途上国における「選挙支援」という仕事【辰巳知行】

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『公研』2018年1月号「interview」 ※肩書き等は掲載時のものです。

国際協力機構(JICA) 国際協力専門員

 

 

20年ぶりに行われたネパールの地方選挙

──選挙支援準備の一貫として、ネパールを訪れたそうですね。

辰巳 昨年ネパールでは20年ぶりに地方選挙が行われました。2008年に王制が廃止されて共和制に移行したのですが、政情の混乱などから地方選挙ができない状況が続いていました。私は同僚と一緒にネパール南部のインドとの国境に近い地域を訪れ、投票所がどのように管理、運営されているのか現状を視察してきました。4、5年後には次のラウンドの選挙が予定されていますが、JICAとして選挙運営に対する技術協力ができるかどうか、検討しているところです。

 「選挙支援」とよく混同されるものに「選挙監視」がありますが、国連もJICAもこれはやりません。選挙「支援」は、より自由で公正な選挙を円滑に準備・運営できるように相手国の選挙管理機関──通常は選挙管理委員会──の能力開発を支援するものです。それに対して選挙「監視」は、投票日当日にどのように選挙が行われたのかを第三者の目で監視することが主な役割です。投票所が時間通りに開いたのか、投票を妨げるような行為はないか、秘密投票が確保されているか、などを監視するわけです。

 投開票が終わったあとに、選挙が自由で公正に行われたと言えるのかどうか、いわゆる国際基準と照らし合わせて判断して、それを喧伝することで選挙自体を評価します。選挙管理委員会も選挙監視員に監視されますから、国際機関やJICAなどが実施する選挙支援は監視される側への協力ということになります。ちなみに選挙監視は、国内外のNGO(非政府組織)、EU(欧州連合)、各国の大使館等が行っています。日本も外務省が中心となって、多くの国に選挙監視団を派遣しています。

 先進国の投票所では、このような監視団を見かけることはまずありませんし、そもそも票の集計結果を疑うということ自体があり得ないので不思議な感じがするかもしれません。けれども多くの途上国では選挙の信頼性を担保する、つまり選挙によって選ばれた政権の正統性を国際的に認知させるために選挙監視は重要な役割を担っています。このような監視団が要らないような選挙管理ができるようになれば、一定の水準に達したと言えるのかもしれません。そこへ向けて、我々も支援をしているとも言えます。

──改善すべき課題は見つかりましたか?

辰巳 たくさん見つかりました。様々な制約から今回の地方選挙は全国で同じ日に一斉に投票を行うことができず、3回にわけて行われました。3回とも選挙自体は大きなエラーや事故もなく実施されましたが、課題は山積みと言ってよい状況です。

 まず有権者がこの選挙は何のために行われ、どう投票したらいいのかあまりよく理解していないままに投票日を迎えているように見受けられました。マークの仕方がわからなかったり、例えば三つ印を付けるべきところを10個付けていたりする例が目立ちました。無効票がとても多いんですね。いわゆる有権者教育が十分に行き届いていない状況でした。ちなみに日本では、候補者名や政党名を投票用紙に書き込みますが、このような投票方法は世界では例外中の例外です。他の先進国でもチェックを入れたりするマーク式が一般的で、識字率の低い途上国ではほとんどがそうです。それでもマークをつけ損ねて無効票になる率が非常に高いので、最近は途上国ほど電子投票機が普及しているという不思議な現象が生まれています。電子だと無効票が生まれにくかったり、集計が一瞬で終わったりというメリットがあるんですね。

 話を戻しましてネパールですが、選挙オペレーションにも課題は多いです。今回は投票所しか見ていませんが、一見しただけで、「これはどうかな?」というポイントがいくつもありました。まず、投票所に入るとそこに政党からの監視員がずらりと並んでいるんですね。投票所にもよりますが、多いところでは10人以上いたところもありました。それぞれの政党が有権者の名前とIDカードを見て、「○○さんが来ました」と声を上げてチェックをしているわけです。これは本来のプロセスにはないことなのですが、地元のことをよく知る政党の人間がなりすまし投票や二重投票がないかを監視するという昔ながらの慣習が残っているとのことでした。けれどもこれは、有権者に心理的なプレッシャーを与えていることは明らかなので改善したほうがよいでしょうね。

 二つ目は投票用紙の問題です。今回の地方選挙は、市長、副市長、議会の議員等を決める同時選挙だったのですが、そこにさらに女性議員の枠、低カーストの枠等が絡まり、それを一枚の投票用紙に詰め込んだものだから、投票用紙がポスターくらいの大きさになっていました。それを一枚一枚、束からビリビリと切り取って投票者に渡すのですが、その束の根元の箇所に有権者番号と氏名を署名させていたんです。字が書けない人の場合は、指紋を押させていました。

 投票所スタッフにその理由を聞くと、「投票数と投票用紙の数が合わなかったら不正があったということになりかねない。誰に投票用紙を渡したかがわかるように、証拠として残すためにやっている」と言っていました。要するに数を合わせようとしてやっているわけですが、投票者側からすると、自分の投票先がばれてしまっているんじゃないかという疑念を普通は持ちますよね。与党側に投票しなければマズイことになったりするのではないか、といったような恐怖心を生む可能性があります。

 三つ目は、セキュリティが過剰すぎる点です。投票所の中には警察、外側には武装警察、ちょっと遠方には軍が配置されていました。一つの投票所にだいたい10人くらいのセキュリティ要員がいて、投票所を二重、三重に取り囲んでいる。さらに、投票箱のすぐ脇には、自動小銃を持った人が立って睨みを効かせているんです。スタッフに「その人の役割は?」と聞いたら、「乱入者によって投票箱が持ち去られたりすることを防ぐためにいる」とのことでしたが、治安機関は通常、与党に近い存在ですから与党を支持していない人からするとたいへんなプレッシャーになります。投票用紙を投票箱に入れる瞬間は、非常にセンシティブな瞬間ですから、投票箱の横で警察が睨みを効かせていることは、有権者の投票行動に影響を与えている可能性が多分にあります。しかし、選管のスポークスパーソンによると、「投票所に治安要員を配備することは、人々にプレッシャーではなく安心感を与えている」とのことでした。このあたりは微妙なところですね。

 投票所をいくつか見ただけで、これらの課題がすぐに浮き彫りになりました。より民主的でより公正な選挙にしていくために、改善すべき点はまだまだあるかもしれません。そのためのアドバイスや改善策の提案も国際選挙支援の重要な仕事の一部です。

 

投票用紙ビリビリ事件

──ずいぶん物々しい雰囲気ですね。そうしたアドバイスは聞き入れてもらえるものなのですか。

辰巳 そこはやってみないとわかりません。我々にできるのは強要ではなく、あくまで助言であって、最終的なオーナーシップは彼らにあります。いま指摘したような課題が、知らずにそうなってしまっているのか、もしくは何らかの意図が働いているのかは原段階ではわかりません。発展途上国では、意図的にそうなっているケースが多々あるんです。つまり、与党に有利になるようになんとなく仕組まれているわけですね。

 今回のネパールでの地方選挙にはUNDP(国連開発計画)や国際NGOなども支援に入っていて、そうした国際機関の助言も踏まえて準備、実施されました。彼らとも話をしてきましたが、「これまで提案してきたアドバイスはそれなりに取り入れてもらっている」と言っていました。ネパールはヒンドゥー教徒の多い国でカースト制度の影響が強く、カーストの下位の人々は政治参加するにしてもなかなか機会を与えられていないところがありました。けれども今回は、いわゆる不可触民と言われている人たちも議員になれるように特別に議席を設けられました。それから女性にも一定の割合で議席が設けられています。このあたりは、いわゆる「国際スタンダード」をネパール側が取り入れていった結果かと思われます。

 昨年9月には、ネパールの選挙管理委員会の人たちを日本に招待しました。日本の選挙管理委員会の人たちと協議していただいたり、実際に茨城県の知事選挙を見学してもらったりしました。投票所や開票作業を見てもらったのですが、この成果がいきなり出ました。3回に分けて行われた地方選挙のうち、1回目と2回目は開票作業に大体2週間ほどかかっていました。選挙は結果の発表が遅いと、「なんでそんなに掛かっているんだ。裏で不正が行われているんじゃないか」と人々の疑念が膨らみ、集計結果の信頼性がどんどん低下していくんです。だから、できるだけ早く結果を発表することが大事です。日本の場合は、投票日の晩には結果がわかりますよね。

 ネパールの選管の人たちは茨城の知事選挙でのやり方を見て、自分たちで開票作業を工夫し、3回目は1週間ほどで暫定結果を出すと公言し、やってみせたのです。過去2回の選挙の大体半分になったわけですが、短期間で選挙の信頼性を大きく向上させたと言えるでしょう。百聞は一見に如かずとはよく言ったものですが、これからも日本のやり方を取り入れたりしながら「カイゼン」を続けてもらえたら嬉しいですね。

──何か想定外のことは起きませんでしたか?

辰巳 2回目の選挙の時ですが、開票作業中に政党関係者がいきなり割って入って投票用紙をビリビリに破って大混乱になる事態が起きました。自分の政党が負けそうだとわかって開票を妨害したわけです。何とかそのまま続ければ良かったんですが、ネパールの選挙管理委員会はその選挙区は再投票することに決めました。不服申し立ては、結局最高裁まで行ったのですが、判決は選管支持となり再投票が行われました。その選挙結果は恐ろしくて聞いていません。

──そもそも政党の人間が開票所にいることがおかしいようにも思えるんですが。

辰巳 ほとんどの発展途上国の選挙ではそういうルールになっているんですよ。先進国の選挙ではなくなっていますが、途上国の場合、投票所にも開票所にも「ポリティカル・パーティー・エージェント」と呼ばれる政党や候補者の代理人が立ち会って監視してもいいというルールがある。そうしないと後になって「結果を受け入れない」と言い出しかねない。各投票所、各開票所には常に彼らがいて、プロセスの逐一を監視します。投票、開票、集計のそれぞれの過程が終わるたびに彼らのサインを取り付けながら進めて行く。後から文句が付いたとしても、「見ていましたよね」ということにしないと選挙結果に納得してくれないことが多いんです。

 2回目の選挙でビリビリ事件等が起きたために、今回の3回目から開票所では票を数える人とポリティカル・パーティー・エージェントの人との間には、金網が張られました(笑)。

──具体的で効果的な対策ですね(笑)。投票用紙を破った人は逮捕されたのですか?

辰巳 それはわかりません。ここは途上国の難しいところですが、その人自身が単独でやったというより政党自体が絡んでいることも多いんです。そのため政治的な取引が行われて、逮捕されないことも。日本でそんなことをしたら人生を捨てるようなものですが、途上国では法の支配がまだ確立されていないところも多く、警察も汚職にどっぷりという国も多い。ですから、犯罪責任がうやむやにされてしまうことは多々ありますね。

──3回の地方選挙が終わり、ネパールでは地方議会がすでに始まっているのですか。

辰巳 始まっています。ネパールは王制から共和制に移行するために、新しい憲法を制定したのが2015年。その憲法に則って17年中に地方、州、国と順番に選挙が実施されました。共和制への移行に加えて、国の形を連邦制に変えてしまうのですが、その新しいかたちの枠組みが現在つくられているところです。地方選挙の後に州議会、下院の選挙という具合に一つずつ順番にハードルを超えていっている感じですね。

 一連の選挙では、候補者が手製爆弾で狙われたり、銃で発砲を受けるなど多くの事件が起こっていました。これもまた、世界の多くの国の現実ですね。

 

「コソボに行きませんか」

──まさに国の新しい枠組みをつくるという感じですね。選挙支援という仕事に携わるようになったきっかけをお聞かせください。

辰巳 私はもともと民間企業で働いていましたが、入社して5年くらい経った時に国際協力の仕事をしたいと考えるようになったんです。学生時代に国際協力のボランティアをしていて、その時の印象が身体に残っていたんですね。それを仕事にできたらなと考えるようになっていました。思い切って仕事を辞めて、すぐに国連ボランティアに登録しました。しばらくすると、「コソボに行きませんか」と誘われました。ちょうどコソボ紛争が終わった時でしたから日本政府も支援を実施することになった。日本のNGOが現場に入ることになり、10数名が国連ボランティアとして投入されたんです。私はそのうちの一人でした。

 最初の仕事は、紛争で壊れた家々を建て直し、帰還しつつあった難民がマイナス20度の冬を超えられるようにするという人道支援的な仕事でした。そのプロジェクトは3カ月ほどでひと段落したのですが、暫定統治をしていた国連コソボミッションにスタッフが足りないということで、「このまま残ってくれないか」という要請を受けたんです。思わぬ展開でしたが、結局コソボには2年ほどいることになりました。

 

 

──いきなり紛争地域なのですね。恐怖心はなかったのですか。

辰巳 恐怖心よりも自分のやりたいことに近づいているという高揚感のほうが強かったですね。コソボ紛争は確かに激しかったですが、バルカン半島はヨーロッパの裏庭みたいなところですから、水も電気も一応ありますし、地図上では西にちょっと行くとアドリア海で南にちょっと行くとエーゲ海。とてつもなく過酷な地域に行くという感覚はなかったですね。

 ただ、紛争の爪痕は生々しく残っていました。私はミトロヴィッツァという街に赴任したのですが、街を流れる川を挟んで異なる民族がそれぞれに分断されてしまっていたんです。私は仕事上、橋をわたって両方の地域を行き来するのですが、現地の人が対岸に行くと、最悪命を落とすという状況でしたから、憎しみが渦巻いていることを実感しましたね。

──新しい任務は?

辰巳 私が配属されたのは、日本で言う市役所の住民登録課です。国連が暫定統治しているので、市役所の多くのポストも外国人がやるんですね。特に住民情報を扱うところは、民族による差別が出ないよう、どの市役所も外国人スタッフが管理していました。戦争っていろいろなものがなくなるのだなと感じたのは、市役所に行っても書類のほとんどが紛失していたことがわかったときです。難民としてコソボから出て行った人たちがどんどん帰ってきていたので、すぐにでも行政サービスを開始したいのですが、住民台帳もなくなっていたので住民を特定することができなかった。私の役割は、もともとこの町に住んでいた人たちを特定して、住民台帳を復元することでした。具体的には人の情報が載っているいろいろな書類を掘り出してきて、そこから情報をかき集め、元の住民のデータベースを作るという仕事でした。

 この作業を2年くらいやったら、結構いい住民台帳を復活させることができました。今度はそれをベースに選挙をやることになって、その準備を手伝うことになりました。ですから、私が選挙支援の世界に入っていったのは、完全に成り行きですね(笑)。紛争が終結してから最初に実施された選挙を見届けて、2年間のコソボでの任務を終えました。

──その後リベリア、シエラレオネ、イラクなど世界各地で選挙支援に取り組まれていますね。

辰巳 特に印象に残っているのは、包括的に選挙支援に取り組むことになったリベリアです。2003年に内戦が終結して、国連がPKO(平和維持活動)を開始しました。この時はまずは選挙をやって、暴力ではなく人々の一票で国のリーダーを決め、そのリーダーシップのもと復興支援を行っていくというシナリオが描かれました。

 例によって何もないところから始まりますが、まずは有権者登録を行います。西アフリカの多くの国では出生登録に行く人が半分にも満たないような状況ですから、とにかく選挙権のある18歳以上を登録していきます。国中に有権者登録所を作り、住民に登録に来てもらう。ポラロイドカメラで顔写真を撮り、個人情報を入力し、有権者IDカードを作って配る。それがないと投票できないことをきちんと説明します。

 

生活が政治に直結した世界

──出生登録が半数に満たないというのも凄まじい。

辰巳 行政サービスに期待していないと言うか、期待できないと言うか。先進国では出生届を出さなかったり、住民登録をしていなかったりすると、生活が成り立たないですよね。けれども、そうした国の行政機関は社会サービスを提供していなかったり、出生届を出していなくても予防接種をNGO等から受けられたり、学校に行けたりするので、登録するメリットがない。逆に登録すると税金をきっちり請求されたり、兵役にとられたりするので、デメリットばかりが生じることになる。住民登録をしたほうが利益になり、登録しないと生活に支障が出ると住民たちが思えるようになることが、社会開発の一つのターニングポイントかもしれません。

──有権者登録する割合も低いのですか。

辰巳 それは高いんです。途上国では有権者登録と出生登録は別になっていることがほとんどです。住民登録のシステムがありませんから、とにかく選挙の度に登録するしかないんですね。それに途上国では、生活が政治に直結しているので、選挙には非常に高い関心をもっています。生活そのものと言ってもいいくらいです。

 例えばある国では選挙が終わると、公的機関で働いている人たちも勝ったほうの政党の人にがらりと入れ替わったことがありました。負けたほうを支持していた人たちは失職ですよね。さらに利権などがぜんぶ勝ったほうにいくから、会社なども勝者にきちんとついておかないと使ってもらえない。学校の先生でも、負けたほうの政党に入っていたりするとどこかに飛ばされたり、職を失った人もいたと聞きました。

 だから投票率も高くて80%を超えることもあります。ただし、これは民主主義というよりも自分の生活を守るために行くと言ったほうがしっくり来ると思います。途上国では、我々が思っているよりもあらゆるものが政治に直結していて、勝つほうに食い込んでおかないと不利益をこうむる。だからこそ、敵対する政党を勝たせないという発想になりがちです。そういう状況なので、政治や政治家への関心は嫌でも高くなってしまう。先進国になればなるほど、その重みは薄まっていくのだと思います。先進国では政権交代が起きたからと言って、仕事を失うようなことはまずないですからね。

──敵対政党を勝たせない手段とは?

辰巳 例えば、敵対する政党を支持する人たちに有権者登録をさせないという方法です。登録所に来た人たちに、「ここにもともと住んでいないだろう」と言ったり、「君は私が知る限り18歳ではない」と言ったりして、いちゃもんを付けるわけです。こうしたことはリベリアでもありましたし、ネパールでもあったと聞きました。

──それで引き下がってしまうのですか?

辰巳 諦めてしまうことが多いんですね。

──それこそ選挙監視の人が不正を取り締まるべきでは?

辰巳 そこに監視人の人がいればいいんですけどね。一応、登録所にも監視人は来ていますが、投票日ほどはいないんです。登録期間は2、3カ月と長期間に及ぶし、登録所は例えばネパールだと全国各地に約2万カ所ありますから、ずっと張り付いているわけにもいきません。なので、どうしても登録のときは監視の目は薄くなってしまう。

 アフリカの田舎などに行くと、登録所まで歩いて二日かかるというケースもあったりします。そこの集落は違う政党を支持していることが多かったりすると、登録所の情報をあえて伝えないということもあったり。

──選挙のやり方を伝授するという取り組みは世界では一般的だったのでしょうか?

辰巳 選挙支援は、国連や欧米諸国が中心となって世界中で行われてきました。特に冷戦崩壊後は選挙を実施する国が増えましたので、選挙支援の量が増え、質もどんどん高まっています。日本はどちらかと言えば経済発展や社会サービス、それからインフラ整備などの分野における協力を得意にしてやってきましたので、選挙支援や民主化を後押しするようないわゆるガバナンス面での協力は、もちろんやってはいるのですが、欧米ドナーと比較するとボリューム感に欠けるところがあった。

──欧米と日本とでは重きを置くポイントが違うというのも興味深いですね。

辰巳 いわゆる伝統的ドナー国というのはこれまでは、欧米諸国か日本しかいなかったわけですが、日本の開発協力のやり方は欧米諸国とはやはり違っています。そこは突き詰めると、それぞれの国がどのように発展してきたのかという経験の違いに行き着くのではないでしょうか。

 経済開発やインフラ整備を重視する日本のやり方で、特にアジアで成果をあげてきたことは歴然とした事実として受け止められるようになりました。欧米側もこうした日本のやり方を見直す動きが出ています。アジアのドナー国は、ずっと日本だけに限られていたところがありましたが、最近では韓国や中国も国際協力に乗り出してきています。これらの国も日本と同様に経済・インフラ支援を重視しているという特徴があります。タイ、マレーシア、インドネシアなどがドナー国の仲間入りをする日もそう遠くはないでしょうから、日本がお手伝いした彼らの経験が、彼らの国際協力の哲学になっていくのかもしれませんね。ドナーコミュニティーにアジアの国が増えてくることは、何だかとても心強い気がします。

 現在では、欧米型のガバナンス重視の国際支援と日本型の経済・インフラ重視の支援の双方が互いに歩み寄るような状況になっています。やはり、片方だけではダメで両方を伸ばしていくことが大事なのだと、お互いが気づき始めているのだと思います。発展途上国を見てきて思うのは、国というのはどこかの分野が突出して発展していくということはなく、様々な分野がバランスよく、相互に影響し合いながら、同時並行的に発展してゆくということです。保健が改善されれば、教育も伸びる。そして、法体系やインフラ整備も同時に進めていく必要があります。選挙管理もまたしかりでしょう。

聞き手・本誌 橋本淳一

 

辰巳 知行・国際協力機構(JICA) 国際協力専門員 

たつみ ともゆき:1968年大阪生まれ。早稲田大学人間科学部卒、大阪大学大学院国際公共政策研究科修了。平和構築、選挙管理等の分野における専門家として、国連、JICANGO等で勤務。これまでの赴任地はコソボ、カンボジア、リベリア、セルビア、イラク、シエラレオネ等。

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