自動翻訳と文化的接触【砂原庸介】

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 3月末、X(旧ツイッター)の「おすすめ」を開いたら、延々とアメリカ人が肉を焼く画像が流れていた。遡ってみると、薄い肉を焼く日本の焼肉の食べ方を前提に、それより厚いベーコンを焼いてテンションを上げる米国人がいる、というネタ話が発端となり、日本人(と見られるアカウント)がアメリカのBBQの豪快さを羨ましがり、米国人がそれに応じて分厚い肉を焼く写真や動画を投稿する、という交流が起きていたらしい(3月31日の夕方時点で、発端となったツイートの一つは4000万インプレッションを超えていた)。

 この自然発生的な交流の背景には、Xがポストを自動で翻訳して「おすすめ」に載せる機能をこの時期に実装し始めたことがあったらしい。これまでお互いに目に入ってこなかったポストが、自分たちの理解できる言語で飛び込んできたことで生じた初期の文化接触の帰結の一つ、ということだ。

 Xでは様々な分析が行われているが、近年の「多様性」尊重の中で、かつてのメインストリームの地位が奪われつつある米国人──特に南部の白人男性──が分厚くて豪快な肉(他には排気量の大きいピックアップトラックなども出てくる)のような「象徴」を日本人が高く評価することに反応し、魅力的な画像を繰り出そうとしている、というストーリーが強い。実際、(アルゴリズムに誘導されているだけかもしれないが)私が見たポストにも、日本からそんなアメリカへの憧れを述べるものや、そうした評価を受けるに恥ずかしくないアメリカでなくてはならない、といった趣旨のものも少なくなかった。

 見も知らぬ異国の人々が、蔑ろにされがちな自分たちの素晴らしさを発見・賞賛してくれることは、自尊心を回復することになる。さらに、それが見ず知らずの人同士でオンラインでの「優しい」やり取りを生み出す様子は「私たちが見たかったインターネット」であるとして、一連のストーリーに心温まるものを感じるのはそんなに不思議ではないだろう。強制するわけではなく、文化の真正(オーセンティック)な価値を感じてくれる人がいるならば、それを相互に尊重し合えばよい、というのは希望を感じさせる共生の一つの形式であるようにも思われる。

 ただしそれは心温まるような話にはとどまらない。AIの発展による翻訳機能の向上は、地理的な距離や言語的な障壁を飛び越えて、これまで認識されてこなかった文化の価値や意義、そして問題点を発見していくだろう。この例が示すように、近くにいる人には抑圧的とされる文化も、遠くにいる人から見れば尊重すべき真正性を帯びた価値を持つものに見えることもあれば、反対に、その文化で生きる人には当然の価値を持つものが、遠くの人からは抑圧的で好ましくないものに映ることも増える。

 これは、この30年くらいの間に、多くの国の中央―地方関係で生じたことの延長線上にある。一国内では、しばしば文化的覇権を握る中央が、地方の文化を消費しつつ、その文化に内在する抑圧を発見することがあった。世界がデジタル化・オンライン化と自動翻訳によってよりフラットになる中で、グローバル・エリートが持つ文化的な価値が改めて覇権を強めるのか、ともすれば相互に断絶した島宇宙的な文化的連帯が出現し得るのか。私たちはグローバリゼーションの次の段階に直面しているのかもしれない。

神戸大学教授

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