『公研』2026年2月号「interview」
インターネット上の論争のかたちが大きく変容しつつある。正々堂々と自前の意見をぶつけ合うのではない。生成AIに「代理戦争」させるのだ。しかし生成AIの意見が事実とは限らない。情報の足りない部分を勝手に補い、あたかも事実であるかのように装うことも多い。生成AIの「それっぽい嘘」に頭を抱えているのが専門家だ。
2025年10月、歴史学者の平山優氏はとあるネットユーザーが生成AIで作成した主張に対し、徹底的な反論を試みた。挙げられていた文献や記述が「そもそも存在しない」と喝破した氏の投稿は、大きな反響を得るとともに「生成AIの虚言を専門家が正す」という不毛な時代の幕開けを予感させた。
本稿では、インターネット空間のフラットさが専門家にもたらすリスクや、生成AIが学術の現場に与える影響等について、平山先生ご本人にお話を伺った。
健康科学大学特任教授 平山 優
ひらやま ゆう:1964年東京都生まれ。立教大学大学院文学研究科博士前期課程史学専攻(日本史)修了。山梨県埋蔵文化財センター、山梨県史編纂室、山梨県立博物館、山梨県立中央高等学校を経て、山梨大学、放送大学非常勤講師を歴任。現在、健康科学大学特任教授、甲州市文化財審議委員、南アルプス市文化財審議委員をつとめている。著書に『戦国大名領国の基礎構造』(校倉書房)など。NHK大河ドラマ等の時代考証も担当している。
──平山先生の専攻されている学問分野や研究内容を教えてください。
平山 私の専攻は日本中世史です。その中でも室町後期(戦国)から織豊(織田・豊臣)時代、そして江戸時代初期という、およそ200年ぐらいの期間を中心的に研究しております。ただ、私の本当の専門は地域社会研究なのです。村や、村の中の仕組み、そして村社会の慣習(独自の法秩序)といったものが研究の中心になります。中世でも当然のことながら、時の大名などの権力者が村に税を課していました。そうした課税システムと村社会の接点がいかなるものなのかを紐解くことが、私の研究の主戦場です。
現代人からすれば、政府の命令一つで税品目が決定され、さらに税金率が変動することは当たり前ですが、中世は違っていました。中世では地域社会の慣習を前提に税金が課せられていた、ということが研究によって明らかになっています。たとえば、棟別という税がありましたが、今でいえば家屋税に相当します。ところが、当時の大名は、村のすべての家に棟別を賦課したわけではありません。原則として村の中心である有力百姓の家(本家・本屋)が最初の対象であり、小百姓の家(新家・新屋)は追加で課税対象となりましたが、これは半額が原則。寡婦、後家、身体障害者などの家は非課税となっていましたが、これらは村社会の家格を前提に課税対象が決められていたのです。このようなことについて詳しく調べるのが本来の私の研究です。
今は政治史、軍事史など、扱う分野が多岐になりました。ニッチな地域社会の研究だけでは食っていけない、というのが現実ですから(笑)。
燃え続ける「弥助=侍」論争
──昨年10月に起きた論争とはどんなものだったのでしょうか。
平山 織田信長の家臣に弥助という黒人がいます。彼が「侍」なのか、それともそれ以下の奉公人なのかという論争が、X(旧Twitter)を中心に一昨年ぐらいから続いていました。安土桃山時代の日本を舞台としながら黒人奴隷を主人公に据えた『アサシン クリード シャドウズ』というゲームがあるのですが、2024年7月ごろに私が本作についてX上で言及したことで、「炎上」に巻き込まれたという格好です。つまりそこから1年以上、私は同じ話題で議論をふっかけられ続けているわけです。
私は弥助を下級の侍であると考えています。尊経閣文庫に保存されている『信長公記』の写本の記述によれば、弥助という名前は織田信長から与えられています。「弥助と名乗れ」と命じられたと。それから邸宅や扶持を与えられ、さらには鞘巻の刀という、まるで金銀を散りばめた絢爛豪華なつくりの刀までもらったと記述されています。信長が宣教師に面会を許した時、黒人を伴ってきたところ、信長が宣教師から譲り受け、そうした待遇にしたというのです。
こうした記述から明らかなように、弥助は信長に直接対面しているわけです。これは武家社会における「見参」に該当し、織田家に迎え入れられています。この儀礼は「出仕」と呼ばれるものです。こうした一連の武家儀礼を経ているという点から、弥助は侍身分の一番末端に位置づけられたのだろうと私は考えます。
ところが、弥助が侍だと都合が悪い人たちがたくさんいるようなのです。
そもそも侍というものに対する国内外のイメージには大きな差があります。外国人のいう「サムライ」と、我々研究者が想定する「侍」は全然違います。外国人は、立派な鎧兜に身を包んで家来を率いて戦う様子を思い描きがちですが、あれは侍大将などの士分と呼ばれるような地位の高い侍です。他方、現実の侍には若党、悴者、殿原と呼ばれる下級の侍もいます。弥助はおそらくこちらに分類されるのではないかと思います。ちなみにそのとき弥助は名字を持っていませんでした。『信長公記』には、信長が彼に将来は名字を与えるつもりであった旨が示されています。弥助をゆくゆくは「殿にしようと考えていた」とあるからです。「殿」というのは家来付きの武士のことを指します。以上のことから、私は弥助が侍という身分の入り口の部分にあったと解釈したわけです。
しかし、「弥助=侍」説が気に食わない方々はこう考えます。弥助が侍であるという認識が広まってしまうと、主に海外の方々から、弥助があたかも「伝説の黒人武将」であるかのように捉えられてしまう。それは外国人による日本史の捏造や、日本批判に利用されてしまうことになると。したがって「弥助=侍」説を流布している平山は、そうした海外勢力を活気づける害悪である、と難癖をつけられているわけです。しかし、その根本的な原因は、外国人の「サムライ」の誤認にあるわけですが……。
そして、実のところ中世史研究において、侍についての本格的な研究というのは、少ないのです。侍身分は、室町時代から戦国時代にかけて、村や町に居住する人の一部にまで下降、拡大しています。ですので、村や町の侍身分については、その実態解明を再検証する必要があるのですが、今のところ研究は停滞気味ですね。
2025年になって、今度は「扶持」と「俸禄」という言葉の解釈について議論が沸騰しました。先ほど信長は弥助にさまざまなものを与えたと言いましたが、その中に「扶持」があります。「扶持」とは簡単に言えば、身分の低い家臣を雇うための給与の一種で、その内容は扶持米や扶持銭と言われるもので構成されています。これは文字通り米や銭のことですね。「扶持」とよく混同されがちなものとして「知行」というものがあります。「扶持」も「知行」も家臣に与えられる「俸禄」であるという点では同じですが、「知行」には下地進止権(=土地の支配権)なども含まれます。一方、「扶持」はあくまで米や銭のことを指します。中世史研究では、米や銭での「扶持」(扶持米・扶持銭)のことを「俸禄」と理解しています。
一部のネットユーザーたちは「扶持」と「知行」を混同しており、そのうえで私が「弥助は上級武士である」と主張しているのだと思い込んでいるようですが、私はそんなことは言っていません。「扶持」しか貰っていない弥助はあくまで下級武士に留まるだろう、というのが私の見解です。また、「扶持」と「俸禄」は違うものだと主張する者も現れ、「同じだというなら、そのような記述をしている研究者や論著を示せ」と執拗に絡んできました。私は、ある研究者の著書に「切米」(扶持米)を「俸禄米」と指摘している部分を提示しておいたのですが、ネットユーザーたちは「お前が間違っている」と言って頑なに受け入れてくれません。
AI時代のインターネット「アンチ」
──そうした論争の中で、先生は一部のネットユーザーたちからX社の生成AIサービス「Grok」を用いた反論を受けました。
平山 彼らの私に対する憎悪は相当なものです。「アンチ」と呼んで差し支えないでしょう。そうした「アンチ」の中の幾人かが、生成AIの力を借りれば専門家である平山を論破できるはずだと踏んで、私に突っかかってきたのです。ところが、生成AIによる反論はすべてがデタラメでした。ロジックに誤りがあるだけならばまだしも、証拠として挙げられている文献がすべて、まったく実在すらしていなかったのです。
これはあまりにも酷いと思い、私は証拠に基づいて長文の反論を試みました。「この記述は間違っている」「この文献は存在しない」と、AIの誤りを事細かに指摘していったのです。当該の投稿はX上で大きな反響を得ましたが、そのほとんどが私に賛同的なものでした。それでも「アンチ」たちは「平山の国語力は低い」「文献などの記述は勘違いだが、扶持と俸禄は違うという主張は正当だった」などと主張し続けています。しかし、ごく一般的な「国語力」があれば、自分たちの主張が難癖や誹謗中傷の域を出ないことは自ずとわかるはずですけれどね。もう何を言っても無駄なのですよ。
──「アンチ」勢力との論争によって、先生の仕事や生活に何か影響はありましたか?
平山 そりゃもうありますよ。X上のやりとりだけを見ると、私が瞬時にスパッと切り返しているようにも見えますが、実際には文献照合等の裏取りにかなりの時間を要しています。文章に関しても、一旦「一太郎」というソフトで投稿のための文章を書き出し、議論の整理や推敲を行ったうえでXの投稿フォームにコピペしました。もう大変な労力です。端的に言って時間の無駄ですよ。
昨今では、専門家とそうでない人々がインターネットという公共空間の中でダイレクトにつながりあっています。「アンチ」たちは専門家の仕事や生活の都合などお構いなしに、自分の欲求のままに知りたいことを教えろ、俺に言い返してこいと迫ってくるわけです。
「アンチ」の中には公開質問状形式で私に質問をぶつけてくる方もいました。これは本当によくない。公開質問状というフォーマルな体裁をとることで、あたかもそれに答える義務が私にあるかのような雰囲気を演出するのです。そして私が答えなければ「あいつは逃げた」「卑怯者だ」と後ろ指をさし、それに同調する者たちも出てくることになる。だからといって公開質問状に答えてしまえば、「公開質問状形式なら専門家から返答を引き出せる」という悪しき先例と共通認識をつくってしまうことになる。それはすなわち、他の専門家たちに迷惑をかけることになる。私はそれが嫌だったのですよ。
かつて20世紀ドイツで歴史修正主義問題が起きたとき、当時の修正主義者たちも公開質問状や公開討論を武器にして専門家に回答を迫りました。しかし、専門家がその土俵に上がってしまうと、かえって修正主義者たちの結束力を強めたり、存在感を際立たせたりする結果を招く。いや、その存在自体を認めてしまうことにつながりかねない。あくまでも専門家は研究を通じて発言をすべきだと私は考えます。
そもそも私に言わせれば、なぜ専門家が一切の対価もなく「アンチ」に応答する義務があるのか、ということです。こういうことを言うと「人文畑の人間は卑しい」「金の問題かよ」とイチャモンをつけられます。とある理系分野の専門家の方からも同様の批判を受けました。ですが、よく考えてみてください。我々が原稿を書いたり講演を開いたりすることで、なぜ対価を受け取ることが可能なのか。それは、我々専門家の知識と研究にはそれだけの価値があるからではないのでしょうか。
専門家とSNSの距離
──でもそういったことをSNSなどの公共空間で放言すると「お前はケチだ」とか「権威主義的だ」といった批判に晒される。
平山 だからSNSはやりづらいのです。実際、高度に専門的な話題には、専門家以外の介入が難しい領域があります。「アンチ」はそこに対しても聞き齧った知識で雑に絡んでくる。知らないことに対しては黙っていてくれ、といった旨の苦言を呈したこともありますが、今度は「思い上がるな」「性格が悪い」「上から目線だ」とさらなる批判を受けました。まあ、性格が悪いことについては別に反論も否定もしませんけど(笑)。でも、日常生活においても、自分が他者とある事柄で議論しているときに、横から頓珍漢な話を入れられたら、知らないのだから黙っていてくれということがあるでしょう。それと同じです。専門家と同じ土俵に自分は立てるのだと思うことのほうが、よほど「思い上がっている」と私は感じますけど。
SNSは自身の活動を宣伝する場としては非常に有用ですが、一つ間違えれば身の破滅の危険性もある諸刃の剣です。そこをしっかり認識しながら運用していく必要があることは、私自身も肝に銘じているところです。
──最小限の宣伝以外にはほとんど投稿をしない専門家の方も多いですよね。
平山 対価が生じないから、時間の無駄だから、という側面ももちろんありますが、まだ職についていらっしゃる方が多いからではないかと思います。下手な投稿をすると、大学や関係機関にものすごい抗議がくるのですよ。私も現役の高校教員だった頃には、学校や県の教育委員会に匿名の抗議電話がたくさんかかってきました。私が積極的にXで発信をするようになったのも、教員を退職してからのことです。自分の周囲に影響が及ぶリスクが減ったからこそ、今回の件のようにX上で公然と論争に受けて立つこともできるわけです。
──先生が「戦う歴史学者」という二つ名で呼ばれるようになったのも、教員を辞められてからのことなのでしょうか。
平山 それは私の事務所のマネージャーが勝手につけただけです(笑)。それに、ここでいう「戦う」の意味は「ネット上で誰彼構わず喧嘩する」という意味ではありません。私が戦っているのはまさに歴史修正主義です。近現代史ばかりでなく、中世史でも作家や自称歴史家などが、実に適当でいい加減な言説をまき散らしています。私は自分の研究を通じて、これと真っ向からぶつかっているのです。こうした毅然とした対応をみて、マネージャーは私のことを「戦う歴史学者」と呼ぶようになったようです。でも今回の件では、私のほうがなぜか歴史修正主義者扱いされていますけれど(笑)。
本当に「何かのネタですか?」と思ったのは、私をAIで論難してきた人のプロフィール欄に「差別や歴史修正主義と戦っています」という旨の内容が書いてあったことです。失笑を禁じ得ませんでした。あなたこそが歴史修正主義者だと、私は声を大にして言いたいですね。
AIには動かせる手足がない
──生成AIのお話に戻ります。歴史の専門家から見て、生成AIはどれだけ有用なものであるとお考えでしょうか? そもそも全くお話にならないのか、あるいはプロンプター次第なのか。
平山 ある程度キーワードを打って、条件をどんどん限定していくという方法であれば、多少はまともな答えが返ってくるかもしれませんが、歴史学に関して言えば、初めから自力で文献を漁ったほうが早い。
歴史学の世界って厳しいのですよ。はっきり言って、AIが歴史学者に取って代わって歴史を記述できるようになるという未来予想は甘い幻想です。たとえば、AIは古文書の調査に行けますか? 行けませんよね。歴史学者というものは、地道な史料調査を積み重ねていくことが仕事です。どこそこの家、寺、神社、博物館、図書館に何かがありそうだと見当をつけ、許可をいただいてお邪魔する。お目当てのものがあれば写真に撮ったり書き留めたりして、それを論文等で発表していく。こうした一連の行為はAIには代替できません。AIは所蔵者宅を訪問することも、そこに住んでいる人々に頭を下げることもできません。実際に動かせる手足がないのですから。
今回の一件を通じて、私はAIの有用性よりもむしろ危険性を強く感じました。設計上に決定的な欠陥がある。歴史学においては、現状の情報では明確な判断を下すことはできないという事例が数多くあります。にもかかわらずAIは、情報の断片をそれっぽくつなぎ合わせて勝手に「結論」をつくりだす。あり得ないことです。
ですからAIの設計者や開発者は、明確な情報を担保する仕組みをきちんと組み込むべきです。学問上結論の出ていない問題を投げかけたときに「ここまではわかりましたが、これ以上はわかりません」と答えるようなAIに設計しなければいけない。「わかりません」と堂々と回答できる、知的に誠実なAIこそが必要です。そうでなければ、歴史学をはじめとした学問は、ますます混乱する一方でしょう。
私には生成AIの浸透によって専門家が疲弊していき、一般人が暴走していくという未来が見えます。そうすると、人々は何を信用していいのかわからなくなってくる。これがかたちを変えた全体主義をも生み出す可能性は十分あるでしょう。
どうしようもないAI時代
──生成AIが数秒ででっち上げた嘘を、専門家が多大なコストを払って尻拭いしていく、という非対称性はこれからもネットの至るところで散見されそうです。
平山 そうだと思います。現在、NHKの大河ドラマ『豊臣兄弟!』が放送されていますが、秀吉と秀長の描写に対して、生成AIの意見を「エビデンス」にしながらイチャモンをつける人たちがこれから何人も現れることでしょう。今回の大河ドラマの時代考証を務めた方々は私と違ってSNSをやっていませんから、私のようにXやFacebookで反論するようなことはないでしょうけれど、それをいいことに言いたい放題、という可能性も考えられます。
──言論空間における生成AIの存在感は、これからもますます強まっていくかと思います。我々はこうした生成AIの進化にどう向き合っていけばいいのでしょうか。
平山 正直言って、もうどうしようもないです。昨今は文系学問を軽視する風潮が政界や財界ばかりか、一般人にも蔓延しています。そればかりか、今や理系学問の方々の中にも歴史学をはじめとした文系学問を馬鹿にしている方がいる。そこには、自分たちのやっている研究のほうがはるかに高尚であり、世の中の役に立ち、お金にもなる、というある種の優越感があるのでしょう。
ですが、ただでさえ生成AIの進化によって人々の思考力・理解力が低下しつつある状況の中、文系学問が退潮すれば、ますます人間の頭の中身は空っぽになっていく一方です。世の中にこれだけ文系学問を軽視する風潮がある中で、我々が生成AIに対して警鐘を鳴らしたところであまり意味はないでしょう。
それでも私は、相手が人間である以上は、相手の良心を信じて対話を試みてきました。自分に得がなくても私が「アンチ」に対して反論を展開するのは、私の中に多少なりそうした信念があるからです。ただ、会話のキャッチボールはできても、こちらの話がまったく通じない方は残念ながら多い。とりあえず何らかの返答をする能力と、文章を正確に理解する能力はまったくの別問題ですからね。私は基本的にX上でブロック機能は使わないことにしているのですが、あまりにも話が通じない方や、執拗に攻撃を続けてくる方に関しては仕方なくブロックさせてもらっています。
そもそも研究者が減っている?
──歴史学は「今ここに存在しないもの」を扱う学問ですよね。したがって明確な答えがある学問よりも異論や反論への対処が難しいように思います。
平山 そうですね。今回争点となった弥助問題や戦国時代の侍身分問題も、非常に難しい問題です。中世社会では、身分が下に向かって曖昧に拡散しているのですよ。昔は一定の階層以上の身分の者しか侍とは呼ばなかったのですが、時代が下るにつれて侍の定義の幅が徐々に広がっていきました。ですから織田信長も武田信玄も侍でしたし、足利将軍は侍の主と呼ばれました。また、村町にも侍衆と呼ばれる村人たちがいました。しかし秀吉~家康期を通じて身分制度が整理されていき、百姓と侍の境界が明確に分かれていくことになります。このあたりの事情については細かく研究が進んでいない部分もあります。そこが「アンチ」の付け入る隙となったのかもしれません。
近年はこうした中世の身分問題について研究する方も少ないので、仕方がありません。
──研究者が減ってしまったことには何か理由があるのでしょうか。
平山 昔は社会経済史といって、社会の経済構造から歴史の移り変わりを読み解いていくという研究にそれなりの人気がありました。マルクス主義の影響がまだ色濃く残っていた頃でしたからね。しかし東西冷戦の終結によるマルクス主義の世界的な退潮もあり、そうした研究をする研究者がほとんどいなくなってしまいました。現在、中世日本の村における身分制度について研究している方は、数少ない印象があります。そもそも、研究者の絶対数が減少しているのですよ。歴史学は、とにかく就職ができないので。ゆえに大学院まで行く学生もガタッと減りました。東京大学をはじめとする主要大学でも、今や大学院生は留学生が多くなっているそうです。
たとえば今、20代を代表する戦国史研究者といえば誰かと問われたら、私は答えに窮してしまいます。以前は20代でもそれなりに著名な若手研究者がいたものですが、今はいませんね。パッと名前を思いつく「若手研究者」も今や軒並み30代ですしね。現在、歴史学分野の主要なプレーヤーは40~60代の研究者たちです。本を出し続けているのは大体この年代の方々ですからね。はっきり言って、今の50代があと20年で70代になり、研究の表舞台からいなくなってしまったら、歴史学は一体どうなってしまうのだろうと真剣に思います。そこへ今度は生成AIの曖昧な情報がドバッと流れ込んでくるわけですから。最近は卒業論文やレポートにも生成AIを使う学生が増えてきたと聞きます。研究者として実に由々しき事態だと思います。
利便性に甘えず「肉体労働」を積み重ねる
──「研究者の卵」としてのポテンシャルを秘めているはずの若い学生たちが、生成AIに頼りきってしまっている現状に危ういものを感じると。
平山 便利なツールを使って楽をしたいという気持ちは私も理解できます。しかし生成AIの主張を一つひとつ裏取りしていく手間を考えたら、自力で文献に当たるほうがむしろコスパもタイパも一番いいのだということは先に述べた通りです。若い世代にはそのことを理解してほしいですね。
それに、あらゆる調べ物や判断を生成AIに頼るという安易な道を辿っていれば、人間として、あるいは仕事人としての力量と資質が落ちていきます。人には苦労をしなければいけない時期が必ずあります。学問に関して言えば、辞書を引いたり文献を調べたり、大量の論著を読んだりといった作業のことですね。私の恩師はそれらの地道な作業のことを「肉体労働」と呼んでいました。辞書を引き、文献を調べ、それをメモしていく。そうした「肉体労働」によって血肉化した知識を蓄え、それらを脳内で回転させていくことで、自分の考える力や議論する力、文章の構成能力などが徐々に向上していきます。
「肉体労働」を経由せず、生成AIによって一気に階段を登ろうとすれば、人生のどこかで必ず躓きます。これは何も研究者をめざしている方だけに対する警鐘ではありません。どんな仕事に就くにせよ、何かを調べたり論理的に考えたりするスキルは必須ですからね。
たとえばある問題についての調査レポートを書けという仕事に対して、生成AIに書かせたレポートを提出したとしましょう。上司に「このデータは間違っているのではないか?」「いったいこの主張の根拠となるデータは何だ?」と突っ込まれても、生成AIがどのような理屈に基づいてレポートを書いたのかがわかっていなければ、再検証のしようもありません。自力で調べたうえでデータを積み上げていれば、レポートの記述の根拠はすぐに提示できるでしょうし、記述のどこにウィークポイントがあるのかを突き止め、修正していくこともできます。
私見ですが、10~30代中盤くらいまでは「肉体労働」をコツコツ積み重ねていく必要があると強く感じます。それを怠れば、研究者としてもビジネスマンとしても使い物にならないでしょうね。
──最後に一言お願いします。
平山 生成AIを使って専門家と議論しようとするのはやめたほうがいい。絶対に勝てません。それに、かえって自分が恥をかくことになります。これがネット上の「アンチ」の方々にも伝わってくれれば本当に嬉しいなと思います(笑)。
──ありがとうございました。
聞き手:岡本滉太