人手不足の正体 雇用と労働から見えた日本のかたち【濱口桂一郎】【小熊英二】

B!

日本における人手不足は、人口減少によって説明されることが多い。
しかし、その背景には日本独自の雇用システムが抱える構造的な問題があるのではないか?
専門職不足や若年層の流動化などの現象を手がかりに、日本の雇用システムの課題について議論いただいた。

労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
濱口桂一郎(画像右)

慶應義塾大学総合政策学部 教授
小熊英二(画像左)


はまぐちけいいちろう: 1958年大阪府生まれ。1983年東京大学法学部卒業、労働省(現厚生労働省)入省。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て、2017年より現職。著書に『日本の雇用と労働法』、『ジョブ型雇用社会とは何か』など。


おぐまえいじ:1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、2007年より現職。
著書に『単一民族神話の起源』『〈民主〉と〈愛国〉』、『日本社会のしくみ』『社会を変えるには』、『1968』(上・下)など。


 

人手不足その1:人口減少

 小熊 私は、いまの日本がどうしてこういうかたちになっているのかをいろいろなテーマで研究してきました。近年はその一つとして、雇用システムの研究を続けています。

 今回は人手不足に紐付けて、濱口先生とお話ができる機会を大変光栄に思っています。

 濱口 私は厚生労働省の外郭団体である労働政策研究・研修機構で研究をしています。以前は厚生労働省の役人でしたが、労働に関わる政策研究という観点で研究、執筆活動をするようになり、そのうち政策自体がいわゆる左右のイデオロギーとは違う観点で変化していると感じ、そこを掘り下げていくうちに雇用システムのあり方についての研究に行きつきました。もちろん今も政策研究という観点からもアプローチをしており、気がつくと20年ぐらい労働研究をしています。

 小熊 国によって雇用システムが違えば、労働問題の現れ方も違う。濱口先生は3年間ベルギーにいらして、ヨーロッパと日本の労働法を比べる視点から、日本の雇用システムの特徴をずっと考えてこられました。今日は日本の働き方の仕組みがどのようなものか、そこでどんな問題が現れているのかを、人手不足という問題を通じてお話ししていきたいと思っています。

 まず私の見解を述べたいと思います。現代日本の人手不足には、三つの現れ方があると思っています。

 一つは人口減少によって、単純に働き手が足りなくなることです。ただしこの部分は労働市場では下層ないし周辺にあたる部分での現象とも言えます。労働市場の上層ないし中核、例えば経済産業省のキャリア官僚や大手銀行の総合職が人手不足で困っているという話は聞かない。人手が足りないといわれるのは、類型的には現業労働者ないしサービス労働者、産業では建設、介護、サービス業、飲食、宿泊など、不安定で賃金が上がりにくい部分です。

 人口が減ると、こうした雇用が不安定な部門の仕事に就く人の供給は減っていく。また大学入学者の定員が一定であれば、若年人口が減れば高卒以下で就職する人から供給が減っていく。その不足部分をこれまでは女性や高齢者の労働力率を上げるかたちで埋めてきたわけですが、それも足りなくなってきたので、外国人労働者が加わって労働力を供給している。これが人手不足の第一の部分だと、私は理解しています。

 濱口 下層というのはややミスリーディングな呼称ですが、上下の下というよりも内外の外というべきかと思います。つまり、日本型雇用における企業内正社員システムの内側(内部労働市場)か外側(外部労働市場)かということです。

 学歴でいうと、外部労働市場にいるのは相対的に低学歴の人たちです。そこは労働市場の供給側からすると、放っておくと選ばれないような部分ですから、労働者全体の母数が縮小すれば、そのような職種に人手不足が集中するのはおっしゃるとおり当然です。

 小熊 上か下か、というのは確かにミスリーディングかもしれません。外部労働市場は市況に左右されやすく不安定ではありますが、市況によってインフレになると賃金が上がる労働市場でもあります。近年賃金が上がっているのはタクシー運転手、建設関係、それからメーター検針員などの外勤の仕事です。こうしたブルーカラーだけでなく、歯医者や会計士など独立自営業に近いような職種も上がっている。ただし、これらの職種はインフレになると賃金が上がる一方、デフレになると下がるという不安定で周辺的な部分といえる。逆に近年のインフレでも賃金が上がっていないのは、国が基準を決めている医療・介護、公務員、さらに大企業の事務職など、市況に賃金が影響されにくい部分です。これらは雇用や賃金のルールが安定しているので、インフレでも賃金が上がりにくいけれども、デフレになっても下がりにくく安定している。

 濱口 企業内型内部労働市場で守られている労働は、景気が良くなったからといってそう簡単に給料が上がるわけではないけれど、景気が悪くなってもそんなに下がらない。何よりも雇用が守られるのが特徴です。これに対して外側の人たちは、景気が賃金に非常に反映している。

 そのような労働市場の内外と身分の上下は本来は別の概念ではありますが、「外部は下である」と両者が紐づいている感覚が、戦後日本のメインストリームの人たちにはありました。そこには給料が安定していることに加え、学歴水準や、きちんとした組織の一員であることが、身分が高いということだ、といった価値観もありました。そう考えると、上下というのは、ミスリーディングだけども主観的には正しい言い方ということになるのでしょう。

人手不足その2:専門職

 小熊 これが人手不足の第一の現れ方ですが、第二の現れ方は専門職です。とくに建設系の専門職は第一と第二の現れ方が重なった分野で、一番求人が高い。他にもIT技術系、医療技術系、あとは福祉の専門職の求人も高い。

 こうした専門職も、日本の雇用システムで標準とされている大企業総合職からは少し外れているという点では、第一の現れ方と共通している。つまり日本の雇用システムの中核部分は人が足りている、あるいは余っているけれども、そこから外れた部分で人が足りなくなっているという形容も可能でしょう。

 ただし専門職の人手が足りないのは、人口減少が原因ではなくて、専門職を評価する枠組みが日本にないことです。これは日本の内部労働市場のあり方の問題です。

 内部労働市場と外部労働市場という概念は、企業内の労働市場と企業外の労働市場という意味に理解されていることが多い。しかしこの概念はもともと、賃金や人材評価にルールがある労働市場と、それがない労働市場という意味でした。そして内部労働市場には、ルールが企業別に決まっている企業別内部労働市場と、職種を単位に決まっている職種別内部労働市場があるとされていました。日本の企業別年功賃金・年功昇進は前者の例ですが、日本でも医者とか看護師、船員などは職種の中でランクアップしていくので、職種別内部労働市場にあたります。

 西欧や北欧では職種ごとに資格があり、学校で専門教育を受けて学位や資格を得て、その職種の中でキャリアを築いていく人が多い。そして産業別の労使交渉で、企業を超えて職種別の賃金と人材評価が決まる。例えば編集者でいえば、複数の企業での編集の経験年数の合計と、所持している編集者資格のレベルで賃金と人材評価が決まります。これは職種の内部ルールが決まっている市場だから成り立つのです。

 ところが、日本ではそういうシステムが非常に限られた職種にしかありません。だから専門職で技量が上がっても、経験年数を積んでも、企業を超えて労働市場で高く評価されることがない。だから専門職になることのメリットも少ない。ただでさえ、日本の企業では人事異動が頻繁に行われるために専門職が育ちにくい環境があります。そういった日本の雇用システムのありようが、専門職不足という事態を引き起こしていると私は理解しています。

 濱口 そうですね。厚生労働省が出している職種別有効求人倍率の統計を見ると、まさに表1の「建設・採掘従事者」などブルーカラー系が軒並み高くなっていて、表の上のほうにある事務職が極めて低いことがわかります。

 

表1 職種別有効求人倍率(出典:厚生労働省HP「一般職業紹介状況(令和8年4月分)について」)

 

 しかし、実は日本の事務職の中には専門職や管理職のような仕事をする人々が入っており、いい加減な区分になっているのです。そういった点からも専門職という区分を判断するのがなかなか難しい。一方には医者のように、まさに職種型内部労働市場も存在していて、昔は大学の医局が人材配分の機能を果たしていました。

 ところが一般企業で、特に理系の専門技術職の場合は、キャリアとしてはそこの専門分野を動いていくのですが、処遇としては専門職であることに着目した給与表は、いまの日本には基本的にありません。この背景には、戦後日本の労働組合運動が中心になってつくり上げた「職種に関わらない平等主義」が、専門職に対して特別な待遇をしないことに影響を与えているように思います。

 しかし40年ほど前までは、こういったやり方が、むしろ日本の技術を発展させているといった議論もあったことは確かです。一義的にどちらが正しいとか、間違っていると一刀両断的に言うことは難しいのですが、少なくとも現代の観点からすると、キャリアという意味では、専門性に着目した評価をされないことが要因となって、その部分に人手が不足している傾向はあると思います。

 小熊 日本では専門職を職種ごとの資格や経験で評価をする枠組みが企業を超えて共有されていないので、企業ごとの勤続年数と学歴で賃金を決める枠組みを、専門職に対しても適用するしかない。その企業が技術者の給与を上げるといっても、管理職に登用するというかたちでしか給料が上がるシステムがないこともある。その点で専門職のインセンティブは欠けてしまううえに、そうした評価は特定企業の中でしか通用しないので、他の企業に移動することができない。先ほど例を挙げたように、編集なら編集という職種で、A社とB社の経験年数の合計と資格で評価をするのであれば、企業間の労働移動がしやすいわけですが、そういうことが日本では起こりにくい。これも結果として専門職の供給をせばめている。

 またご指摘のように、たしかに40年ほど前には、職種で人材評価が決まらず、頻繁に職種を超えて人事異動する日本の雇用のあり方のほうが、柔軟性があって総合的な視点が育ち、チームワークもよいという意見もありました。しかし技術系の専門職でそれが当てはまるのは、日本が一番強かったと言われていた中級技術者と上級多能工の場合です。しかしこのしくみだと、トップレベルの技術者が出てきにくいうえに、他企業に移動しにくい。その結果として、専門職の不足感を持たれているのだと思います。

 濱口 そうですね、かつて3、40年前、高度成長期から安定成長期の頃に「日本は素晴らしい」といった議論があった時に、その理由の例として挙げられていたのが下士官が非常に優秀であるということです。「将・佐・尉・曹・士」という序列の軍隊の幹部は、上になればなるほど怪しく下士官が優秀ということが日本の強みと言われていた。

 しかし、中ぐらいが素晴らしいのだと日本人が自分たちを褒め続けている間に、気が付いてみると上のほうのレベルが低いがために、どんどん落ちていった。──もちろん他にもいろいろな理由があるのだとは思いますが。そして最近になって、中ぐらいが素晴らしいことは本当に良いことなのだろうかといった疑問が出てきている感じです。

 小熊 日本のしくみが本当に強みを生み出していた部分があったとすれば、まさに上級多能工と中級技術者がチームワークをする部分、つまり「ものづくり」の現場だったと思います。しかし21世紀になると、いちばん上の設計とコンセプトが重要で、現場の作業はロボットや外注でやるという傾向が強くなった。そうなると、いちばん上の技術者や開発者が重要になり、中級技術者と上級多能工が評価される状況ではなくなった。

 濱口先生は以前ブログで、日本の自衛隊とアメリカのレンジャー部隊の違いを、だいたい以下のように挙げていました。平均的な隊員の技量は日本の自衛隊のほうが高い。しかしアメリカのレンジャー部隊の優れた部分は、全体のシステム設計とトップのマネジメントが優秀で、下の隊員は言われたことさえやればよいようにできていることだ。これは、なかなかわかりやすいたとえだと思いました。

 濱口 「日本は現場で下級技術者や上級技能者が自分で考えてものづくりをするから素晴らしい」というのは事実の叙述としては必ずしも間違っていないとは思います。しかし、ここにあまりにも価値を置きすぎたのかもしれません。

 自動車産業は当時「トヨティズム」と言われていましたし、アメリカより優れたものづくりが、今でも存在します。しかし当時はレベルが高いと言われていた情報電気系は、いま非常に落ちてしまった。

 必ずしも専門性がない領域での私の考えですが、現場で自発的にやることに意味があるのか、それよりも上のほうで全部設計するほうがいいのかは、産業構造によることも影響しているのかもしれません。

人手不足その3:新卒者の流動化

 小熊 人手不足の現れ方として、三つ目に考えられるのは、大企業であっても新入社員が定着しないことです。これは厳密には人手不足ではないのですが、おそらく「人手不足感」の一つの発生源になっていると私は思います。

 実際に厚生労働省の資料を見ても、ここ10年間で入社3年、5年単位で移動する人は増えている。その人たちは多くの場合、同じ産業の中の大企業間、あるいは中小企業から大企業に移っていく動きをしているようです。労働経済学者の神林龍さん(武蔵大学教授)も、1982年から2007年までのデータ分析から、入社5年目までの男性正社員が動くようになった傾向を確認しています。

 これはどういうことなのか、私なりに考えてみました。欧米では新卒一括採用といったものはなく、原則として欠員ができたときに即戦力になる人を採用する。例えば事業所の会計士や人事の仕事に欠員が出ると、社内や社外に公募が出て、その職種で空きポストに対応した資格や経験を持つ人が応募します。採用されると個室やコンパートメントで働くので、周りで仕事を教えてくれる人は誰もいない。つまり即戦力であることが前提で、まだ職歴のない若者の失業率が上がりやすくなる。

 一方で日本の場合は、企業が学校のように職業訓練をしてくれます。そういうことが他の国にないわけではありませんが、私が読んだマレーシアの大学生の就職状況を調べた研究では、大学で職種別の専門の勉強をしてインターンとして経験年数を積んでから応募するか、訓練コース付きの企業に応募するかという形態になるとされていました。つまり大学を出た時点で即戦力の状態になっていない人は、訓練コース付きの公募にしか応募できないので、応募できる企業が少なくなってしまう。おそらく賃金その他の条件も、訓練コース付きだと若干劣っていても不思議ではありません。

 日本では企業が教育をしてくれるわけですが、新入社員への訓練コストは結構高いし、3年間ぐらいは企業にとって給与を払うとマイナスになるかもしれません。ですから、他の国に比べて日本は初任給が低いともよく言われます。

 これは逆に言うと、企業にとっては、他の企業で入社3年の基礎教育を終えた人を雇うのが一番有利だということになります。入社して10年も20年も経ってからだと、今度は企業を超えて専門職を評価する枠組みがないので、企業にとってはどう評価したらよいかわからないし、労働者にとってもよい条件では移りにくい。逆に労働者にとってみれば、3年の基礎教育を終えた時点で、同じ産業内でもう少し条件のいい企業に移るのが、いちばん合理的な行動になる。その結果として、近年の日本では、新卒入社した人が定着しないという現象が生じているのではないでしょうか。

 濱口 日本型雇用システムは非常にいろいろな要素が入っていて一言で言うのは難しいのですが、昔から若者の移動というのはそれなりにありました。ですからこの問題を別の観点から見ると、かつて非常に強かった「他所の会社の色がついた者は嫌だ」という風潮が薄れたのはなぜか、という話になるかと思います。

 いまの有効求人倍率統計には、募集・採用において年齢で差別してはいけないという法律ができたので、年齢別有効求人倍率の項目はありませんが、高度成長期から安定成長期(60年代から90年代)の労働省が出していた年齢別の求人倍率の統計を見ると、若年者は大変高くて年齢が高まるにつれて急激に下がっています。

 昔から若いというだけで企業から求められることに変わりはなかったので、若いうちに他の会社に移動する現象自体は実はそれなりにありました。

 ただ、当時と違う点は、若者の移動に対する社会的な許容度です。二君に仕えず、ではないですが、一旦会社に入ってお仕えするとなったら、定年までずっと行くのが当時のあるべき姿でした。社会だけでなく企業側もそういう目で見ていました。それが21世紀になって揺らいできて出てきたのが、先ほど小熊先生が言われた現象なのだと思います。

 この揺らぎの背景には色々ありますが、一つには新卒採用の基準の緩和です。90年代のいわゆる就職氷河期を受けて、大学卒業後3年ぐらいは新卒扱いをせよと政府が言い出したことです。つまり就職後でも3年くらいは移動しやすくなったのだと思います。

 小熊 確かに日本では、若いうちに企業を代わったほうが有利で、中高年になってからでは不利だというのは昔から変わっていない。それは逆に言うと、企業内で素人の新卒者を訓練するのが前提で、他の企業で長く訓練した人は評価する枠組みがないという日本のあり方が、昔から変わっていないことの裏返しです。

 そこが変わっていないにもかかわらず、それこそ「第二新卒」という言葉が定着するくらいに、入社5年以内で企業間移動する人が増えたのはどういうわけか。もちろん濱口さんが指摘するように、社会の価値観が変わったというのはあるでしょう。しかし私が考えるに、他の理由として、日本企業の側にとってこの雇用システムを維持するのがだんだん重荷になってきたことがあるのではないか。

 企業にとってみると、素人の新卒者を訓練し、彼らを長く社内にとどめて、年功賃金を保障し続けるのはコストが高い。そこで1990年代末以降は、いちばん高い給与を払っている中高年を排出しようとして、「リストラ」「リスキリング」「再訓練」といったかたちで、他企業への労働移動を促していた。そして近年になると、すでに新卒訓練を終えた人を採用したほうが、コスト削減になっていいのではないかと考える企業が増えてきた、ということかと思います。

 また移動する側にとっても、こうした企業の行動は影響する。2000年代以降に新卒入社した人々は、企業が中高年を「リストラ」や「リスキリング」で排出しようとする行動を目の当たりにしてきました。それを最初から見ていた世代ならば、最高のチャンスである入社3年目に労働移動せずに企業内にとどまっても、自分が中高年になったときにどう処遇されるかわからない、と考えても不思議ではないでしょう。

日本型雇用の限界

 濱口 確かに、高度成長期においては、年齢別人口構成がピラミッド型であったため、年功的な処遇は企業にとって有利な面がありました。つまり、たくさんいる若者は賃金が低く、賃金の高い中高年齢者は数が少なかったからです。それが70年代から90年代に逆ピラミッド型になってくる中で、企業側が、人件費がかさむ上の年齢層が増えてくることに対してなんとかしなきゃいけないと、かなり露骨なやり方をするようになってきた。

 例えば1995年に出されたいわゆる有名な「新時代の『日本型経営』」を見ても、日本型雇用システムを否定するものではなく、若いうちは今までと基本的に同じで、その先でもっと厳しくやるんだという内容です。そこからわかることは、日本の企業側の人事政策というのは、中高年に対するものに比べると、若者に対しては昔と変わらないし、変えようともしていない部分なのではないかなと思います。

 本来であれば、少子化で少なくなってきた若者に対して変えるべきところを、昔と変わらず低い給与でたくさん働かせ、その傍では中高年層が高い給料でプラプラしていたら、それは冗談じゃないって話になってしまいます。

 だから最近で言うと、初任給だけがどんどん上がっている現象がありますが、これこそ本質的には何も変えようとしていないにも関わらず、現実に押されて起きていることなのではないでしょうか。

 小熊 もう一つ補足すると、理念としての日本型雇用というのは、じつは一度も実現したことがないのではないか。

 ここでいう「理念としての日本型雇用」とは、正規の
社員として雇用した人は、全員に勤続年数に応じた昇給と昇進を適用し、やむを得ない場合以外は解雇せずに人事異動等で対処するという考え方です。このような慣行は、たしかに戦前の大企業にも一部の幹部ホワイトカラー層には適用されていましたが、それがブルーカラーや下層のホワイトカラーにも適用されるようになったのは高度成長期以降です。そして当時、その時期に入社した世代が50代になった90年代には、もう中高年の「リストラ」が始まっていた。

 つまり「理念としての日本型雇用」は、高度成長期以前には大企業でも一部の労働者にしか適用されていなかった。そして全員に適用するということになってから新卒入社した世代が中高年になった1990年代には、もう維持できないと宣言されていた。つまり大企業正社員に限っても、全社員の全世代にこの理念が実現できた時期は、じつは存在しなかったということです。

 そしてこの雇用慣行を変えようという意見は、じつは高度成長期からずっと唱えられていたのだけれど、変えることができていない。それは、それに代わるシステムがないからです。人材評価や賃金に何の基準もなく、すべて営業成績だけで決まる企業には、優秀な人材は集まってこない。勤続年数を基準にするのはよくないとはいっても、職種別の評価基準が確立されているわけでもない。結果として、改革しようとしても旧来の形態を手直しすることしかできていない。そして近年では、先ほどから述べている三つのかたちで、人手不足という問題、という形態をとってこのシステムの限界が表面化している。私はこのように考えているわけです。

 濱口 つまり全体として見ると、やや人手不足であることは確かなのですが、これを裏返して言うと、細かく見ればまだ人余りがあることになります。ではその人余りは一体どこで起きているか、それを職種別で見ると明らかに事務職なんです。

 しかし、この日本の事務職という括り、実はかなりインチキな概念です。なぜならその中に専門職的な機能を果たしている人や管理職的機能を果たしている人が含まれているからです。

 例えば、表1も職種別の表と言いながら、表の下のほうのブルーカラー的なものは確かにある程度、職種概念があるけども、上のほうのホワイトカラーについて言うと、まともな職種概念が医師や建築土木技術者などを除くとほとんど存在していません。だから実は具体的にどこで人余りが起きているかが現れないことになります。

 例えば「管理的職業従事者」の有効求人倍率を見ると、結構低いですよね。これは外国人から見ると、おかしいと感じます。なぜマネジメントのプロフェッショナルを企業が求めないのかと。

 しかし、日本人にとってみれば当たり前で、日本の管理職というのは、それまでの職種に関わらず単に年功で上がって管理職ポストに置かれただけの人がほとんどです──もちろん中にはマネジメントの能力を発揮していることもありますが。

 だから20世紀の週刊誌などでは「管理職残酷物語」というような表現で特集が組まれたほど、企業からすると一番欲しくないし、できれば出て行って欲しい、というのがこの数字の裏にある。ですから人手不足を議論する際、どこで人余りが起きているのか、というのがポイントになると思います。

 小熊 それもまた、日本の雇用のあり方の現れの一つだと思います。経済学者のピーター・ドラッカーは、マネジメントというのは職種であって、それはオーケストラの指揮者のような存在だと言っています。オーケストラには役割分担が明確な各種の職種、つまりヴィオラがいて、チェロがいて、バイオリンがいて、フルートがいて、それをマネジメントするのが指揮者です。同様に営業、会計、人事、それぞれ専門職種の人がいて、それをマネジメントするのがマネージャーという専門職です。一緒にフロアに降りて楽器を弾くような人は指揮者ではない。

 一例を挙げると、私が読んだ英会話の教材で、イギリスの女性事務員の日常会話がありました。女性事務員が朝通勤してきたら、まず自分の個室に行き、デスクの上にあるマネージャーからの仕事指示書を確認する。その指示書には、今日の分の仕事が書いてある。それを終わらせたら、他の個室で働いているマネージャーや、他の事務員にかまわず帰宅してよいのは当然の前提です。

 つまりマネージャーの仕事は、一緒にフロアで働くことではなく、各人の仕事の割り振りを考え、指示書を書いて、仕上がってきた仕事を統合することです。さらに自分がまかされた部署の目標を立て、どういう人を雇い、各人の人事評価をし、限られた予算の中でどうお金を回すかを考えるのがマネージャーの役割です。ただこういう意味での「管理職」は、それぞれの仕事が専門職ごとに決まっている雇用形態、濱口さんがいう「ジョブ型」でなければ成り立ちません。

なぜ日本がこうなったのか

 濱口 20世紀から21世紀において欧米型の雇用システムが一応世界のスタンダードなのだとすると、日本社会はそれとはだいぶ違う方向に進化したのだと思います。

 小熊 欧米以外の諸国をみても、東南アジアや中南米では、日本のように独自のシステムが広く定着する前に、アメリカ型のシステムが入ってきたことが多かったようです。

 社会学者のロナルド・ドーアが、非欧米圏の後発国なら日本のようなシステムができるのではないかという仮説を立てて、セネガルやスリランカ、メキシコの雇用を比較研究したことがあります。結果としては、欧州のような産業別労働組合がこれらの国で主流というわけではないけれども、日本のようにブルーカラーとホワイトカラーの双方に長期雇用や年功賃金を適用するというのは国営企業にしかなかったそうです。

 日本は明治期の官営企業が払い下げられるところから民間大企業が始まっていて、それらの官営企業の幹部職員層では年功賃金と長期雇用が適用されていました。そして戦後の民主化と労働運動でホワイトカラーとブルーカラーの双方が「社員」として加入する企業別労働組合が台頭して、職員と工員の処遇を平等化した。さらに高度成長で、企業の側も長期雇用と年功賃金が保障できるようになったのです。

 つまり日本型雇用が定着する条件になった戦後の民主化や高度成長に対応するものが、セネガルやメキシコなどの国にはなかった。韓国は1987年の民主化のあと労働運動が活性化し、日本に近いシステムが大企業に広がったことがありますが、十分に定着しないうちに1990年代末には経済危機で雇用が不安定化してしまった。非欧米圏でも日本と同じシステムが広範に定着している国がみられないのはこうした条件の違いのためでしょう。

 濱口 それには戦時中の国家総動員体制と終戦直後の労働組合運動が日本独自の雇用システム形成に大きな影響を与えています。

 総力戦の中で統制された国家総動員体制(国家のすべての人的・物的資源を戦争遂行のために動員・統制する戦時体制)はある種世界に先駆けた仕組みをつくりました。そして、戦後の労働組合運動は平等にみんなが同じように階段を上がっていく現在の日本型雇用の社会をつくった。全く逆のことをやっているように見えて、実は全く同じベクトルを指していたのです。労働組合は、産業や職種ではなく、企業ごとに組織化したことにより、これまでお話ししたような他国には例がない変わったシステムが出来上がったのだろうと思います。

 小熊 戦時動員も、戦後の民主化で何を実現させるかを方向づけた要因の一つだったと思います。ただそうして成立した日本型雇用も、じつは全社員・全世代に適用できたことはないし、「もう維持できない」とずっと言われ続けてきた。

 では、どのように変えていくべきなのか、読者はそれを知りたいと思いますが、どうお考えでしょうか。

 濱口 どう変えていくのかは一番難しいことですから、そう簡単に答えにくいことです。ただ、日本がここ十数年来、強調し始めているのが「スキル」です。リスキリングもその一つですよね。

 日本は、半世紀以上前から職務に対する個々のスキルに着目するより、もっと一般的な「能力」に着目して処遇をしていく能力主義でやってきました。しかし、ここにきて、能力重視だと産業がうまく回らなくなったので、スキルを強調しているのです。

 小熊 「スキル」と「能力」もおもしろい論点ですね。これも日本では、スキルに対する評価システムが確立してこなかったことから派生している問題なのだと思います。

 国や地域により違いますが、欧米でも経営幹部など一番上に立つ人については、特定の専門的な「スキル」ではなくて、汎用能力的なコンピテンシー(意欲、行動力、柔軟性など目に見えない特性)が必要だとされています。特定専門職としての「スキル」は、その仕事に必要な資格の何級を取得しているか、その職種の経験年数はどれくらいかで客観指標が産業ごとに決まっている。しかし「コンピテンシー」というのは測るのが大変難しく、客観的な基準はほとんどないので、欧米では自由交渉制、あるいは目標管理などで俸給が決まることが多い。つまりスキルとして「何ができるか」では測れないので、「結果」からしか評価できない。

 それに対して日本の場合、職種ごとの「スキル」の評価システムが確立されていない。結果的に、全員を「能力」で測るしか、評価基準がない。そしてその場合の「能力」は、結局は「職場でのがんばり」を上司が評定するか、特定企業での勤続年数しか基準がない。勤続年数については、特定企業における熟練度と比例するから「能力」の基準にしてよいのだという建前になっていますが、本当のところは「スキル」の評価基準がないことに対する応急措置のようなものです。

 どうしてこんなアクロバットのようなことになったのか。それは、戦後の民主化と高度成長のなかで、他に「高い給与の払い方」が見当たらなかったからです。戦前から、企業の幹部層になる人間には高い給料を払うという習慣はあった。戦後になって下級の事務職や工員が、労働組合を通じてより高い給与を要求したのだけれど、日本には技能で人材評価する基準がなかった。そのため、大卒の経営幹部候補層と同じく勤続年数で評価する以外に「高い給与の払い方」が見当たらなかった。それで、こういうかたちになったのだと理解しています。

 濱口 おおむねそうだと思います。細かく言うと、実は製造業や建設業の技能労働者と言われていた世界では、今から約70年前に技能検定制度ができて、今でもブルーカラーの、特に正社員の現場ではそれなりに使われています。ただし、処遇はあくまでも年功賃金プラス態度という日本的な能力主義の評価です。

 一方で、こうした客観的な評価基準が全くつくられなかったのが、おっしゃるようにホワイトカラーの世界でした。ホワイトカラー社会では、自分たちの仕事を「技能」と言わず「能力」と呼びました。技能は工場や建設現場で
働くブルーカラーの人々のスキルを指すイメージが定着していたからです。その代わりに幹部層のイメージを持つ「能力」という言葉を使った。しかし「能力」とは何をもって能力と呼ぶのかを厳密に説明しようとすれば、それだけで何冊も本が書けるほど曖昧で複雑な概念だと言えます。

 小熊 日本の大企業では、総合職として新卒採用した人全員に経営幹部候補が歩むような道、つまり人事異動で各部署を渡り歩き、広い視点を持たせるような働かせ方を歩ませてきたのです。欧米でも幹部職員候補として新卒採用する人は確かにいますが、それはごくわずかで、数万人の企業でも10人程という研究を読んだことがあります。

 経済学者の八代尚宏さんが、日本の労働の特徴は、必ずしも経営幹部になるとは限らないような人たちをエリートのような働かせ方を無理やりさせていることだ、と書いていましたが、まさに私はその通りだと思います。しかし日本の場合、ほかに「高い給与の払い方」が見当たらない。スキルの熟練度で昇給させる評価基準がないので、幹部候補生として扱って管理職に「昇進」させる以外に昇給する基準がないからです。だから全員を経営幹部候補生のように処遇して、スキルではなく「能力」で評価し、ある年齢までは人事異動させながら長時間労働させている。

 濱口 私も同じ意味で「みんながエリートを夢見る社会」という言い方をしたことがあります。欧米・アジア社会とは一番違うのは、日本はエリートとノンエリートが全部ごちゃまぜになってしまっていることです。それは平等主義からすると素晴らしいことである反面、上に行ける可能性が極めて乏しい人間までがエリートになるかのごとく低い給料で猛烈に働かせられることになります。つまり企業にとっては「能力」という曖昧な概念は実に便利なものでした。

 これは若年人口が多かった80年代まではプラスに機能していましたが、先ほどからお話ししているピラミッド型の人口構造が逆転して中高年が増えてからは、その矛盾が露呈してきているのだと思います。

日本型雇用の適用範囲

 小熊 基本的に同意なのですが、それは大企業正社員だけでの平等で、つまりは一部の労働者だけのことだったと思います。

 さまざまな労働経済学者の推計をみても、また私自身が推計をしても、「終身雇用」が実現していたり、年功賃金が適用されていたりしたのは、全有業者の30%程度の大企業正社員を中心とした人びとだけだったことはほぼ明らかです。残りの70%は、中小企業、非正規雇用、自営業など、日本型の内部労働市場のルールが十分に適用されていない人たちだった。その一方で、30%の側では単身赴任とか人事異動とか、他の国から見ると人権侵害のようなことを受け入れなければならなかった面もあります。

 このような問題が起きるのは、スキルの評価によって昇給する基準がないためです。職種としての熟練で昇給していく道がないので、大企業正社員として管理職になっていくのでない限り、安定的に賃金が上がる見込みが立たない。

 先ほども述べたように、欧米など他国でも、経営幹部やその候補生のエリート層は「能力」で評価される。その人たちは目標管理や自由交渉で俸給が出るので、賃金決定のルールのない世界に位置している。しかし他の大多数の労働者は、資格や経験年数にもとづく「スキル」の評価でそれなりの賃金を得ていた事務職や専門職で、これが欧米その他における中間層をなしていた。この後者にあたる部分が日本にないことが、先ほどから述べている様々な問題を日本にもたらしていると私は思います。

 濱口 全体として言うと、典型的な日本型雇用システムでカバーされているのはむしろマイノリティである大企業正社員である、というのはおっしゃるとおりだと思います。

 ただ、30%と70%という言い方をすると、あたかもそこに明確な線があるかのように聞こえてしまいますが、日本の特徴は全てがグラデーションで連続的であることです。

 先ほどのエリートとノンエリートが社内で連続的であることと同じように、日本的な雇用システムが確立している超大企業から中くらいの大企業、中堅企業、中小企業、零細企業に至るまで連続的につながっていて、明確な線はありません。

 全体としての量的な割合で言うと大体30%、70%くらいではあると思います。しかし例えば上から50%ぐらいの中小企業では、待遇は大企業並みではないのに働く規範だけは大企業的と言った、日本型雇用システムが水で薄められたようなかたちで存在しています。つまり、一応形式上では毎年少しずつ定期昇給の規範はあるけれど、実態としては長年勤めたってそれほど給料が上がらず、家族経営の雰囲気は守られているようで仕方なく退職させられることが結構ある。

 もし30%と70%に明確な線引きがあれば、大企業と中小企業の間でthem and us(経営側の「やつら」と労働者の「俺たち」という階級意識を示す)という意識・感覚の線が見えてくるはずです。社内にその線がないのと同じで、日本社会全体としてもthem and usがないんです。

 そのため、マイノリティである大企業で確立した「技能よりも、コンピテンシーのような漠然とした能力のほうが大事」というような感覚が、実際はスキルが重要な中小零細企業にも、あるべき姿として影響を及ぼしてしまっている。これがさらに問題なのは、政府が「欧米に負けないように、スキルを重視しよう」と言っても、現にスキルで生きているはずの中小企業や零細企業の人たちは、あるべき規範としての日本的雇用システムを守るべきという感覚になってしまっていることです。

 小熊 他に基準がないので、大企業の慣行を薄めたようなものが中小企業でも適用されている、というのはその通りだと思います。

 ですが数字をもう少し細かくみていくと、非正規雇用と自営業主・家族事業者の合計は全有業者の約45%で、これは1982年から2022年までほとんど変わっていない。この45%のなかで、自営業部門である自営業主と家族従業者が減って、非正規雇用が増えているだけです。少なくともこの人たちは、上の30%とは違う世界にいますよね。

 それから30%の内訳は、企業規模を問わず専門職、管理職、そして従業員500人以上企業の男性の事務職、営業職まで加えた正規労働者で、これが全有業者約27%です。これも1982年以降、ほとんど比率が変わっていない。その下に、従業員が500人未満企業の営業職と事務職の正規労働者が約27%いて、これが統計上の正規労働者の約50%を占める。

 概略で言うと、全有業者は三つのグループに分かれて、それぞれ有業者の27%、27%、45%という数字になる。真ん中の27%は、正規労働者ではあるけれども、おそらく年功賃金は実現できていない。他にルールがあるわけではないので、大企業と似たような賃金や昇給の規範はあったりするけれども、全社員にそれが実現できるわけではなく、保険営業職に典型的なように個人の営業成績しだいだったりする。労働者の側も、長く勤続しても昇給するメドが立たないから、定着度が低くなる。

 つまりご指摘のように、中小企業の正社員と大企業の正社員に明確な線引きがあるわけではなく、グラデーションではあると思いますが、やはり格差はある。つまり大企業正社員を基準に日本の雇用の全体像を語れるわけではない。ましてその外の約45%、つまり自営業と非正規雇用の人びとについてはなおさらです。

 濱口 日本に実線があるとは言い難いのは、例えば日本よりもはっきりと線があるアメリカを見るとわかります。アメリカではブルーカラーとホワイトカラーは全然違う世界だし、ホワイトでもアシスタントクラークとエグゼンプトは全然違う世界です。つまり違うということが社会規範になっています。日本でも、昔は男女の労働に関して、歴然と線がありました。男性は新卒採用から定年退職まで。女性は新卒採用から結婚退職までで、基本的には補助的な仕事だけだった。この明確な実線が、点線になり、今だんだんぼやけてきているわけです。

 小熊 しかし現代の日本でも、正規と非正規には明確な線引きがありますよね。

 濱口 平等主義だという日本社会で、正規と非正規という歴然たる格差が確かにありました。ところが最近、非正規の現場で起きているのは、処遇を正社員並みにしていないにも関わらず、一般正社員と同様に柔軟に働かせることです。「この仕事だけすればいい」というのがかつての非正規の典型的な姿だったのが、パートの基幹化が起きているのです。特に流通サービス系の業界では、店長以外が皆非正規になってきたということもあり、正社員に代わる動きをしているわけです。

 戦後80年間の日本社会のベクトルは、敗戦直後に起きた労働民主化運動や格差是正の動きによって、平等主義へと向かいました。そのベクトルは今でもあって、線が生まれては同時並行でその線をぼかす動きがあるんじゃないかと思います。

 非正規の基幹化も、処遇は伴ってはいないものの、現場の仕事の仕方としては実線が点線へと動き始めているのではないでしょうか。その線がこれからどちらにいくのか判断はしにくい。それもあってグラデーションという表現をしています。仕事の内容という観点ではなく、基幹化しても処遇が上がっていない点で身分の差はあると思います。ただ全体的に日本は明確な線ではなく、グラデーションなのが特徴です。

 小熊 社会学の立場から言うと、秩序が変化することはあっても、つまり線引きの仕方が変わることはあっても、秩序や線引きがなくなるということはない。ある線引きがぼやけて点線になっていくと、別の線引きが新しく明確に実線になっていくということも起こったりします。

 日本の雇用で言えば、戦前から1950年代半ばまでは、ホワイトカラーとブルーカラーの線引きが明確で、企業規模はあまり関係がなかった。大企業であろうと中小企業であろうと職工(工員)はだいたい同じ賃金で、職員よりはるかに低かった。ところが戦後の民主化と高度成長を経て、1950年代後半からは、一つの企業のなかでは職員と工員の格差が少なくなっていった。しかしそうなると、今度は工員のなかでも、大企業の工員なのか、中小企業の工員なのかの格差が目立つようになった。これは古い線引きが消えていくと、新しい線引きが現れてくるということです。

 そして高度成長期以後は、少なくとも初任給については、中小企業と大企業の格差が減少した。1970年代に解雇規制の判例も定着して、正社員ならば中小企業でも社会通念に反する解雇はできにくくなった。しかしそうなると、こんどは正規と非正規という線引きが明確化していったわけです。

 歴史を調べると、日本の非正規労働者ははじめから「基幹的」でした。1980年初めの労働白書は、欧米諸国との国際比較から、日本のパートタイマーは労働時間が著しく長いことを指摘しています。平均でも週に36時間程度で、週に48時間以上労働の「パートタイマー」もいたことは、労働力調査特別調査などでも示されている。これは明らかに、労働時間を基準にした「パート」ではないし、おそらく職責を基準にしていたわけでもない。

 どうしてそうなるのかというと、そもそも技能や責任度を評価する基準がないので、企業内の身分で待遇を決めていたからです。身分が「パート」ならば、労働時間や職責にかかわらず「パート」の賃金だった。職責や労働時間を基準にするようになったのは、一連の訴訟や判決を経た1980年代から90年代以降だった。そのことは、正社員と同一業務で同一労働時間だったのに賃金が約6割なのは差別だと訴えた丸子警報機事件(1997年に高裁和解)などからも傍証されるでしょう。

 つまり歴史のなかで、ある線がぼやけることはある。それは平等化かもしれませんが、他の線がそれに代わってできていくことが多い。非正規労働者の「基幹化」についていえば、それは日本では昔からある実態ではないでしょうか。それに対して、職責を平等にすることは平等化につながるはずだという基準をあてはめるのは、実態を見誤ることになる可能性があるのではないか。

 私が終始思うのは、日本でも職種ごとの評価基準を導入したほうがよいということです。例えば事務何級で、事務職としての経年年数がA企業とB企業で合計何年であれば、中小企業であっても非正規であっても一定程度以上の賃金がもらえるという基準を企業を超えて共有する。そうなれば、最初に議論した人手不足も含めて、日本の雇用にまつわる問題は改善されるのではないかと思います。

 濱口 80年代のパートの基幹化が注目され議論されたのには語義矛盾も要因の一つにあります。非正規労働者は、かつては臨時工と言われ、低賃金や不安定雇用が問題とされていました。ところが高度成長期に臨時工が本工化する代わりに、家庭の主婦層がパートタイマーとして活用されるようになりました。その中にはフルタイムで働く人も多く、フルタイムパートという語義矛盾で呼ばれました。

 また、評価基準を入れるべきというのは私も基本的には同感です。しかし「世の中スキルなんかよりも『仕事ができる』ほうが大事だ」と言った本もたくさん出ていて、多くの人がそういったファンタジーに共感しているのが実態だと思います。

改革の方向性と可能性

 小熊 1960年の「所得倍増計画」の報告書をみても、日本政府が資格や技能を評価する労働市場に変えて
いくという方向性を追求していた時期はありました。ところがそういう改革が進まなかった。その理由の一つは、企業側がそういう評価基準を導入したがらなかったことです。

 その理由としては、第一に、社外で通用するような技能資格を従業員が取ってしまうと、他の企業に移動してし
まう可能性があったからです。また企業の一存で賃金や人事異動、処遇などを決められなくなってしまうことを、経営者たちが嫌ったこともあったようです。もともと特定企業の勤続年数にもとづく年功賃金制度は、高度成長期には企業が人材を囲い込む目的で導入された側面がありました。

 しかし今となっては、逆機能ともいうべき弊害が多くなっている。専門職をはじめとして、人材の流動化を進めたほうが有利だという考え方があるならば、企業の枠を超えて通用する基準を整備するべきではないでしょうか。

 私はそのモデルになり得るのが福祉・介護分野だと思います。介護は市場原理だけで成り立っている産業ではなく、公的資金によって支えられています。だからこそ政府が職種ごとの技能基準や賃金の目安を示しやすい。例えば、介護労働者の資格等級や経験年数によって賃金を決める基準を政府と業界が協力して導入すれば、介護労働者でも技能を身につけるほど待遇が向上するキャリアパスを示すことができます。介護は人手不足がいちばん激しい領域の一つですが、キャリアパスが示されれば、人材は集まりやすくなる。

 濱口 キャリア段位制度のように、すでにそういう試みはいろいろやってはいるんです。私も、介護分野で職種別最低賃金を導入してはどうかという提案をしたことがありました。しかし現実にはなかなか進んでいません。

 一つには財源の問題があります。介護・福祉は公的予算に依存しているため、賃金を上げるには国民的な負担増への理解が必要です。また、「介護や福祉は生産性が低い」「実業ではない」と考える人も少なくなく、社会的な合意形成が難しいのが現状です。

 個人的には共感するところは多いのですが、今の日本では結構むずかしい感触があります。

 小熊 たしかに合意形成がむずかしいのはわかります。しかし反対する人には、こういう考え方も提示できるのではないでしょうか。

 第一に、働き方に多様性が生まれます。高度な技能を持つ介護職員が年収800万円を得られるキャリアパスが示されるようになれば、大企業正社員として長時間労働や単身赴任をするよりはそちらを選ぶ、という人も出てくるかもしれない。少なくとも、「そういう働き方でも年収800万円は確実に可能なんだ」と明確に示すことは、社会の雰囲気を変えます。

 第二に、地方に雇用が生まれます。どんな過疎地に行っても、介護の仕事はある。他に産業がなく、介護と町役場が安定した雇用の供給源だという地域もあります。介護で年収800万円が得られるキャリアパスが明確になれば、大都市の大企業正社員にならなくても確実に高収入が得られて、過疎地域でも若い人が定着する。だから私は、介護で高賃金が得られる評価基準を導入することは、最高の地域振興になると考えているのです。それで財政負担が多少増しても、公共事業や工場誘致より、地域振興の税金の使い道として効率的かもしれない。

 たしかに日本では、職種を基準に人材評価や賃金という考え方は定着していない。そこはギルドなどの歴史がある西欧とは違う。私がドイツの大学で客員教授をしていた時、宿舎の鍵が壊れたから修理工を頼んだところ、「資格を持った技能者を呼ぶか、技能資格はないが安い修理工を呼ぶか」聞かれました。資格がある人を呼ぶと料金が高いのですが、それが当然だと考えられているわけです。こういう価値観を、日本の社会にいきなり求めるのはむずかしい。しかし日本では、地域が大切だという気持ちはとても強い。だから介護・福祉から職種別の人材評価基準を導入するのは地域振興になるという言い方は、日本の社会の持っている価値観に訴える手段になるかもしれない。そこをきっかけにして、職種による人材評価基準が導入されれば、もう少し日本の働き方も、変わってくるのではないでしょうか。

 濱口 実際、地方では工場の撤退や建設業などの公共事業の縮小によって雇用の受け皿が減り、現在はそれに代わって介護・福祉が地域経済を支える重要な産業になっています。しかし地方の生活水準でなんとかギリギリ動かしているのが実態なんです。小熊先生はその現実を前提に、よくしていけば地域が豊かになるとおっしゃっているんですよね。ただ、現状では「介護は大変な仕事なのに報酬が低い」というイメージが社会に定着してしまっています。だから、教育の段階から含めてその認識を変えていく必要があり結構大変なことです。

 小熊 実際にはそうです。そのためには福祉分野の資金の流れを透明化して、社会福祉法人にいく介護報酬などの公的資金が、確実にそこで働く労働者の待遇改善につながるようにする仕組みをつくることとセットでしょう。しかし個々の社会福祉法人にとっても、まったく人材が定着しない状況を続けていくより、透明化して人材評価基準を明確化したほうがよいのではないでしょうか。

 福祉・介護分野でそうした制度が先行的に実現すれば、それが他の職種にも広がっていくこともあり得る。技能や経験が企業の外でも評価される、本来のジョブ型社会に近づく一つの道筋かもしれないと思います。

 濱口 私が「ジョブ型正社員」を提唱したのは10年以上前ですが、その際にはむしろ労働組合からは消極的な反応が多かった。背景には、エリートとノンエリートの区別のなく、みんなが平等で同じように階段を上がっていくという感覚が、とりわけ日本の大企業正社員型の労働組合には牢固として強くあるんだなと改めて感じています。

 そのため、技能や職務によって評価する制度の必要性が語られながらも、実際の制度改革はなかなか進まない。そこに、日本の雇用システム改革の難しさがあるように感じています。

職業教育への価値観

 編集部 『公研』の会員にはインフラ系の企業が多く
いますが、「若い人の採用がむずかしくなった」とよく聞きます。電気事業で言えば、送配電系を担っている会社などは、工業高校を出た人材などを採用したくても入社に至らないことが増えたそうです。本人がやる気を見せて内定を出しても、親御さんに「大学をめざしてほしい」とか「危険ではない仕事に就いてほしい」と反対されて辞退することがあると。電力インフラを担うことは誇らしい仕事だと思いますが、今の親世代は違った受け止め方をしているようです。また、私立高校は無償化されましたが、職業系の高校を増やすという考え方があっても良い気もします。

 濱口 1970年代前半に、日本教職員組合(日教組)が「日本の教育改革を求めて」という膨大な報告書を出しました。特徴的な内容は、職業高校に対して非常に否定的であることです。つまり「まだ10代の若いうちから将来を限定するような教育はおかしい。職業教育というのは、大学や専門学校で学べばいいのであって、高校までは専門のベースになるような総合高校であるべき」ということが書かれていました。これがある意味、日本の教育界が受け取った、戦後日本の平等主義というものの表れなんだと思います。その心は、やはり差がないことがあるべき労働の姿だ、という感覚からきているのだと思います。

 その結果生み出されたのは、普通科に行くのがあるべき姿で、職業高校に行くのは落ちこぼれだという感覚です。こういった平等主義がもたらしたある種の差別意識みたいなものが、70年代以降に確立してきてしまったと思います。

 ただ、90年代末から21世紀にかけて、これを見直そうという動きは出てきてはいますし、文部科学省自身も専門高校を見直すための政策をしている。しかし、おそらく子供を高校にやる親の世代の意識に、20世紀後半に確立した感覚がまだ残っている気がします。

 本来から言えば、専門的なジョブのスキルを身につけることによって、他の同世代の人間にはない職業人生が開ける、といういい話のはずなんですが。当時全体の4割ほどあった職業高校は今は、もう1割台まで減ってきています。

 小熊 教職員労働組合にその傾向があったことは確かです。しかし国の中心部も同じ傾向がありました。例えば占領改革では、公務員の職種区分とそれにもとづく給与体系がめざされたのですが、職種区分をなくすことに積極的だったのは官庁の上層部、とくに大蔵省給与局でした。そのほうが人事異動をやりやすく、従来の官僚制度を変えなくて済んだからです。その結果、職種の区分がなくなって、ほとんどすべて一般行政職になった。

 もう一つ指摘しておくと、日本には職種と熟練度で賃金を決める慣行がないというのは、そんなに昔からではないということです。たとえば日本でも、明治から大正時代までは、左官や大工など職人では、職種ごとの熟練度で報酬を決める慣行がありました。明治時代では、石工や左官が一番高収入の職種でした。逆にその時代では、大企業であっても製造業の工員は賃金が低かった。

 つまり、日本にも職種による人材評価の仕組みはあったわけです。そうした発想が完全に消えたのは、もしかしたら現在の親世代からかもしれません。大工や左官の職種による評価基準が消えていく一方、大企業の正社員であれば職種を問わず年功賃金が得られるという慣行が広まっていったのは、60年代から90年代ぐらいまでの時期です。その時代はちょうど、入学難易度の高い大学に行けば大企業正社員になれるという慣行が広まった時期でもあった。その時代に人格形成をしたのが、いまの50代から60代です。子供が送配電の職人になることに反対するのは、ちょうどこの世代かもしれません。

 しかし社会の価値観というものは、変わっていくものです。私の親の世代ではまだ、大学に行くより手に職をつけろ、と大人に言われていたそうです。次の時代には、どういう価値感が広まっているかわかりません。しかし変化を促すためには、工業高校を出て送配電の職人になって熟練すれば、就職先が大企業であろうが中小企業であろうが年収1000万は確実だ、という評価基準が社会で定着したほうがいいことは言うまでもありません。でもそういう価値感が広まったほうが、ライフコースの多様性のためにも、また地域振興のためにも、よいのではないでしょうか。

(終)

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