広まっているに過ぎません。Qアノンのように、Qのロゴが入ったTシャツをみんなで着てトランプの集会で盛り上がったり、関連書籍がベストセラーになったり、ソーシャルメディアで無数のQアノンのグループやコミュニティが生まれるような巨大なムーブメントにまでは発展していません。

この「ブルーアノン」について調べながら改めて強く感じたのは、保守派の側がこれまで陰謀論をいかに武器化して活用してきたかという点です。保守系メディアと陰謀論の結び付きの強さは、リベラルの側と比べて相当際立っていると感じました。

 

保守派が構築した強靭な陰謀論のインフラ

 前嶋 おっしゃる通りですね。保守派による陰謀論の武器化は、1988年の大統領選からすでに見られていて、ある意味でトランプの時代でQアノンとしてようやく花開いたと言えるでしょう。

 保守派の過去を見ると、主に二つの分野で陰謀論の武器化が見られました。一つがメディアです。長年にわたりメディア業界はリベラルが強い傾向にあると言われてきたのですが、そこに対抗するために保守派は陰謀論を展開します。その一つが、1969年に誕生したメディア監視団体であるAccuracy in Media(AIM)です。「正確なメディア」という意味の何とも怪しげな団体ですが、この団体は「ベトナム戦争の敗北は左に偏ったメディアが原因だ」と主張しています。まさに陰謀論ですね。陰謀論を使ってリベラルが強いメディア業界という構図をひっくり返そうとしたのです。このような動きが60年代から始まり、発展を遂げ、今の保守系メディアと陰謀論の強固な結びつきに繋がっているのだと思います。

 二つ目が法曹界です。左派はメディアだけでなく長きに渡り法曹界でも強かった。リベラルに対抗するため、1982年にイェール大学、ハーバード大学、シカゴ大学のロースクールの学生によって、フェデラリスト・ソサエティ(Federalist Society)という法曹団体が設立されます。この団体はアメリカのロースクールにおけるリベラルなイデオロギーに異を唱えることを目的に掲げ、現在は200以上のロースクールに支部を持つなど影響力を拡大してきました。

 この団体の影響は、大統領が任命権を持つ最高裁判事にまで及びます。現在の最高裁判事は9人中6人が保守派判事ですが、6人全員がフェデラリスト・ソサエティによって選出された人物です。トランプは大統領時代に3人の最高裁判事を指名しましたが、その3人全員がフェデラリスト・ソサエティの作成したリストから選ばれています。

 このように、「リベラルは不当に世の中をコントロールしている」という陰謀論を利用し、じりじりとアメリカ社会で保守派は力を付けていきます。このように保守派は強い「陰謀論のインフラ」を昔から構築してきました。他方で、左派にはそれがないのでブルーアノンも一過性のものとして消えていくのでしょう。

 

メディアはリベラルに偏っている?

 烏谷 ベトナム戦争に関するご指摘、大変興味深いですね。「ベトナム戦争は、リベラルなメディアが本来負けていない戦争をまるで敗北した戦争のように報道し、不名誉な撤退を促した」という言い方もよく目にします。そして、そのリベラルの罪を問う人たちもいます。アメリカでは、ベトナム戦争のトラウマが人々の政治意識に未だに影響を及ぼしているようなところがあるのでしょうか。

 前嶋 肌感覚ですが、10年ほど前まではそのような論調が強く残っていました。ベトナム戦争へのアメリカの軍事介入は民主党のケネディが始めて、ジョンソンが状況を悪化させた失敗だと。そして、その失敗を共和党のニクソンが「名誉ある撤退」によってカバーしたと言われています。さらにレーガン政権下でソ連が解体されたことで、共和党を賞賛する声が高まります。共和党がまともな大統領を輩出したから、ベトナム戦争でも民主党の失敗を補うことができたというストーリーは、共和党支持者によって好んで語られてきたのです。

 そして、ここで大事な点が、烏谷先生もおっしゃるように、ベトナム戦争失敗の要因は民主党だけでなくメディアにもあると追及されたことです。メディアがアメリカの足をひっぱった。だから、レガシーメディアはダメなのだという論調が強まります。現在も執拗に行われるトランプによるメディア批判と同じ構図が、すでにできあがっていたのです。

 烏谷 いわゆる保守派が「リベラルバイアス」を非難する構図ですね。アメリカの主流メディアがリベラルに偏っているから保守派が正していこうという問題意識が、保守側に根強く残っているのですね。

 前嶋 リベラルバイアスという言葉が出てきたのは、1980年代です。政治的分極化が進むにつれて、アメリカの報道におけるバイアスが議論されるようになります。

 リベラルバイアスという言葉は、コミュニケーション学を専門とするS・ロバート・リクター教授によって広がった言葉です。実は、私は彼から指導を受けたことがあるのですが、いつも学生と喧嘩しているような風変わりな教授でした(笑)。彼は保守系シンクタンクと関係のある人だったのですが、The Media Elite: America’s New Powerbrokers(1986)で、いかにメディアがリベラルに偏っているのかを提唱しました。彼が全国ネットワークのジャーナリストに聞き取り調査をしたところ、自分を「リベラルだ」とするジャーナリストは7割近くいたそうです。この本が大きな話題を呼び、徐々にリベラルバイアスという言葉が定着していきます。

 烏谷 リベラルバイアスと言いますが、そもそもバイアスは測定可能なものなのか、気になるところですね。

 前嶋 そうなんですよね。メディアがリベラルに偏っていると言っても、目の前で苦しんでいる人がいたのなら、その人たちの物語を書くのがジャーナリストの使命ですよね。それを「リベラルに偏っている」と表現するのはいかがなものかと思います。この疑問をリクター教授に直接聞いてみたのですが、納得のいく答えは返ってきませんでした。

 

政治ショーの功罪

 烏谷 リベラルバイアスの問題が議論されていく中で、対抗するように台頭してきたのが保守系メディアです。1996年設立のFOXニュースや、2005年設立の極右ニュースサイトのブライトバート・ニュース・ネットワークなど、現在まで長年にわたり保守政治を支えてきました。

 前嶋 保守系メディアの形成において、大きな役割を果たしてきたのがラッシュ・リンボーという人物です。彼は保守系の政治トークラジオ番組を1989年にスタートさせ、92年の民主党ビル・クリントンと共和党父ブッシュの大統領選挙をきっかけに、名を馳せます。それ以前は保守派のニーズに合った政治情報番組が存在していなかったので、リンボーの番組は保守派の不満のはけ口となり、人気を博しました。父ブッシュに対して「お前ではダメだ、生ぬるい」「ヒラリー・クリントンはフェミナチだ」というなど、過激な言動によって保守派の不満を代弁していきます。「共産主義者がアメリカをとんでもない国にしている」など、とんでもないことを放送しています。客観性は皆無で、報道ではなく政治ショーです。こんなものがアメリカの南部や中西部で支持を集めてしまった。保守派という新しい視聴者層は開拓すべき絶好の金脈となっていくのです。

 そしてこのリンボーの番組をモデルにつくられたのが、FOXニュースです。CATVや衛星放送で提供されているFOXニュースは、現在の保守派最大の情報源といってよいでしょう。リンボーのテレビ版を意識し、「オバマは社会主義者だ」などといった主張も「ニュース」として提供されていきます。メディアの分極化において、FOXニュースの功罪は非常に大きい。

 また、保守とメディアの関係をふり返った時に、ポイントとなるのが1987年のフェアネス・ドクトリンの廃止です。フェアネス・ドクトリンは放送(地上波)の公平性を担保するために49年に導入されもので、公共にとって重要な問題を報道する時に、ある見解を報じるのならもう一方の立場も報じなくてはならないという制度です。それが、言論の自由に反するとしてレーガン政権下で廃止され、偏った報道に歯止めが利かなくなってしまいます。

共和党が開いたパンドラの箱

 烏谷 実は、私は2021年1月6日に起きた連邦議会襲撃事件までQアノンの存在をほぼ知りませんでした。襲撃事件に深く関わったQアノンとは何なのかと衝撃を受けたことがきっかけで、遅ればせながら陰謀論について研究を始めたのです。他方で、長年アメリカ政治を見てきた、前嶋先生の視界にQアノンが入ってきたのはいつごろだったのでしょうか?

 前嶋 Qアノンの存在を知ったのは、名前だと2017年ですが、何も突如として異質なものがアメリカ政治に表れてきたというわけではありません。というのも、2009年1月に始まる「ティーパーティー運動」とQアノン的な思考は地続きにあると考えるからです。ティーパーティー運動とは、課税反対を掲げ小さな政府を推進する保守派の市民運動を指します。2009年9月12日には「ワシントン納税者行進(Taxpayer March on Washington)」と呼ばれる、全米のティーパーティー運動参加者が集まる集会が開催されるほど、当時のアメリカで大きなうねりを見せました。

 私はちょうどその時期にワシントンに滞在していたのですが、FOXニュースなどの保守系メディアでは、朝から晩まで「ワシントンに集まれ」とティーパーティー運動を盛り上げるような報道がされていました。実際、ABCニュースによると6万人~7万人が集会に参加したとされています。

 烏谷 多くの人に不満が溜まっていたのですね。

 前嶋 しかしながら、ティーパーティー運動は、表向きには減税運動を掲げていますが、黒人であるオバマが大統領になることが許せなかった「人種差別運動」としての側面が大きい。保守派勢力が、反黒人を掲げて一つになることは今の時代では大きな運動にしにくいと判断し、減税運動という看板を掲げたまでです。実態は、オバマが勝利したことに腹が立つから、オバマ政権に火をつけてやろうと躍起になった人々の集団にすぎません。

 加えて、この運動は、政党や組織に属さない市民から発生する草の根運動だと言われていましたが、実際には保守系団体フリーダム・ワークスや共和党関係者が運動に深く関わっていたとの指摘があります。保守派陣営によって運動が主導、支援された「人工芝」運動でした。共和党関係者は運動の参加者に、「オバマは共産主義者である」「共産主義者が我々のお金を盗み、生活を破壊しているのだ」という情報を流していました。まさに、陰謀論ですね。政治的に日陰者であった保守が、リベラルから権力を奪うために陰謀論を使っていたということです。

 私はティーパーティー運動を見て、アメリカ政治は大きく変わってしまったなと感じました。何だかちょっとおかしい人達が保守政治に入って来た、という感覚ですかね。この人たちは保守派の最後のピースとも言える層でした。そもそもアメリカ全体では数でいうと民主党支持者のほうが多いですし、さらに人口の推移を考えると今後も継続的に移民が増えることは確実です。追い詰められた共和党がこれまでは政治運動に関わってこなかった層まで取り込んだものが、ティーパーティー運動です。

 烏谷 なるほど、穏健な保守層がこれまで距離を取っていた「ラディカル・フリンジ」と呼ばれる周縁的な過激層ですね。余裕がなくなった保守派が、これまである種の「禁じ手」として手を出さなかった過激な層に手を出すようになったと。ティーパーティー運動で、共和党はここを政治的な資源にしてしまったということですね。

 前嶋 そうですね。最後のピースの人々に手をつけてしまった。しかし、これはパンドラの箱です。一度手をつけると、アメリカ政治がポピュリズムに流れていくことは止められません。そのようなティーパーティー運動の人々が、そのまま流れて行ったのがまさにQアノンです。そのためQアノンの存在も、ティーパーティー運動から考えると当然の流れだなと感じたので、そこまで異質なものには思えませんでした。

 私はティーパーティー運動が盛り上がりを見せた時から、このような層にワシントンの政治が乗っ取られてしまうのではないかと危機感を持っていました。結局、悪い予感は的中し、連邦議会襲撃事件にまで発展してしまったのです。

 

なぜトランプを飼いならすことができなかったのか?

烏谷 これまで手を付けていなかった層に手を出し、そして正攻法とは言えない陰謀論を使うようなやり方になってしまった。そして、その先陣を切っていたのがトランプなのですが、いくら共和党が政治的に民主党に押され気味であるからといって、トランプが政界に登場してきた当初は、共和党の主流派は彼を冷たい目で見ていました。さらに、トランプを飼いならし、良いように利用しようとすら考えていたと思います。しかし、今の共和党を見ると、飼いならすどころか党全体でトランプ化が進んでいます。なぜ共和党主流派の人々はトランプを飼いならすことができなかったのでしょうか。

 私は、移民問題が一つの大きなポイントではないかと思っています。共和党の移民政策をふり返ると、ブッシュ政権時に不法移民労働者を合法化しようとする大きな動きがありました。移民を安い労働力として積極的に活用しようとしましたよね。この移民の規制緩和は、共和党に留まらず、超党派的な合意を獲得していきます。

 一方、政府が移民に寛容になる中で、自国の国民の不満が置きざりにされたままでした。ここに目を付けて、国民の不満を政治問題として上手くすくい上げたのがトランプです。これによって、共和党支持者の中に熱烈なトランプ派が増えていきます。そして、トランプの勢いを目の当たりにした共和党主流派の議員たちが、反トランプの立場から転向し、トランプに追随していったように思います。

 前嶋 おっしゃる通りですね。少し言葉を替えてお話ししますと、2001年のアフガニスタン戦争からの対テロ戦争以前のアメリカは、インターネットバブルなどで景気が好調でしたが、それ以降の10年間で大きく後退します。そして、2000年から2010年の10年はアメリカ史上最も多くの移民を受け入れた10年でもありました。景気の後退やテロとの戦いに疲れた国民が、それらの原因を「移民とテロとの戦い」のためだと考えるようになります。「ブッシュは移民に甘く、テロとの戦いにも固執した。共和党の敵だ」と。アメリカが没落した要因の主犯として、移民とテロとの戦いを叩けばトランプは支持を集められたというわけです。

 トランプが共和党で力を持つようになった理由は他にもあります。共和党支持者の大部分を占めるのが、小さな政府を支持する層とキリスト教福音派、この二つです。トランプは、前者には減税と規制緩和を、後者には福音派で厳格に信仰を重んじるマイク・ペンスを副大統領に指名することで、確実に支持を固めていきました。ペンスのような敬虔な福音派を指名しなければ、トランプは負けていたかもしれません。それほど福音派の層は厚いのです。この二つをおさえることで、トランプは自分を共和党の主流につくりあげていったのです。

 しかし、当初は共和党主流派の支持者も妄信的にトランプを支持していたわけではありません。15年の大統領選出馬宣言の際に、トランプは「イスラム教のやつはアメリカには入れない、メキシコからも人を入れない」というほどに過激な言動を続けていますから、「トランプはおかしなやつだ」と感じていました。でも、「ちょっとおかしいこと言っているけど、実際に移民問題も大変だからトランプでいいや」「関税は上がっても金融規制が緩和されるだけ悪くないか」と、緩やかにトランプを支持していったのです。

 

トランプのポピュリスト的才能

 烏谷 トランプの陰謀論政治を考える時に、必ず押さえるべき点はポピュリズムとの関係です。まずここで、ポピュリズムの定義を改めて確認してみましょう。政治学者のカス・ミュデ氏による定義では、ポピュリズムは「社会を汚れなき人民と腐敗したエリートの二つの陣営に分けて、人民の側について戦おうとするイデオロギー」です。これだけ見ても陰謀論との関連性が見て取れます。陰謀論では腐敗したエリートを徹底的に攻撃して自分たちの正義を打ち出すことが軸となっています。Qアノンはまさにそうです。腐敗したエリート像を描き出すときに陰謀論は非常に使い勝手がいい。ポピュリズムと陰謀論は相性がとてもいいのです。

 カス・ミュデによる指摘で、興味深い点がもう一つあります。それは、ポピュリズムは中心が薄弱なイデオロギーであるという指摘です。要するに、思想として中身がスカスカなのです。「腐敗したエリートと汚れなき人民が戦う」というシンプルな構造はありますが、逆に言うとそれ以外に何もない。マルクスが主張した共産主義のように、体系化された思想のエッセンスが詰まっている訳でもなく中身が空虚です。その空虚さ故に、どんな社会や文化の中心にある思想とも、結びついて融合することが可能なのです。

 トランプの場合も、もともと今のような極端な思想を持っていたわけではなく、イデオロギー的には無色透明であったと言われています。過去を見るとリベラルな考えを持つ側面もありましたし、実は右でも左でもどちらでもいい、非常に柔軟な思想を持っていたのです。大衆の心を掴む天才と言ってよい天性のポピュリストであるトランプは、反移民のような右派の思想と出会い、結局、右派ポピュリストとしての政治的立場に落ち着くことになりました。

 では、なぜ彼のポピュリストとしての才能と、右派思想が出会ってしまったのか。この過程をテーマに今後研究を進めようと考えているのですが、一つ言えるのがやはりメディアの存在が大きな要因としてあるということです。ブライト・バートのような右派メディアの成長抜きに政治家トランプの現在の姿を想像することは難しいように思いますし、テレビメディアでの大成功を抜きにポピュリスト政治家トランプの今日の成功を考えることも難しいと思います。前嶋先生は、ビジネスとTVショーの世界で成功を収めたトランプが、政治の世界に入り成功を収めていく、この過程を「トランプのリアリティーショー」だという、たいへん興味深いご指摘をされています。

 

88年選挙で副大統領候補として名が挙がっていたトランプ

 前嶋 1作目が『私が大統領になるまで』で、今は2作目の『私がMAGA(Make America Great Again)を達成するまで』ですね(笑)。そう作品名を付けたいほどに、彼のこれまでの過程はまるでリアリティーショーのように、大衆の心を惹きつけるものがありました。

 まず一つ目に、トランプは昔から政界に強い興味を持っていました。1988年のブッシュVSデュカキスの大統領選の時に、副大統領候補としてすでにトランプの名前が挙がっていたのです。結果的にはダン・クエールが副大統領候補に指名されましたが、すでに「政治をやらないか」と声がかかっていて、指名される可能性は低いがダークホースとしてあるかもしれない、という立ち位置でした。

 私はその時初めてトランプの存在を認識したのですが、当時のトランプは今よりも難しい言葉を使い、エリートらしい話し方をしていました。すごくまともな人に見えましたね。

 烏谷 いわゆる、よくいる普通のエリートだったのでしょうか。

 前嶋 そうです。今のように一行ずつ区切って話すような、英語として不正確な話し方ではありませんでした。聞いただけで、「この人はエリートだな」とわかるような話し方でした。

 二つ目は、テレビの世界で大衆の心をつかむ方法を肌感覚で学んでいったという点です。トランプは大衆相手のテレビの世界で、人の心を動かすための効果的な振る舞いを確実に習得していきました。例を一つ上げると、「オバマはアメリカ生まれではない」というバーセリズム(出生地差別)運動です。オバマの名前はバラク・フセイン・オバマというのですが、ミドルネームの「フセイン」にトランプは着目して、オバマはアメリカ生まれではないと、まったくの嘘を広めます。トランプは「オバマを叩くのならこれだ!」と確信したのでしょう。実際に、わかりやすさも相まってこのデマは多くの人の間で信じられることとなります。心が動くポイントをトランプは肌感覚でわかっていたのです。

 彼の酷い言葉は挙げるとキリがありませんが、2016年の選挙でのヒラリー・クリントンとの討論会で「なんていやな女だ(Such a nasty woman)」と言い放ったことには衝撃を受けました。何よりこんな下品な言葉に会場の共和党支持者が湧いたのです。トランプは、実際には紳士的な振る舞いができるのに、支持者の期待に応えるためにわざと下品な言動を繰り返します。討論会では「トランプ語」を研ぎ澄まして、本当に酷い言葉ばかりが出てきます。

 烏谷 トランプは自ら敢えて下品な態度をとることで、これまでは政治の蚊帳の外にいた過激な層、共和党支持者の中の過激な人たちに向けて、「自分はあなたたちと同じ側に立つ人間だ」と自己プロデュースをしてきたのですね。

 前嶋 そうですね。インテリとはかけ離れた言動をして、白人ブルーカラー層から共感を呼びました。

 三つ目はタイミングです。息子ブッシュとビル・クリントンは1947年生まれのトランプと同い年です。この二人が大統領になって、自分もこれ以上は遅い出馬はできないとトランプは焦りを感じたはずです。そこに、オバマという若造が出てきた。そしてオバマ政権の時期は、ちょうど人々の怒りが高まっている時期でした。2016年がトランプにとって、個人的にも社会的にもベストなタイミングでした。

もともと持っていた政治への関心、テレビで培ったポピュリスト的な才能、2016年というタイミング、この三つが丁度合わさり大統領選に出馬したのです。そして、トランプも昔は人工妊娠中絶容認派でしたが、共和党から出馬するのなら反対でないとダメだと、思想を変化させていきました。

 烏谷 2016年はトランプ支持者が日を追うごとに増えていき、非常に勢いがありましたよね。

 前嶋 トランプに流れが来ていましたね。しかし、今年はトランプにとって正直ベストなタイミングとは言えないでしょう。今いる支持者をいかに固めるかがポイントになっていきます。

トランプを超えて生まれるトランプ的志向

 烏谷 先ほどトランプがいかに大衆の心を掴む才能に長けているかという点に触れました。一方で、前嶋先生の共編著である『現代アメリカ政治とメディア』の中で、保守の思想自体がオバマ政権以降再編されているという、興味深いご指摘がありました。要するに、トランプがポピュリズムや陰謀論を振り回すだけで今のように共和党内で力を獲得できたというわけではなく、シンクタンクや保守派の論壇でも彼の背中を後押しするような思想が生まれてきたということかと思います。トランプ自身がインテリの難しい言葉でその思想を語ることはありませんが、代わりに周辺のインテリジェンスがその役割を果たしているということでしょうか。

 前嶋 そうですね。最近は、トランプ以上にトランプ的な考えをする人々が出てきています。その最たるものが、保守派シンクタンクのヘリテージ財団が、2023年4月に発表した「プロジェクト2025」という文書です。これはヘリテージ財団が100人以上の保守政策関係者を束ねて作成した文章で、トランプが大統領に再び就任した場合に何を期待するのかが示されています。例えば、トランプと同じ思想を持つ人の採用、エリート主義の排除など、超保守的な社会観を拡大し、どう強行していくかが文書では記されています。元トランプ政権のメンバーも多く、トランプに政策的にも近い人物によって書かれたものですが、トランプは自身の関与を完全に否定しています。つまり、トランプを超えたトランプ的な思考が生まれつつあるということです。

 2016年の大統領選ではトランプ政権に絶対に入らないとする、ネバー・トランプ派が共和党内で台頭しましたが、その後トランプを支持する声が強くなる中、今でも彼らは非常に肩身の狭い思いをしています。重鎮のミット・ロムニーは今の共和党では残党となってしまいました。一方、共和党のトランプ化が進んでいるので、新しく出てきた人々は、トランプ応援団のように彼を支持する人ばかりです。

 烏谷 共和党のトランプ化と言いますと、2022年の中間選挙では、共和党内で陰謀論を踏み絵として使用したことに驚きました。不正選挙陰謀論を信じるか信じないかで、トランプへの忠誠心が試されました。

 例えば、リズ・チェイニーです。もともと彼女はトランプ政権期に下院共和党会議議長という要職を務めていましたが、2021年1月6日の襲撃事件直後、大統領弾劾決議に共和党議員でありながら賛成しました。共和党議員で賛成に回った人は10人しかいませんでしたが、そのうちの一人ですね。反トランプの立場を旗幟鮮明にしたチェイニーに対して、トランプは彼女の選挙区に刺客候補を送り込み、チェイニーは2022年予備選挙で大敗することとなります。不正選挙陰謀論を飲む人にはトランプが支持をするが、飲まない人は排除していくと。2005年の衆議院総選挙で当時の小泉純一郎首相が郵政民営化に反対した議員の選挙区に対抗馬、「刺客」を立てたのと同じやり方ですね。

 このトランプの行動に対して、私は大きな衝撃を受けました。心のどこかでアメリカを民主主義のお手本のように考えてきたところがあるので、こんなことをアメリカの民主政治を支えてきた歴史ある共和党がやっていいのかとショックを受けたのです。ここまで陰謀論の毒を飲み過ぎてしまった共和党はこの先どうなってしまうのでしょうか?

 前嶋 民主主義自体が揺れているんですよね。ある調査では「納得できない政権になるのなら暴力でそれを覆してもいいか」という問いに対して、約2割の人が賛同したというデータがあります。民主主義が自分たちの生活や自国を良くするものではなくて、民主主義があるせいで嫌いなやつの話も聞かなくてはならないものになってしまったのです。これはアメリカの民主主義において、あまりにも大きな変化ですね。ティーパーティー運動から民主主義の崩壊が始まり、15年の時を経てとうとう連邦議会襲撃事件まで発展してしまった。元に戻すにしても時間がかかることでしょう。

 今年の11月にトランプが敗北したとしても、副大統領候補のJ・D・ヴァンスが次のトランプとして控えているので、分断と拮抗の時代はまだ続くでしょう。ただ、それでも、移民による人口動態の変化をうけて、ようやく2036年の選挙あたりから、アメリカの民主主義は変わり始めるのではないでしょうか。

 アメリカも出生率は日本と同様に低下していくのですが、移民の流入によって継続的な人口の増加が見込まれています。一見すると経済的に安定していない移民は、所得再分配を掲げる民主党を支持するのかと考えますが、一定数の移民は共和党が囲おうとするはずです。すると、アジア系、ヒスパニック系からも支持されるような、白人至上主義ではない共和党になっていくと思います。支持層が変わり今ほど極端な政党ではなくなり、真ん中に向かうベクトルが生まれると私は予想します。やはり、新しいリーダーが登場することによって分断を解消するということは不可能なので、国民が変わるしかないのです。

 

分断の解消か、内戦か

 烏谷 分断政治はいつまでも続かないということでしょうか。

 前嶋 続かないと思います。他方で、分断がいま以上に深刻化するのなら、もう内戦に向かうしかアメリカの進む道はありません。バーバラ・F・ウォルター(米政治学者)の『アメリカは内戦に向かうのか』によると、今のアメリカの政治体制が民主主義と権威主義の中間状態、つまりアノクラシーの状態にいるとしています。そしてアノクラシーの状態だと、国家内での対立が高まり内戦に発展すると指摘します。

 今年4月に『シビル・ウォー アメリカ最後の日』という映画がアメリカで公開されました。分断の末に内戦状態に陥った近未来のアメリカを描いているのですが、アメリカで2週連続1位を記録しました。アメリカ人にとって、内戦が現実的なものとして感じるような状況にあるということですね。ただ、私個人としては、先ほどもお話したように、政治体制の次の段階が10年後あたりに来るだろうと楽天的に考えています。

 烏谷 それは明るい展望と理解してよろしいでしょうか?

 前嶋 そうですね。アメリカの歴史を辿ると、今日ほど国家が分断したことはありません。個人個人でイデオロギーも大きく異なるので、衝突が避けられず政治の話をすることさえ簡単ではありません。こんな状態は続かないですね。人口動態の変化もそうですが、分断が終わりを迎えると肌感覚ですが感じています。分断が終わると陰謀論も徐々に減っていくのでしょう。不正選挙陰謀論のような極端な陰謀論は減る傾向に向かうと想像しています。

 烏谷 やや無害化されていくのですね。

 前嶋 楽天的な見方で行くとそうですね。2022年に上梓した『キャンセルカルチャー アメリカ、貶めあう社会』でも分断の解消について論じたのですが、「少し楽観的すぎないか」との声もいただきました。なので、悲観的にいくと陰謀論が渦巻くとんでもない内戦の世界になっていく可能性もありますが、私として分断は終わりを迎えると考えています。

 烏谷 わたしはこれまでポストトランプ政治を考える際に、トランプ本人が政治から身を引いたとしても、選挙に対する漠然とした不信感が社会に残り続けるのではないかという、懸念点ばかりを考えておりました。ですので、分断の終わりという前嶋先生の視点には驚きました。

 前嶋 一方で、烏谷先生がおっしゃるように、ネガティブな側面も今後ある程度は続きます。11月の投票でハリスが勝利したら、12月の選挙人投票で妨害が起きるでしょうし、2028年の選挙ではヴァンスが陰謀論を武器に戦うことは確実でしょう。しばらくは見たくないものを見ることになると思います。

 烏谷 今がアメリカ政治の過渡期ということなのですね。

 前嶋 そうですね。政治学の研究では、2004年頃まで「アメリカが分断しているというのは嘘だ」という言説もありました。当時のアメリカは、政治エリートは赤と青で分断していたのですが、市民レベルでは真ん中にいたということです。何とかこの時期のアメリカに戻ればよいのですが、それまでにはあと3、4回ほど大統領選が必要かもしれません。

(終)

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