ジェネラリスト・北陸・エネルギー安保  日本が活力を取り戻すためのヒント【滝波宏文】【吉崎達彦】

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『公研』2022年5月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。

コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、円安下での物価高。

内外の厳しい状況が続くなか、日本はどのようにして活力を取り戻すのか。

ロシアへの経済制裁の副作用を見極める

吉崎 今日は自民党参議院議員の滝波宏文さんと「日本が活力を取り戻すためのヒント」をテーマにお話ししていきますが、まずはウクライナ情勢に触れないわけにはいきません。ウクライナからは連日、本当に悲惨な映像や情報が入ってきています。隣国へ戦車で攻めていくなんて今時もうあり得ないと思っていましたが、そういう戦争が実際に起きていることに本当に驚いています。

 私はエコノミストとしては強気派、楽観的なタイプだと思いますが、さすがに今回は危機を感じています。一難去らずにまた一難と、悪い流れが続いてしまっていますよね。コロナ禍は3年目に突入しましたが、未だに終息していない。このパンデミックに対して、各国が金融財政政策を大盤振る舞いしましたから、昨年夏からはインフレが始まってしまいました。まだ日本はそれ程ではありませんが、明らかに諸物価が上がり始めています。昨年秋からはアメリカのFRB(連邦準備理事会)が金融政策の引き締めに転換して、今年3月からはとうとう利上げを開始しました。その上に戦争まで起きてしまった。

 今ロシアに対して前代未聞の制裁をやっていますが、どんな副作用が出るのか見通せないところがある。すでにエネルギー価格は上がっているし、為替や金融にも余波がある。下手をすると食糧価格もさらに上がるかもしれません。この悪い流れを一体どうやったら変えられるのだろうかと考えるのですが、ここにはなかなか答えが見当たりません。

滝波 我々は、今ウクライナで起きていることは、日本にとって他人事ではないという認識を持つことが重要だと考えています。日本のウクライナ危機への対応は、東アジアにおける有事を睨みながら考えなければなりません。端的に言えば、強大化している中国はいま台湾を虎視眈々と狙っています。台湾有事は、我が国や日米同盟にとっても有事に直結する事態です。

滝波宏文氏

 

 そうした観点からすれば、今回のような侵略的な行動に出た場合は「痛い目に逢う」ことを中国に確実に見せつける意味でも、今回のロシアへの経済制裁は厳しくならざるを得ない。中国共産党からすれば、制裁で経済成長が鈍ることは避けたいと考えるはずです。中国は経済大国になりましたが、国内にはまだまだ貧困がありますから今後も伸びていかなければなりません。なぜ中国共産党が13億人の王様で居られるのかと言えば、彼らに付いていけば経済成長の恩恵を受けられると国民が思っているからです。なので、中国は経済を失速させることができないわけです。

 かつて共産主義諸国への軍事技術・戦略物資の輸出を規制する西側のCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)規制がありましたが、それに似たロシアそして中国などを対象にした貿易統制──新COCOM──が自由諸国から出てくると考えています。今では旧共産主義国との間でも輸出だけではなく輸入も増えていますから、経済制裁は我々にとってもマイナスの影響も出ることになります。それでも日本は、受け身ではなく、そのルール作りにも積極的に関わっていくべきです。そうでなければ、我が国は東アジアにおいて自由と民主、平和、そして繁栄の維持が危ういというのが、保守政治家としての私の観点です。

吉崎 確かにロシアへの経済制裁がうまくいくかどうかは、重要なポイントですね。ただし、経済制裁は使いにくい武器でもある。私はいつも三つの問題があると言っています。一つ目は、効いているのか効いていないのか確認の手段がないこと。二つ目は、かけているこちらも痛い。いわゆる返り血を浴びること。そして三つ目は、止め時がわからなくなることです。

吉崎達彦氏

 私は、ロシアのクリミア侵攻前の2013年と経済制裁が始まった後の15年にモスクワを訪れたことがありますが、「何だ、制裁は効いていないじゃないか」と感じた覚えがありました。今回はあの時の制裁よりも徹底していますが、それでも抜け道はあるのだと思います。例えば、我々がロシア産の原油や天然ガスの輸入を止めても、中国が代わりにそれらを買っていたら、あまり効かないですよね。ロシアは買い叩かれるでしょうから、トータルとしては収入が減りますが、せいぜいそれくらいに留まってしまう。

 一方で、中国に「これは簡単なことではないぞ」と思わせなければならないのは、まったくおっしゃる通りです。ただし、我々が返り血を浴びかねないことも十分に意識しておかなければならない。中国から日本が輸入している最大のアイテムは通信機で、2兆3,000億円ぐらい。通信機というのは、要はスマホです。シングルアイテムで2兆円を超えるのはかなり大きいんですよね。2021年のデータを見ると、日本の全世界からの輸入は1位が原油で2位がLNGです。ここまでは、想像の範囲内ですが、3位は医薬品です。うち1兆円くらいはワクチンですけどね。4位が半導体で5位が通信機です。つまり、日本はすでに製品輸入大国になってしまっている。だから一つ間違えると、経済制裁を発動することで自分たちがかなり痛い思いをしかねない。本当に難しい時代になったと思いますね。

脱炭素は中国からマーケットを奪い返す武器になる

滝波 支持率などにも大きな影響を与えますから、政治も経済の動向をとても気にしますよね。今年のGDPも気になるし、4半期単位の数字も重要です。もちろんそれが良いに越したことはありませんが、ここはやはり今の経済安全保障の流れなどを踏まえた発想も大事になるだろうと思うんです。

 私は1971年の生まれですから、ちょうど団塊ジュニアの世代です。天安門事件、我が国では株価の史上最高値からバブル経済の崩壊が始まったのが89年で、私は高校3年生でした。平成の時代が始まった頃でもあります。今の令和の世を考える際には、その前の平成がどのような時代であったのかを意識するべきだと考えます。その観点から言えば、平成の期間を通じて中国をモンスターにしてしまったという反省に立つべきだと思っています。我が国は2010年にGDP世界第2位の地位を中国に奪われましたが、それが今ではもう3倍もの差が付いている。ましてや軍事力では、もっと大きな格差がある。つまりこの10年間で、一層著しい中国の覇権的台頭が生じてしまったわけです。

 平成の間を通じて、中国などに、欧米も含めた世界のマーケットを奪われてきましたが、日本はそれを取り戻しに行くべきでしょう。特にエネルギー・環境における脱炭素への動きは、中国などからマーケットを奪い返す一つの契機かと考えています。私は以前には経済産業大臣政務官を務め、今は参議院の「資源エネルギーに関する調査会」の筆頭理事をやらせていただいています。それから地元の福井県には原子力発電所がありますから、エネルギー政策を他人事にはできない土地柄です。そのため、議員バッジをつけて以来、エネルギーを最大の旗印として仕事をしてきています。

 その観点から、我が国でも課題となっているカーボンプライシング(CO排出に対して価格付けし市場メカニズムを通じて排出を抑制する仕組み)を実現するやり方として、炭素税、排出権取引などが取り沙汰されていますが、もう一つの手法として国境調整措置があります。すなわち、関税を通じたカーボンプライシングですが、その具体化として、「脱炭素関税同盟」を日本と欧米さらには本気でカーボンニュートラルにコミットしている国だけでつくることを、同志の議連として提案しました。逆にコミットしない中国等の国から関税を取ったらどうか、という構想です。

 要するに、中国からの脱却を西側諸国でつくっていくところに、欧米の市場を日本が取り返していくかたちでの我が国の成長があるのではないかと。やはり中国は経済的にすごく力を持って自信を強めているので、これにブレーキをかけなければならない。もちろん、これまで中国とともに稼いできた側面がありますから、中国との経済的な結び付きを弱めることは日本にとってもキツくなる要素はあります。けれども、台湾有事は日本の有事でもあることを考えると、サプライチェーン強靭化や経済安保の点からも、中国への経済的な依存からは早急に脱却していなければならないというのが、私の考え方です。

吉崎 国際会議などで話をしていると、中国に対する脅威にはずいぶん温度差がありますよね。日本側は中国を恐れていますが、ヨーロッパ諸国からは「ロシアのほうが怖い」と聞くことが多い。やはり、お互い目の前にある存在のほうが怖いんですよね。アメリカは、2015年くらいから中国のほうがより脅威として認識するようになっていきました。特にバイデン政権になってからは完全にチャイナシフトですよね。インド太平洋地域を重視する発言が繰り返されていましたが、そうしたらロシアに牙を剥かれて困っているというのが、今のアメリカの正直なところでしょう。

 私も日本にとって怖いのは、ロシアよりも中国であることは間違いないと思います。怖さを感じているのは、今回のウクライナ侵攻によってロシアが弱体化することで、中国の勢いがさらに増していくことに繋がりかねないことです。ロシアは今後どう考えても良いことはないですよね。そうなると、弱ったロシアは中国に武器や資源を安く供給するような存在になっていくかもしれません。それは日本にとってはたいへん脅威ですが、ヨーロッパなどはその怖さを十分には理解してもらえないかもしれない。

 今回ロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン1・2」については、日本は引かないという判断を岸田首相がしつつあります。私もそれはまったく正しいと考えます。最悪なシナリオは、日本が引いた後にその権利を中国に安く買われてしまうことですよね。長期的な戦略としては非常にまずい。サハリンの南半分はかつて日本の領土だったこともあるわけですから、そこの地下資源はなるべく日本が使うことが自然な姿なのだと思います。

 だから「ロシアはけしからんからあらゆる手段を取れ」という単純なスタンスで制裁をしてはいかんですよね。日本は2段構えで警戒する必要があります。つまり、ロシアがおかしくなった後の中国の姿を常に念頭におかなければなりません。中ロのバランスが崩れると、中国はユーラシアのオンリーワンの存在になる。これまで中国はロシアを兄貴分としてきましたが、この先はロシアを立てることもなくなるかもしれない。日本はその中国にどう対抗していくのか。それが大事になってくる。

滝波 私もサハリン1、2については、政府の対応が適切だと考えています。

 今回のケースで私が興味深く感じているのは、ウクライナが情報戦に勝って、世界の世論を完全に味方に付けていることです。西側諸国には「ウクライナを何とか助けよう」という共通の認識が醸成されてきました。2014年のクリミア侵攻の時は、そうした世論形成に失敗したところがありましたが、今回はそれがうまくいきました。このように西側が連携を示す機運は、中国に対しても効くわけです。すなわち、中国がもし台湾に手を出そうとしたら、国際的にこうした反応をされるかもしれないと認識させる効果が期待できる。

 

戦争の新しいスタンダードができつつある

吉崎 今回ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアの侵攻に対してまったく逃げずに反撃に転じました。しかも、SNSなどの様々な武器を駆使して国際的なナラティブ(物語)を完全につくりあげた。ほんの2、3週間でG7のすべての議会向けにオンライン演説をやりました。ある政治家が「コロナ禍がなければあり得ないことだ」と言っていましたが、その通りだと思います。しかも、それぞれの国に合わせた内容の演説で、キツい嫌味を言ったりおだてたりして、がっちりとハートを掴んだ。

 この戦争の新しいところは、彼が言っているウクライナで起きている「現実」がBBCやCNNのようなマスメディアが報じる前に、実際に戦禍にいる国民がSNSで上げてしまっていることですよね。それを100%信じていいのかどうかという問題も出てきますが、銃弾やミサイルが頭上を飛び交うものすごい映像がガンガン流れているわけですから、圧倒的なリアリティがある。まさに21世紀の戦争が起きているわけです。その一方で戦車が国境を越えていくように、戦争のやり方自体は古いところがある。けれども、特に情報をめぐっては新しいところがあって、ヘンな言い方ですが、戦争の新しいスタンダードができつつあるのだと思います。

滝波 一説には、今回のウクライナは、アメリカの広告代理店が関わっていて、それで効果的な情報戦を展開できているという話も聞きました。ゼレンスキーがうまくやれている背景にはそうした要素もあるのかもしれません。戦後の日本は、ずっと国際社会において情報戦を上手にやれてきたとは言えないところがある。今は経済安全保障の話が広く知られるようになっていますが、情報戦においてしっかり戦えるような国際的な感覚を持つことは一層大事だろうと思います。中国のように「一帯一路」でアフリカ等の国々まで関係を深めていくことは、今の日本にはなかなか難しい。ですから、情報戦を意識することで、欧米との強い繋がりが確保されていることを示すようなナラティブの構築は一層大事になる気がしています。

吉崎 このところアメリカはクワッド(日米豪印)やインド太平洋地域での連携を強調していますが、ここには気を付けなければならないポイントがあると感じています。実際にモスクワに行って感じるのが、インド人をよく見かけることです。ホテルの朝食会場にインド人が溢れ返っていて、びっくりしたことがあります。我々はあまり気にすることもなくなりましたが、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)5カ国の首脳会議は毎年きちんと開催されています。今年は中国が議長国で9月に開かれますが、これは無茶苦茶大事だと思っています。この会議は共産党の党大会の前に開かれますから、習近平にとっても大きな意味を持つことになる。

 中国を筆頭としたBRICSは、特にアフリカ諸国に対してはものすごいプレゼンスを持っていたりします。西側諸国はがっちりとしたナラティブを固めて有利になっているつもりでも、実はそれ以外の世界においてはまた別の物語が存在しているわけです。昔の言葉で言えば、「非同盟」の国々ですね。やはり、このあたりも我々は意識しなければならないのだと思います。

滝波 おっしゃる通りですね。世界は広いことは常に忘れてはならない。今クワッドの枠組みがプレイアップされていますが、実態としてはむしろインドをいかに向こう側に行かせないかの工夫として存在している部分もあります。インドが必ずしも日米豪と同じほうを向いて動いているわけではないことを、我々は理解せねばなりません。

 

ジェネラリストの重要性を再認識する

吉崎 先ほど滝波さんから脱炭素などの環境政策を契機にして、中国やロシアなどの権威主義体制の国々と少し距離をとっていくスタンスについてご説明がありました。「米中デカップリング」という言葉はきついところがありますが、それが経済安全保障の考え方の根底にはあります。これは確かにその通りだと思います。ただ、実際にやってみるとこれがまたかなり難しいんですよ。私は『公研』1月号に「経済脳と安保脳の狭間」という文章を半分冗談のつもりで書いたんですが、これは経済の専門家と安保の専門家の物の見方がいかに違うかという話なんです。経済安全保障の議論をして行くと、必ず迷路にハマるのは、経済論と安保論では前提としている考え方が違い過ぎることです。ほとんどOSが違うという感じなんですよね。

 私は経済界の人間の一人ですが、昔から安保には関心があったこともあって、今のウクライナ問題について発言している専門家たちはほとんど知り合いだったりします。今回の事態を解説する専門家たちが連日テレビ番組に出演しているのを観て、日本にも優秀な安保の専門家がいることに皆さん驚いたのではないかと思います。特に、小泉悠さん(東京大学先端科学技術研究センター専任講師)や高橋杉雄さん(防衛省防衛研究所防衛政策研究室長)のように若い研究者の活躍が目立ちますよね。高橋さんの専門は核抑止ですが、テレビ番組でキャスターから「本当に戦術核をロシアが使った場合はどうなるのですか」と質問された際には、目頭が熱くなっている感じで「その時は世界中の核抑止の専門家の敗北です」と言っていました。見ていて私も感動するものがありました。日本は戦後長らく平和国家でやってきて、安全保障をアメリカに依存してきたわけですが、安保の専門家がきちんと育っていることに感心しました。

 その上で私が申し上げたいのは、やっぱり専門家には限界があるということです。それはコロナへの対応でしみじみわかりました。2歳の子どもにマスクをさせようとした専門家がいましたよね。たぶん子どもを育てたことがないのでしょうが、そのくらい専門家にはヘンな人も含まれているわけです。やはり大事なのは、その専門家を使う立場のジェネラリストの存在だと思うんです。

 滝波先生はPhD(博士号)を持っていらっしゃいますよね。議員で持っている人はあまりいませんよね。別にケチをつけようというわけではありませんよ(笑)。

滝波 元々持っていた方が議員になるケースはありますが、議員になってから取得した人はあまりいないと思います。昨年、何とか取得することができました(早稲田大学大学院、論文タイトル『1990年代2000年代の日米金融危機における公的資金投入の政治経済学的分析』)。実はPhD取得までには長い時間が掛かっています。経緯を少しお話しさせていただきます。財務省時代の最後の頃に、スタンフォード大学の研究所に客員研究員として派遣されました。その際、今は東大の教授も兼務されているフィリップ・リプシー先生と、アメリカのリーマンショックと日本の平成金融危機を比較する論文を共著として執筆する機会もあり、「公的資金投入」の章は私が中心に書いています。それらのスタンフォードでの研究成果を日本に持って帰ってからは、財務省で広報室長などを務めながら財務総合政策研究所にも籍を置いて、二足の草鞋で研究を継続していました。その頃までに概要はでき上がっていましたから、何とか博士論文として完成させたいと思っていました。

 けれども別の地元の文脈で、2012年冬に財務省を辞めて参議院議員選挙へ出馬することになりました。政治家は、365日24時間、本当に時間がありませんから、論文を完成させることは半ば諦めていましたが、それを仕上げることができたのは、実はコロナ禍のおかげです。

 この論文の一つの結論は、危機の際には資本注入が重要であるということです。それが日本の平成金融危機とアメリカのリーマンショックへの対応から導かれた教訓でした。今回のコロナ危機は金融に端を発したものではありませんが、生じた経済危機という事象では共通する部分があります。自民党は新型コロナの蔓延が確認されるとすぐに「企業等への資本性資金の供給PT」を立ち上げていますが、私もこのメンバーになりました。平成金融危機を実際に見てきた宮澤洋一先生や林芳正先生などが音頭をとられたものと理解しています。

 今回、「ゼロゼロ融資」と呼ばれたりもしていますが、実質無利子・無担保でどんどん融資する仕組みがとられています。しかし、流動性の供給だけでは負債が増えていくばかりですから、資本の部分もしっかり支えなければダメなわけです。そこで、迅速に日本政策投資銀行や商工組合中央金庫などを使って資本注入ができるようにしました。さらに、貸し倒れなどが起きた時、金融機関にリスクが集中するかもしれないので、金融機能強化法の資本注入枠を増強しました。この対策をコロナ禍の初期の補正予算で実現させることができた。

 この危機対応の政策立案の「視座」が、私にとっては、まさにこの論文でした。やはり実際の危機時にはこうした知見が活きてくることを実感し、博士論文を書き切って完成させないといけないという思いが生じました。

 また、コロナ禍によって論文に向き合う時間ができたことも大きかったです。我々は、毎週末地元に帰っていろいろな式典に出席することが大事な仕事ですが、福井県は厳しく行動を自粛していましたから、軒並み様々な会合が中止になりました。夜の会合もなくなって、それで、何とか論文に時間を当てることができました。「災い転じて福となす」ですね。

 ここに至るまで、途中で休学もして延長し、残り2回しか教授会にかけられないところまで来ましたが、ラストワンショットだけを残して、完成させることができました。

 論文は、大蔵省の先輩でもある北村歳治先生にご指導いただきました。北村教授が早稲田大学を退官された後には、篠原初枝先生(同大教授)に指導教官を引き継いでいただきました。温かく見捨てずにご指導いただき、両先生には感謝してもしきれません。

吉崎 世界的に見ると、日本は高学歴化に出遅れてしまっていて、国際機関のトップを決めるときなどには明らかに損をしているんですよね。公職に就いた経験があって、民間の経験もあって、博士号を持っていて英語は必須、そしてできれば女性がいいとなると、そんな人は日本にはほとんどいないわけです。

滝波 今の日本の政治の世界では、博士号をとっても票には結び付かないので、いいことはあまりないんです。しかし、議員外交や国際交渉をやるときに、名前にMr.ではなくてDr.が付くかどうかで、交渉の土台がかなり変わってくる部分が実態としてあるので、その点では良かったと思っています。博士論文は、本にして、今年中には上梓する予定ですので、是非多くの方に読んで頂ければ幸いです。

吉崎 平成金融危機は、日本人じゃなければ書けないテーマですよね。リーマンショック時のアメリカは、明らかに日本の顰みに倣ったところがありました。資本注入が非常に素早かった。「賢者は歴史に学ぶ」をきちんとやったのがオバマ政権の初期でした。ただ本当はあそこでもうちょっと大きな経済対策を打てればよかったのだけど、それができなかったものだから今でもバイデン政権にしこりを残して苦労しているなと感じています。

滝波 リーマンショックが始まったときは、ティモシー・ガイトナー(元米財務長官)が一番動いていましたよね。彼は日本の平成金融危機のときに、財務省から在米国大使館に赴任していました。日本の大蔵省にも頻繁に出入りしていて、事態をよく見ていた。ガイトナーは、リーマンショックが起きたブッシュ政権時には、ニューヨーク連銀の総裁を務めていました。その後オバマ政権で財務長官に就任し、すぐにストレステスト(資産査定)を行って資本注入の上乗せを決断します。これで経済の底打ちを実現しました。

 ちなみに、当時のFRB議長ベン・バーナンキも日本の平成金融危機を研究していました。ですから、アメリカの中枢には、日本の金融危機への対応について知見を持っている人たちがいて、日本を意識してそこから学んだことによって、アメリカはリーマンショックからV字回復することができた。日本とはまったく違う軌跡を描いています。

 戦後日本のいろいろな政策は、とにかくアメリカから日本が学ぶという一つの方向性がありました。そういうものだと皆が思っていたし、アメリカもそれが当然だといった自負を持っていました。プライドが高いですからね。しかし、この件については、日本からアメリカが学んだ、例外的なケースです。

 私の博士論文の学術分野は、政治経済学であり、経済政策をどのような政治過程で通しているのかといったことを研究するものです。日本とアメリカという先進民主主義国家において、不人気政策である(資本注入をはじめとする)公的資金投入をどのように通していったのか、そこにある教訓は何なのか、日米両国を通じ分析したものです。結論は、まさに吉崎先生も喝破されたように、日本から学んで素早い資本注入を決断したことが、アメリカがうまくやれた原因だったわけです。

吉崎 彼らも「日本から教わった」とはあまり言わないんですよね。だから、日本側できちんとそこは研究を残しておくべきだと思うんです。

 繰り返しになりますが、滝波先生にはぜひジェネラリストとして経済脳、安保脳の人たちを使う立場で活躍していただきたいと思っています。今の世の中は専門化が進み過ぎてしまっています。経済安全保障の話もまさにそうで、デジタル、AIなどいっぱい入ってくる中で、全体の絵を誰が描くのかと言えば、政治家や経営者などのジェネラリストの人たちに頑張ってと思うんです。

 齋藤健(自民党衆議院議員)さんは通産省時代に『転落の歴史に何を見るか』という本を書いていて、ここでは奉天会戦からノモンハン事件までの30年の間に戦前の日本がどこでおかしくなったのかを検証しています。彼の結論は、ジェネラリストがいなくなり、専門家が跋扈するようになったということでした。私は今の日本と重なるところを感じています。経済も安保もかなりのレベルの専門家がいます。それも若い人が多いことは、頼もしい限りです。しかし、最終判断をするのはやはり政治家だと思うんですよ。

 

不人気でもやらなければならない政策がある

滝波 私もどちらかと言えばジェネラリストと自認しているので、そこは意識していきたいですね。

 私の論文は、ポピュリズムへの警句でもあります。平成金融危機では、日本の公的資金投入は「too little, too late」と言われました。しかし、実際は宮澤喜一総理が初期の段階で公的支援に言及していましたが、反対を受けてそれが止まってしまった。あの時にもっと早くやれていたら、危機はあれほど時間が掛からなくて済んだのではないかと考えています。とりわけ住専(住宅金融専門会社)問題では、当時6,850億円──後から何兆円も投入したことを考えれば、わずかな金額と評されていますが──の公的資金投入をめぐって、国会が紛糾しました。結局、「この後は公的資金投入をしない」と大臣が答弁しました。そこに、金融危機の本丸だった山一證券や北海道拓殖銀行の破綻が到来し、公的資金投入路線への復帰が遅れてしまった。さらには日本長期信用銀行や日本債券信用銀行について、金融機関に厳しくあるべきという声に乗って、国有化(国による強制的倒産)をしてしまい、むしろ危機が長引いていきました。

 ここから導かれる一つの教訓は、この公的資金投入のように、不人気でもあってもやらなければならない政策があるということです。将来振り返った時に、「あの時にあの選択をしたから今の繁栄がある」という具合に、歴史の検証に耐える政策を打つことが、あるべき政治家の役割です。今なら、原子力の活用がそういう政策に当たるでしょう。

 しかし、政治家はどうしても票のことが気になるし支持率も気になる。特に最近ではSNSですね。とりわけTwitter上で繰り広げられている尖った考え方に、議員も含め多くの人が引っ張られています。自分に似た考え方の人ばかりが結び付いて、極端な論がどんどんエスカレーションしていって膨れ上がっていく傾向がありますよね。これはおそらくある商品に関心を持った人に、類似した商品を次々と出していくことで商品を売る技術を、SNSでも応用しているのだと思います。コロナ禍においては、この弊害が目立ったように思います。例えば、ワクチン接種に反対する人たちの意見ばかりを参照していると、Twitterのタイムラインが反対論者で溢れるようになってしまって、世の中の人がみなワクチンに反対しているように錯覚してしまう。

 コロナ禍の下、政治家も幅広い意見を聞けず、SNS上で極端な人の意見ばかりを参考にしているのかなと思う機会がありました。自民党内での議論でも「あれ、こんな極論を言う人だっけ?」と感じたことがありました。普段であれば、地元でいろいろな人に話を聞きますが、緊急事態宣言もあって帰れない日々が続いた時期もありました。そうするとネットに頼ることになりますが、それで意見が偏重していってしまうこともあるのだと思います。

 有権者のいろいろな話を聞くことは、我々にとってはやはりとても大事なことです。地元でご高齢の方に、年金がご心配なのだろうと思って話を聞いたら、「オレたちはもういいから、将来の子どもたちのことを考えてくれ」とおっしゃる人に会ったりします。そういう意見もあるのだなと、心打たれたりもします。様々な意見を聞くことで、極端な考え方は中和されていってバランス感覚ができ上がる。ポピュリズムと、SNSのエスカレーションによって極論化していくリスクを乗り越えながら、「歴史の検証に耐える政策」をどう作っていけるのか。政治家にとって最大の課題だと考えています。

吉崎 人類がこれだけ文字情報に接している時代はないですよね。情報は目で入ったり耳で入ったり、いろいろなかたちで入ってきますが、今は活字を読みすぎているぐらいですよね。電車の中でもみんな暇があったらスマホを見ていますが、あれは要するに字を読んでいるんです。特にSNSは過去に書いたものが消えないのでいくらでもたどることができる。だから1度間違ったことを言ってしまうと、永遠にその発言が付きまとってしまう。

 今回のウクライナ情勢をめぐっても、ある首長経験者が一度ヘンなことを言ってしまって、引っ込みがつかなくなっている。彼は、自分が間違っていたときに修正する能力がない人なのだなと露呈したところがある。例えば、これが地元の盆踊りに参加した際の会話だったらいくらでも修正が効きますが、やはり書き言葉は直せない。文字情報畏るべし、です。

 今はコミュニケーションのスタイルが本当に偏ってしまっていて、一方的な流れになっている。アメリカのトランプ現象などもそれが影響していますよね。政治が今の時代にTwitterの議論をどう取り込むのかは難しい問題ですよね。

滝波 一昔前ならば、しかるべき先生にはしかるべき団体や組織、企業が付いていました。しかし、平成の時代を通じて、政治に対して距離をとろうとする空気が醸成されてしまった気がしています。何か政治には近寄りたくない、アンタッチャブルという雰囲気も未だに感じています。

 けれども、社会を動かす車の両輪は、経済と政治です。そして、政治がハンドルを握ります。かつての日本は「経済一流、政治は三流。誰にやらせても同じ」と言われていました。高度経済成長の時代はブーストするロケットに強力な推進力があったので、操縦桿を少し右左に動かしてもだいたいは同じところに帰着しました。その点では、政治のハンドリングはあまり影響しなかったのかもしれませんが、今はそうではありません。成熟経済の今、誰が操縦桿を握るかで、全く違う方向に動き得る時代になっています。それにも関わらず、政治と共にリスクをとって繋がっていくことを、経済界もなんとなくタブー視している。昔はもっと日本をどうしていくのかをみんなで考える一体感があった気がしていますが、それが弱くなっている。

 

自民党議員にもⅠ種、Ⅱ種、Ⅲ種がある?

吉崎 今日はぜひこれを聞こうと思ってきたのですが、滝波さんは今の自民党をどのように見ておられますか?

滝波 平成、令和と時代を経るにつれて、日本は社会的な階層が固定化している印象を持っています。自民党内でも2世、3世の議員はすごく強いですよね。私が大蔵省に入った当時、国家公務員試験は種、種、種と分かれていました。私もそうでしたが、キャリアとして上をめざす人が種を受験したわけです。ちなみに今は国家総合職試験、国家一般職試験などに区分けされています。

 必ずしも厳密な喩えではないかもしれませんが、政治の世界にも種、種、種があると感じています。種はやはり2世、3世の議員です。政治の世界では「君のことは知らないが、君のお父さんにはたいへんお世話になった」ということはよくあって、それはすごいパワーになる。政治の世界以外でも、経済界やいろいろな団体との関係において、居抜きのように引き継いでいけます。私は、親や親戚に国会議員がいたわけではありませんから、いわゆるスタートアップの創業者です。世襲議員とは持っているネットワークが始めから違うことを痛感しています。

吉崎 種、種はどういった議員ですか?

滝波 種は首長や地方議員の経験者ですね。地元で票を持って上がってきた人のほうが、政治の世界では重く受け止めるところがあると感じています。そして、私の感覚で言えば、役人上がりは種です。我が国には、霞が関という素晴らしいシンクタンクがありますから、政策は霞が関に外注できるんです。なので国会議員にとって大事なことは、政策に精通していることよりも票を持っているかどうかにかかってくる。やはりそういう序列はありますね。今年の夏で10年目に入りますが、未だに創業の苦しみの最中にいる感じです(笑)。

吉崎 ただ最近では3期目で大臣を務める人が出てきているのは、すごくいいことだと思っています。以前は5、6回当選を重ねなければ入閣できない暗黙のルールがあって、長い下働き期間がありました。それから今の自民党の下の3分の1ぐらいの若い世代は、SNSをやっていたり、リモート会議も普通に駆使していたりしますよね。上の世代は、リアルで会わなければ物事が進まない人がほとんどで、若手の話を聞こうと思えば喫茶店かどこかに呼び出さなければならないと思っているオヤジ世代が圧倒的に多いわけです。それがコロナ禍を通じて一気に変わってきている。実はこれ、自民党に関わらず、日本国内の組織のすべてで起きている現象ですね。世代の断絶が起きている。岸田総裁は、若手議員の取りまとめを行ったとされる福田達夫さんを総務会長に抜擢されましたが、彼を取り込んでおかないと全体の3分の1のボリュームを占める若手と話ができなくなるのではないかと考えたのかもしれませんね。

滝波 確かに今回の岸田政権で特にそういう抜擢がありました。政権を奪い返した2012年の衆議院総選挙と、その半年後に行われた2013年夏の参議院選挙──私もこの時に初当選しています──で初当選した議員を合わせると、自民党全体の3、4割を占めるボリュームゾーンなんです。今までは綺麗なピラミッド型の構成になっていたので、上の人たちがこの若い力を使いながら政権運営をやってきました。けれども2012年の衆議院初当選組もすべての選挙に勝っていれば4期目になっており、この夏には2013年組も参議院2期目の後半に入り10年目の経験を積むことになります。このボリュームゾーンは、ある意味日本全体の人口構成では団塊ジュニアのようです。私自身団塊ジュニアの一人として、受験等の時も苛烈な競争に晒されてきましたが、またもや競争に入っている感じですね。

 いずれにせよ、この12年衆議院・13年参議院初当選組のなかから誰が中枢を担うようになるかで、我が国のハンドルがどう握られていくのかが決まっていく面が大きいでしょう。

グローカル成長戦略──北陸から世界的企業を生み出す!

吉崎 滝波さんは福井県大野市のご出身で、私は富山市の生まれですから、同じ北陸地方の出身です。吉崎家は富山の浄土真宗のお寺の一家で、福井の吉崎御坊(迫害を逃れた本願寺第8世法主蓮如が越前吉崎に置いた拠点)の流れなんです。福井と富山には、共通点がいっぱいありますよね。社長さんの数や、世帯あたりの自動車の所有台数も全国で1、2位です。それから女性の共働きが多い点でも共通しています。福井県選出の議員として、福井それから北陸地方を活性化させていくアイデアをお聞かせいただけますでしょうか。

滝波 私はスタンフォード大学の研究所に行っていたこともあって、最初の選挙から「福井県シリコンバレー化計画」を公約に掲げていました。経済産業政務官に就いた時、これを国家の政策として昇華して、打ち出したのが「グローカル成長戦略」です。これはたまたまタイミング的には、令和初の経産省の報告書になりましたが、経産省の各局から幹部に集まってもらって、私が座長となって研究会を作り、それぞれの局の立場や関心を代表するのではなしに、国家公務員として我が国の成長をこれからつくるにはどうしたらいいのかを知恵を絞っていただいた成果物です。その「グローカル成長戦略」の副題は、「地方の成長なくして、日本の成長なし」です。これは、日本人に強く根付いている「大都会でなければ経済成長しない」あるいは「これから人口減少するから成長はできない」という思い込みを乗り越える発想です。

 欧米をよく見ますと、大都市でなくても成長センターになっている地域があります。例えばシリコンバレーは、本当に「大いなる田舎」なんです。シリコンバレーを生んだと言われるスタンフォード大学が所在するパロアルトは、人口6万人程度の街です。GoogleAppleyahooなどの世界的IT企業も、だいたい人口10万前後の街に本社があります。

 それから、ドイツもそうです。経産政務官の時、世界最大の産業見本市ハノーバー・メッセに日本政府を代表して出張した際に、ハイルブロン=フランケン地域を訪問しましたが、同地域は人口90万人程度ですから福井県と変わらない規模です。にも関わらず、同地域は海外売上が50%から70%。視察した会社は、「我々は家族経営に毛が生えたようなものだ」と言いながら、ソニーと取引していたりします。いわゆるHidden champions(知名度は低いが特定の分野においてチャンピオンと言い得る力を持つ会社)と呼べる企業があり、そうした企業は、「フラウンホーファー研究機構」というドイツの公設研究機関などと組みながら技術開発をやっているんです。

吉崎 地方の中小企業がグローバルに展開しているわけですね。

滝波 まさにそれを「グローカル」と呼んでいて、農林水産業も含め地域の産業を、世界市場と直結させて、成長させていくという戦略です。日本ではそれがまだまだ足りていません。地方の企業には、海外と取引するには東京、大阪、名古屋を経由しなければできないという固定観念がありますよね。けれどもそれを打破して、利益を生む「国境」を直接乗り越え、地域的多様性を活かしていくことで、成長の伸びしろを作っていくべきです。

我が国は、欧米がつくっていた製品を効率よく作ることで高度成長を果たしました。しかし、すでに平成の初めには、そうしたキャッチアップの時代はもう終わって、フロントランナーとして欧米と共に走っています。つまり次に何が当たるのか分からない中を模索しながら、進まなければなりません。そういう環境において大事なのは、「多様性」です。金融論は、勝ち筋が見えていない時ほど、多様化することでリスクを分散させることが重要と教えますが、日本はこれを十分にやれずに来ている。多様化こそが、日本全体として次にくる何かを掴まえる可能性を高めます。そのためにも、地域の多様性を活かさねばならず、企業の規模としても、大企業だけでなくスタートアップや中小企業に焦点を当てなければならないのだと思います。

 我が国がどうやって勝ち筋を得て、勝って行って生き残っていくのかを考える時に、アメリカがどのようにしてダイナミズムを獲得してきたのかは参考になりますよね。GEやIBMのような既存の大企業が新たな価値を生み出したのではなくて、GAFAM(GoogleAmazonFacebookAppleMicrosoft)のような新しい企業がどんどん出てきたことで成長したわけです。要するに、大企業が大企業のままでは、成長しないんです。中小企業が大きくなるから成長が生まれてくる。今こそ、大企業・大都市中心の成長戦略を変えねばならないのです。

吉崎 具体的にはどんな政策を考えているのですか?

滝波 例えば、先ほどお話ししたドイツのフラウンホーファー研究機構を想定しているのですが、地方発のイノベーションを起こすにあたって、グローカル成長戦略に沿って、経産省の産業技術総合研究所(産総研)の地方センターを増強する計画が進んでいます。今までは北陸センターがなかったのですが、誘致の結果、福井県に設置することが決まりました。北陸3県全般を見ているので、この地域の中小企業などは東京や筑波まで行かなくても、北陸センターでいろいろな研究をして、地方発のイノベーションにうまく繋げていくことを期待しています。

 

北陸新幹線への期待

吉崎 北陸の経済データを見ると、あからさまに有効求人倍率が高いですよね。福井県はいつも全国で1番か2番で、今でも1.5倍ぐらいです。人手不足が常態化していて、コンビニに行くと結構な年のおばあちゃんがレジを打っていたりすることは、北陸では普通ですよね。

 北陸は、人口でも面積でもGDPでも全国の2%から3%ぐらいしかありませんが、割とおもしろい2%から3%なんですよね。製造業が強くて、福井だと眼鏡のシャルマン、富山のYKKなどの魅力的なもの作りの会社があります。暮らしやすさの指数で見ても、明らかに日本全体でも上位です。

滝波 そうなんです。幸福度指数もとても高い。

吉崎 けれども、そこに暮らしている人たちがあまり自信を持っていないところがありますよね。

滝波 おっしゃる通りです。ですから、これから産総研の北陸センターにぜひともやってほしいと頼んでいるのは、北陸の強い「ものづくり」を、デジタルと融合し、グローバル市場で展開することです。つまりIoT(Internet of Things)による地方発のイノベーションの実現です。これまで、我が国はインターネットのバーチャルな世界では、必ずしも欧米に勝ちきれていないところがあります。そこで、フィジカルな世界で我が国が強いものづくりを、IoTというかたちで、フィジカルとバーチャルを融合する。そこにこそ日本の商機があるのではないか。

 それから、イノベーションを社会課題の解決にいかに繋げていくかという発想が、これからは大事になります。例えば、車の自動運転などは、人口が減っていく地方こそ求められる技術です。まさに産総研が福井の永平寺町で実証実験を進めていますが、最先端のIoTを使って地方でうまく課題を解決することが、日本全体の課題解決につながっていきます。そしてそれは、実は世界各地が求めているソリューションです。北陸にはそういう可能性を秘めていると思っています。

吉崎 2024年の春には北陸新幹線が福井県敦賀市まで開通しますね。

滝波 1年遅れることになりましたが、2年後にはいよいよ敦賀まで新幹線が通ります。敦賀までの建設が遅れるとなった際、連れ子で敦賀以西の着工が遅れることがあってはならないとの政治決着となったため、実は来年度予算を編成する今年の年末は、敦賀以西を京都・大阪に繋いでいく着工の「勝負の時」です。

 課題は、残念ながら北陸3県ほど北陸新幹線をつくっていく熱が、京都・大阪にはそこまで伝わっていないことです。この点、運営主体であるJR西日本の責任と役割は大きい。関西の中心に本社を構える同社こそもっと、本気になって、熱伝導してもらいたいですね。経済界には、関西の成長・繁栄のために、北陸と繋がっていくことの大事さは意識していただいていますが、それを政治の世界、一般の方へと広げていかないと。2025年には大阪・関西万博もありますから、気運向上を期待します。北陸新幹線は、東海道新幹線のバックアップとしての機能も担っているので、京都や大阪につながらなければ意味がないんです。

吉崎 2015年3月の北陸新幹線の開通によって、金沢は観光都市として大成功しましたよね。明らかにそこで歴史がくっきりと変わった印象があります。金沢の成功は本当にすごいものがあって、富山県民は「かがやき号は本当は『加賀行き』号だ」なんて負け惜しみを言っています(笑)。それまで気付かなかったけど、北陸には実はそれぐらいブランド力を持った都市があった。それが北陸新幹線によって可視化されました。北陸新幹線によって富山、石川は明らかに関東と繋がりましたが、関西は乗り換えしなければならない不便なところになっています。けれども、これがもし福井から京都、大阪に新幹線が繋がったらまた違う景色が見えてくるはずです。

滝波 一期目の時に、私もメンバーである与党新幹線PTにおいて、敦賀以西のルートについては、敦賀の後は小浜に繋いで、そこから真南に行き京都駅へ、次に京田辺に一駅つくって新大阪駅に繋げる、いわゆる「小浜京都ルート」が決定されました。実は決着に至るまで、最大5ルートくらいが候補に上がっていて、政治的には地域間の激しい殴り合いみたいな状況になりました。今からまたルートについて議論し出すと、下手をすると10年単位で遅れかねない。ですから、このルートで前に進むしかありません。何とか早く完成させて、北陸に脚光が注がれることを期待しています。それがまた日本全体の経済の活性化にも繋がっていくと考えています。

吉崎 人口を増やすことも重要ですが、その前に今いる人間がもっと移動できることもすごく大事ですよね。私はつい昨日も親戚の用事があって富山の実家に寄ってきました。セカンドハウスを持つと言うと大げさですが、関係人口を増やすことは意味がありますよね。福井県なり富山県に関心を持って、年に5回ぐらいは泊まる人たちが増えるだけでも、経済的な効果は大きくなります。

 日本が活力を取り戻すためには、やはり人が動くことですよね。コロナ禍では極力動かないことを美徳とする嫌いがありましたが、危機が去れば、なるべくどんどん外に出て行かなければならないと思っています。野村証券は、この春から海外出張を復活させて日本株のセールスを再開するのだそうです。今まで日本株のセールスをリモートでやっていたから「来なくていい」と言ってくるところもあるらしいんですが、それでもやはり「行かなればダメだ」と野村さんは考えているようです。商社の業界も似たような機運になっていくのではないかと思います。やはり動くことは大事ですね。

滝波 オンラインはすでに知ってる人の人間関係のメンテナンスはできますが、人と新しく知り合ったり、人間関係を深めるには、やはり物理的に会わないと難しいなと肌感覚として感じています。

吉崎 社会に出たばかりの新入社員や今の大学生は本当に可哀想ですよ。コロナ禍で窮屈を強いられた人たちが大爆発して、「こんなこともできるんだ」とどんどん世の中を掻き回してくれたらいいなと思いますね。

 

第6次エネルギー基本計画は「赤点」

──エネルギー政策についてはどうお考えでしょうか。

滝波 私は1期目に経済産業政務官を務めてエネルギー政策を担当させてもらってきましたが、やはり大事なのは原子力発電を活用していくことだと考えています。東日本大震災による福島第一原子力発電所での事故以来、原子力には十分な国民的な理解や支持を得られないまま今に至っていますが、私がいま懸念しているのは、その状況が長く続いたために若い専門家が十分に育っていないことです。仮に日本で原子力をやらないにしても、中国や韓国で万が一事故が起きて日本に放射能が流れてくる事態になった際に、専門家がいなければ事態を分析することすらできません。

 それから、Sプラス3E(Safety:安全性プラスEnergy Security:安定供給、Economic Efficiency:経済効率性、Environment:環境適合)と言われますが、我が国のエネルギーをめぐる制約条件は元々非常に厳しいものがあります。資源に乏しい島国で、他国と送配電網が繋がっておらず、自国でこの経済大国を支えるエネルギーを賄う必要があり、京都議定書をつくった環境責任国でもあります。その上に、2050年のカーボンニュートラル実現にコミットすることになりましたが、単にS+3Eの一つのE(環境)だけを格上げしてもダメで、全体をアップグレードするかたちにしなければなりません。

 その観点からすると、昨年閣議決定された第6次エネルギー基本計画は残念ながら「赤点」だと私はずっと言い続けています。なぜなら、答えがわかっているにも関わらず、それを書いていない。それは、リプレースを含めた原子力発電の最大限活用です。もちろん再生可能エネルギーを最大限活用することは当然ですが、それに加えて原子力も最大限に使わなければ、脱炭素に向けS+3Eをすべて解くことはできません。

 一方、原子力は3Eについては非常に優秀ですが、S(安全性)に課題があると言われます。この安全の問題を踏まえ、私は原子力問題は「2次元」で考えなければならないと、いつも主張しています。図のX軸(横軸)は原子力を推進するのか脱原発をめざすのかを表していて、Y軸(縦軸)は立地に寄り添うのか寄り添わないのかを表しています。原子力をめぐっては様々な議論が重ねられていますが、ほとんどの論者が原子力推進か脱原発かばかりで考えています。つまり、X軸だけの観点しか持ち合わせていないんです。

 福井県は世界でも有数の原子力集積地域ですが、地元からすればやはり「立地」の観点が放り出されている気がする。例えば、立地の安全性に問題があるのであれば、いざという時の避難道を整備することは欠かせません。安全性のリスクを一番抱えているのは、やはり発電所の足元の住民の方たちです。万が一何かあったら、その人たちがすぐに避難できなければなりません。また、逆に暴走しようとする炉を制圧するためにも、その道は必要になります。

 しかし残念ながら昨年の通常国会では、原子力避難道の整備に資する原子力立地特措法の延長については、立憲民主党や共産党から反対されてしまいました。なぜなら、原子力と聞くと「それは推進なのだろう」と反射的に判断してしまうところがある。3・11の時は停止中の炉も事故を起こしたように、止まっている炉であってもそこにリスクはある。原子力を推進するか否かに関わらず、避難道は国を挙げて早急に整備していくことが大事です。

 

原子力の問題を解いていく鍵は「立地に寄り添う」ことにある

吉崎 確かに立地をケアしない脱原発派の人たちには困ったところがありますね。

滝波 最終処分場の確保についても似た構図があります。よく「トイレなきマンション論」と言われますが、あれも立地からすると、論点の立て方自体が間違っていると思います。我が国は、ベトナムのように今から白地で原子力を選ぶか選ばないか、という段階ではありません。それこそ先の大阪万博の頃から、安定安価な原子力の利益を、まさに立地のリスクの上に享受し高度成長してきました。ですから使用済核燃料というゴミは、そこにもうあるんです。要するにトイレがないから建てられないのではなくて、すでにゴミはあるのだから、トイレは是が非でもつくってもらわなければならないし、つくる必要があります。立地からすると、当然それを何とかすることは、電気の大消費地である都会の責任になりますが、残念ながら大消費地の方々がそれを自分事として捉えていただけていないと感じています。

 3・11の後に民主党政権は脱原発をやろうとしましたが、できませんでした。私の理解ではここには二つの理由があります。一つはアメリカの反対です。日米同盟には日米原子力協定が付いているという、表裏の関係があります。もう一つは、「青森の反乱」がありました。使用済核燃料は六ヶ所村の原子燃料サイクル施設に持ち込まれていますが、原子力事業を止めるのであれば、そのすべてを持って帰ってもらうと青森県が主張されたためです。持って行くあては当然ありませんでしたから、脱原発はできなかったわけです。

 これは別にサイクル施設がある青森だけに言えることではありません。福井県の軽水炉についても、使用済核燃料はそこにあるわけです。仮に「直ちに原子力事業をやめる」ことになれば、使用量に合わせて「これは京都府の分」「大阪府の分」「兵庫県の分」といった具合に、熨斗をつけて使用済み核燃料を返すことになります。福井県も、発電は引き受けても、「ゴミ捨て場」は引き受けていないからです。その行き先がなければ、原子力事業は続けざるを得ないんです。逆に言えば、脱原発を進めるにしても最終処分場をつくらなければ終われない。これは立地派の観点からすれば自然ですが、なぜか多くの方はそうは考えない。

 ある方が「日本には立地に寄り添う推進派はいるが、脱原発で立地派がいないのではないか」と言っていましたが、まさにその通りだと思います。つまりX軸Y軸が閉じてしまって、一つの軸でしか考えられていないわけです。昨年、立地の「市道に40億、住民は520人」という見出しの付いた新聞報道がありました。520人のためにこんなにお金を使うのですか、という書き方ですね。「金より命」と声高に言っている新聞が、矛盾している。原子力によって住民の安全性が脅かされることを指摘するのであれば、むしろそれを避難道の早急な整備などでカバーすることこそを主張しなければならないと思うのですが……。相変わらず原子力と聞いた瞬間に、立地住民のリスクに向き合うことなく、一方的に拒絶してしまうという問題があります。

 原子力発電所をどのくらいの年数稼働させるかをめぐっても議論が続いています。現行の我が国の40年、60年という年限を伸ばして国際的に合わせるという議論などがありますが、本当は新型の炉のほうが安全性が高まっているので、「安全性のアップグレード」という意味では、リプレースのほうが立地住民にとってはむしろいいと言えます。

 このあたりを脱原発の方にもわかってもらいながら、どうやって立地に寄り添っていくのかをきちんと考えることが、我が国の原子力の問題を解いていく「鍵」だと私はずっと言っています。逆に言えば、大都会、大消費地そして国のほうから言ってもらって、その分リスクを負っている立地に報いるかたちにしなければ、「国策への誇りある協力」を得ることは難しいと思います。

 

テロ対策を民間企業にやらせるのはおかしい

吉崎 3月22日に首都圏が電力危機になった時に、突然として「なぜ原発を動かさないのか」という話が出てきましたよね。それを聞いて、この10年の原子力の再稼働をめぐる経緯は国民に十分に理解されていないことを実感しました。原発にはBWR(沸騰水型原子炉)とPWR(加圧水型軽水炉)の二つの種類があって、再稼働できたのは原発を所有している九つの電力会社のうちPWRの3社だけだ、という説明から始めなければならない。

 3・11からもう11年が経ちました。原子力規制庁の枠組みもあの時につくったものですから、これを見直すことも私は一つ選択肢なんだろうと思います。現状では何となく「止めるのが正義」のようになってしまっていますが、需給が逼迫しているにも関わらず商業用の原子炉がこれだけ稼働できていないことは問題です。

 こうした状況のなかで事態を動かすきっかけになりそうなのが、脱炭素と脱ロシアです。この二つは超長期で見れば同じ方向を向いていますが、目先の2、3年ではまったく方向が違っています。まずは化石燃料をどうやって確保するのかが喫緊の課題になっていて、特に全世界的に奪い合いになるガスをどうやって抑えるかという話になっています。諸外国からすれば「世界有数の原子力発電所を持っているのに、なぜそれを使わないのですか」と疑問に持つわけですが、今はまさに我々自身がそれに自答しなければならない事態になっています。

 この10年間の政治を見ると、自民党は原子力についてはっきりしない態度をとり続けましたが、おそらくそれは賢かったのだろうと思うんです。そこを動かしていくテコになるのは、やはり立地県の声なのだと思います。滝波さんのご指摘にあったように立地県のことを考えないことによって、首都圏の脱原発派が成り立っているわけですからね。

滝波 今回ロシアがウクライナのザポリッジャ原子力発電所へ武力攻撃を行ったことを受けて、脱原発派の方は「やはり原発があること自体が危ない」と主張しています。しかし、日本海側の福井にある原子力発電所が北朝鮮に狙われるような事態を例にとると、その可能性が最も高かったのは、北朝鮮が核弾頭を持つ前だったと考えます。しかも、それは3・11以前のことです。その頃はミサイルしか保有していませんでしたから、それを発電所に何とか当てることで放射能漏れを狙う可能性はあったのかもしれません。3・11が起きた後は、ミサイルを当てるよりも確実に工作員を送り込んで、全電源喪失を狙う危険性のほうが高くなったでしょう。そして、核弾頭を持ったとされる現状で、最も打撃を与え可能性が高いのは、大都市に核を撃ち込むことです。もはや北朝鮮は、福井ではなく、東京や大阪を狙う段階に入っていることを、改めて理解せねばなりません。

 一方で、今回プーチンは、核使用の手前の、ある種脅しとしてウクライナの原子力発電所を攻撃するという圧迫を実際にかけてきました。こうした状況に備えるためにも、以前から要望の出ている、福井県の嶺南地域に自衛隊の駐屯地を置いていただくことを実現すべきです。今年は防衛三文書──中期防衛力整備計画、国家安保戦略、防衛大綱──を決めることになりますが、ここにおいても、立地の立場から原子力発電所の防衛について、きちんと声を上げていきたいと思います。

吉崎 テロ対策を民間企業にやらせるという今の枠組みはどう考えてもおかしいですよね。原子力発電所を守ることは、国家安全保障そのものであるはずです。

(終)

 

 

 

滝波宏文・自民党参議院議員
たきなみ ひろふみ:1971年福井県出身。94年東京大学法学部を卒業し、大蔵省に入省。シカゴ大院公共政策学科より修士号取得。主計局主査、人事企画室長、広報室長等を歴任。その間、スタンフォード大学で客員研究員を務める。2012年12月財務省を退官。13年参議院議員選挙に福井県選挙区から出馬し当選。以後連続2回当選。元経済産業大臣政務官。現在は参議院で資源エネルギー調査会の筆頭理事、党では国会対策副委員長、税制調査会長幹事を務める。21年に博士(PhD、早稲田大院)取得。米国公認会計士。
吉崎達彦・双日総合研究所 チーフエコノミスト
よしざき たつひこ:1960年富山県出身。84年一橋大学社会学部卒業後、日商岩井(現双日)に入社。同社調査・環境部、米国ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て、2004年から現職。著書に『気づいたら先頭に立っていた日本経済』など。
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