他者と「仲良くなる」メカニズム ──人と人、人と動物、人とロボット【岡部祥太】

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『公研』2023年10月号「interview」※肩書は掲載当時のものです

 

 

「アニマルセラピーで動物に癒されるのはなぜ?」

そんな疑問から研究を始めた岡部先生が、

世界で初めて「ラットの嫉妬」を表すような音声を発見された。

その音声とは? そして、動物やロボットと心を通わす仕組みとは?

 

自治医科大学医学部 生理学講座 神経脳生理学部門 客員研究員 岡部祥太

 

ラットも「嫉妬」する?

──さっそく研究についてお聞かせください。「ラットの嫉妬の音声」を初めて発見されたと、帝京大学の岡ノ谷一夫先生から伺いました。それはどのような音声なのですか?

岡部 超音波領域の音声です。その発見は本当に偶然のもので、あるとき、ラットを撫でてラットと人が仲良くなるメカニズムについて調べていました。彼らは、人の耳には聞こえない超音波を使ってコミュニケーションを取ると考えられているのですが、特殊な超音波マイクで録音し、音声の周波数を下げることで、人にもラットの声を擬似的に聞こえるようにすることができるんです。

 人に慣れたラットを撫でると、心地よさなどの快情動の指標となる 50 kHz 帯域の声を出すのですが、その声を録音しているときに、50 kHz の声だけではなく、不快なときに発するような超音波領域の声が交じったんです。「あれ、撫でられるとストレスも感じているのかな」とも思ったのですが、「一匹のラットが出す声としては発声の回数が多すぎるな」と感じました。

 そこで、音の出所を探すために飼育室をマイク片手に探索すると、ちょうど棚に置かれた飼育ケージ内の一匹のラットが立ち上がって、(これは僕の解釈ですが)なんだか恨めしそうにこっちを見ているように感じたんです。気になってそのラットにマイクを向けたら、不快なときに発するような超音波領域の声を発していました。まるで嫉妬のようでおもしろいなと思い、その後実験を重ねてみたところ、やっぱり僕が目の前でほかのラットを撫でているときなどに、声を出すラットがいるということがわかってきたんです。

──その音声が、世界初の発見だったのですか。

岡部 はい、過去に報告例のない音声だということがわかってきました。ラットは情動状態に応じた超音波領域の声を発しますが、先ほどの心地よいときに出す 50 kHz の声に加えて、不快なときには 22 kHz 帯域の声を出すということが古典的に知られていました。

 ただ、今回見つけた声は 50 kHz とも 22 kHz とも異なる音の特徴を持っていることがわかったんです(下記動画参照)。その音響特性から「31 kHz  call」と名付けて論文を発表しています。ネズミの声を調べるような研究業界はとても狭いですが、新しいことを発見したということですごく貴重な体験をしました。

 

(動画内左:撫でられているラット  右:それを見て 31 kHz の声を発するラット)

 

──それはすごいですね。そもそも、ラットは 50 kHz が心地よい声で、22 kHz が不快な声であるということはどうしてわかるのですか?

岡部 ラットが嗜好する砂糖菓子をあげたり仲間と遊んだりしているときには、やはり 50 kHz の声を圧倒的に多く発します。逆に、忌避するような刺激、たとえば天敵の匂いを嗅がせたりすると 22 kHz の声を出します。

 今回見つかった「31 kHz」の声は、周波数も声の長さも、その二つとは違っているんです。今は、それが本当に「嫉妬」を反映した声だといえるのかどうかを検証しているところです。

──どのように証明するのですか?

岡部 嫉妬って、三者関係に基づくものなんです。たとえば、好きな人の好意が別の人に向いているときに嫉妬をしますよね。だから、「私」「私の好きな人」「別の人」という三者の関係が必要になります。

 これとよく似ているのが、羨望です。相手の状況が羨ましいとか。これは二者関係でも成り立つんです。つまり、嫉妬と羨望の違いは、三者関係か二者関係かという違いだといえます。31 kHz の声はどちらの条件で出るのか、まずはそこを確かめる必要があるんです。

 あともう一つ 31 kHz の声の解釈としてあり得るのは、裏切りへの失望です。本当は撫でてもらえると思ったのに撫でてもらえなかった、期待が裏切られたという不満の声かもしれないですよね。この場合、ほかのラットが撫でられているかどうかは関係がないので、二者関係や三者関係は必要ありません。

 このように、嫉妬というのはいろいろな条件をクリアしたうえで成り立つ複雑な感情です。ですから、31 kHz の声が嫉妬を反映していると断定するのはなかなか難しくて、今はそのいろいろな可能性を一つひとつ潰していく作業をしているところです。

──そもそもラットは、撫でられるとみんな喜ぶものなのですか?

岡部 それが、そうでもないようです。ラットは生まれてからだいたい3週齢で離乳して親元を離れるのですが、そのあと2カ月近く撫で続けると、人に慣れる個体が出てきます。

 ただ、すべての個体が慣れるわけではなく、だいたい 30%から 40%ぐらいの個体が「よく慣れる」ようになるんですよ。近交系といって兄妹・姉弟の交配を 20 世代以上繰り返すことで遺伝的にはほぼ同一な個体なのにもかかわらず、個性があって、そこもまたおもしろいところなんですよね。

──2カ月近く撫で続けるというのは、一日中ずっと一匹のラットにつきっきりなのですか?

岡部 撫でるのは一匹 10 分くらいです。たとえば一匹だけの結果が得られても、それが普遍的な結果かどうかはわからないですよね。たまたま起きたことなのか、それとも偶然起きた、確率の低い現象であるのかどうかを証明するためにはそれなりのデータ数、つまりラットの数が必要になってきます。

 いま実験しているのは、全部でだいたい 40 匹ぐらいです。だから一匹 10 分でも結構大変で、40 匹撫でるのに一日 400 分(6時間半超)必要になります。朝研究室に行ってから夕方までずっとラットを撫でることもあります(笑)。慣れると膝のうえに収まってくれたり、手についてきてくれたり、本当にペットみたいになってきます。

──離乳後の親元を離れたあとのラットでも、まだ人に慣れる可能性があるのですね。

岡部 そうなんです。慣れる時期についても気になって実験したことがあります。ラットは3週齢で離乳して、7週齢でだいたい成熟するんですね。成熟してから撫で始めると、一応は慣れるのですが、やっぱり離乳直後から撫で始めたほうがよく慣れる。野生動物を保護するときも、たとえ肉食動物であっても幼若期に保護すると人にすごく慣れたりするじゃないですか。ですから、成熟前に関係を築くことが大事なのかなという気がしています。

──慣れてくれた子だけに実験ができるとなると、実験に適した動物数がかなり減ってしまいますね。

岡部 おっしゃる通りです。そういう意味では、今回見つかったこの嫉妬のような反応がラットにとってどこまで普遍的な現象なのかということも、実はまだよくわかっていないところもあって。31 kHz の声を出すのは人によく慣れたラットだけに見られる現象で、しかもメスだけなんですよね。オスで同様の実験をやっても 31 kHz の声はほとんど出さないんです。

 そもそも、メスに比べるとオスは人に慣れにくい傾向があります。その違いも気になっているのですが、それは僕が生物学上オスであることも関係しているかもしれない。「実験者の性別が男性だとマウスのストレスが大きくなる」という論文もあったりして、異種間でも性別の情報が伝わっている可能性が指摘されているんです。だから本当は、女性研究者の方に協力してもらって同じ実験をやってみたときに、どのような結果になるのか見てみたいですね。もしかしたら女性研究者に対しては、僕のときとは反対にオスラットのほうが慣れやすく、オスラットが 31 kHz の声を出す、なんてこともあるかもしれません。

 

マウス(左)とラット(右)

 

 

ネズミの研究を人に当てはめて考えるには

──嫉妬は、どの生物にも備わっている感情なのでしょうか?

岡部 それはわからないです。人間ももちろん進化してきた生物なので、心の状態も、まったく同じではないにしてもほかの生物と連続しているところはあるだろうと。そう考えれば、人間に見られる心の動きが、ほかの生物にもある程度備わっていてもおかしくない。

 ただ、どこまで人間と類似しているのか、どの種まで人に相当する心の状態を持っているのかという線引きはすごく難しいところです。それらを調べることで、嫉妬のような心の働きが進化してきた過程を、明らかにできるかもしれないですね。

──ネズミの嫉妬を証明できたとして、そのメカニズムを人に当てはめて考えることは簡単ではないのですね。

岡部 いきなり人に当てはめるのは難しいので、少しずつ段階を踏んで研究していくことになると思います。もし、ラットが嫉妬することがわかったら、嫉妬しているときにどこの脳が活動しているかを調べる。その脳活動と、人間が嫉妬しているときの脳活動にどのくらい類似性があるかを確かめていけば、将来的には人の嫉妬のメカニズムもわかるかもしれない。そしてそのメカニズムがわかれば、たとえば嫉妬などに苦しんでいる方の助けになる方法も見つかるかもしれないですね。小さなステップの積み重ねが必要なんです。

──人の嫉妬にも、まだよくわかっていない部分があるのですね。

岡部 感情自体については、生物学だけではなくて哲学などあらゆる分野で研究が進んでいて、知見が蓄積されています。でも、「どのように嫉妬のような心理状態になっているか」というメカニズムについては、まだまだわからないことだらけですね。

 

「異種」と触れ合う

──論文を拝見すると、ネズミの母子の話が多い印象です。母子間の関係性がご専門なのでしょうか?

岡部 大学院生のときに、マウスの母子関係について研究していました。今でもサブテーマとしてたまに研究したりしています。

 もともとアニマルセラピーなどに興味があって、動物と仲良くなるメカニズムを研究したいと思っていたんですが、まずは、「マウスの母子はどのようにして親和的な関係性を結ぶのか」という研究から始めました。母子間の関係をつくるメカニズムが、友人関係や恋人関係など別の二者間にも作用する可能性があると思ったんです。

 さらに、それはもしかしたら人と動物とか、人とロボットとか異種間の関係性の構築にも影響しているのではないかと、最近はいろいろなものに手を出して研究の対象を広げているところです。

 この「異種」というのが、僕のなかでは大事なテーマになっています。自分と違う存在に対してどのくらい心を開けるか、親和的な関係性を結べるのか。そのメカニズムを明らかにすることは、ダイバーシティやインクルージョンを考えるうえでもすごく大事だと思っていて、だから同種だけではなく、最終的には異種間の仲良くなるメカニズムを解明したいと思っています。

──アニマルセラピーと聞くと、イヌやイルカをイメージしてしまいます。なぜネズミを研究対象とされているのですか?

岡部 たしかに、アニマルセラピーというとイヌやイルカから癒されることを想像しますよね。でも、たとえば僕は小さいころからカメが好きなので、僕だったらカメにも癒されると思うんですよ。イヌ派の人もいればネコ派の人もいて、カメ派の人もいる。好みの対象は違っても、相手との触れ合いにより「癒される」という点では似ていますよね。この共通点の背景にあるメカニズムは類似しているんじゃないかなと昔から疑問を持っていたんです。

 でもそういう研究が、少なくともアニマルセラピーの分野ではほとんどなくて、フラストレーションに感じていました。だから、仲が良い好きな相手から癒されるという現象の根源について研究したいと考えて、メカニズム研究に適したネズミを研究対象に選びました。

──たしかにそうですね。私も、カメにも癒される派です。

 

「オキシトシン」で関係づくり

──論文のなかには、「オキシトシン」というワードもたくさん登場します。

岡部 オキシトシンはずっと注目しているホルモンの一つで、もともと子宮の筋肉の収縮を促すホルモンとして知られていました。身近なものとしては、出産のときにお母さんの陣痛を促進する「陣痛促進剤」がありますが、あれはオキシトシンです。子宮の筋肉を収縮させることで、赤ちゃんが外に出てきやすくなる。あとは、同じく筋肉の一種である筋上皮細胞を収縮させて射乳を促す効果もあります。

 このように、お母さんの出産や子育てにまつわるいろいろな現象に役立っているホルモンだということは昔から知られていたのですが、実はそのホルモンが、他者との親和的な関係性の構築にも関わっていることがわかってきたんです。

 「一度つがいになると同じ相手と一生添い遂げる」という珍しい一夫一妻制の特徴を持つプレーリーハタネズミというネズミがいるのですが、オキシトシンの機能をブロックすると、一夫一妻制が壊れてしまうことがわかりました。また、マウスでもオキシトシンの機能をブロックすると親マウスの養育行動が低下することもわかってきて、雌雄間・母子間の関係性構築に重要な役割を担っていることが判明しています。

──では単純に、オキシトシンを体のなかに注入すれば、一夫一妻制も子育てもうまくいくといえるのですか?

岡部 そこまで単純な話ではありません。マウスの子育ての文脈でいうと、親マウスは子マウスとある程度触れ合うことで徐々に養育がうまくなります。つまり、触れ合うという経験が重要な要素となっているわけですが、このように経験を積んで養育行動が上達する過程に、オキシトシンが関わっています。

 ですから、子マウスと触れ合った経験がないまったく未処置のマウスにオキシトシンを投与しても、突然完璧な養育行動を始めるようになるわけではないんです。また、オキシトシンの機能はエストロゲンなどほかのホルモンの影響も受けて変化するので、一概にオキシトシンを投与すれば万事解決というわけにはいきません。

 でも、やはり動物の子育てにとって、オキシトシンは重要な働きを持っているといえます。たとえば、季節繁殖性のヒツジやヤギは群れのなかで一斉に出産が起きるので、自分の子と他所の子をきちんと見分ける必要があり、基本的に自分の子ども以外子育てをしません。このような養育行動の選択性に子の匂いの情報が重要なのですが、匂いの受容に関わる嗅球きゅうきゅうという領域のオキシトシンの機能を阻害すると、自分の子を正確に選択する能力が低下することがわかっています。

──人の妊婦さんも匂いに敏感になったりしますよね。

岡部 妊婦さんの変化も興味深いですよね。ご飯が炊ける匂いで吐き気がしてしまうエピソードなどを聞いたことがあります。やはりエストロゲンやプロゲステロンなどのホルモンがすごく変化する時期なので、それによって匂いの受容の仕方が変わるのかもしれませんね。そういう意味では、生物の感覚はホルモンによってものすごく制御されているんだなと思います。

 

「オキシトシン」≠「幸せホルモン」

──メディアなどで、オキシトシンはよく「幸せホルモン」ともいわれますが、オキシトシンは高ければ高いほどいいことがあるのでしょうか?

岡部 何をもって「いい」とするかによりますが、そんなに単純な話ではないと思います。たしかにオキシトシンにはストレス反応を抑えたりする効果がありますが、考え方によっては負の側面もあるといわれています。

 たとえば人にオキシトシンを投与した研究では、エスノセントリズム(自文化中心主義)を促進するのではないかという研究があります。両方を同時に助けることができないような道徳的ジレンマを生じさせる課題を提示したときに、オキシトシンを投与することで、外国人よりも自国民を優先して助けるということが促進されるという報告があります。つまり、自分と同じ国の人への選択性を高めているわけです。このようなオキシトシンの効果は、さまざまな存在を等しく愛する「博愛」とは真逆といえるのではないでしょうか。

 先ほど、プレーリーハタネズミの一夫一妻制にはオキシトシンが関係しているといいましたが、パートナーと添い遂げるということは、パートナー以外を排除するということですよね。ヒツジやヤギのお母さんの例も同じで、自分の子は一生懸命育てますが、ほかの子どもは近寄ってくると蹴り飛ばすこともあります。

 誰かを選択するということは選択されない存在がいることの裏返しです。そういうことを考えてみると、無自覚にオキシトシンを「幸せホルモン」と称することには違和感があります。わかりやすい言葉なのでメディアでもよく使われてしまうんですが、僕の感覚とは少しギャップがあります。

──「幸せホルモン」といわれているのは、オキシトシンの機能の一側面なのですね。

岡部 そうなんです。もしかしたらオキシトシンには、「自分の仲間は誰か」という壁をより強固にする機能があるのかなと思ったりします。自分の子どもとそれ以外、自分の仲間とそれ以外、ということを強めてしまうので。

 実際、オキシトシンは、その個体にとって意味のある、注意を向けるべき情報に対する脳の応答を高めるということを示唆するデータが集まってきています。特に最近は、分子遺伝学的な技術が発展し、脳内におけるオキシトシンなどの神経伝達物質の機能をとても細かく解析できるようになってきたので、これまで知られていなかった側面も明らかになっていくと思います。

 

個体のホルモン研究から群れの研究へ

岡部 また、今までの研究は2個体の社会行動を調べるものが多かったのですが、最近はもっとたくさんの個体を対象にした集団の動きを観察する研究が登場していて、僕も注目しています。これまでの二者関係では見られなかった、集団におけるホルモンの機能が見つかる可能性もあるので、きっとこれから新しいオキシトシンの機能が見つかるのではないかと思います。

──群れの個体のホルモンを調べていくのは、とても根気が要りそうですね。

岡部 そうですね。実際、研究室でラットを長期間にわたり集団飼育することはあまりありません。だから、そもそもラットを群れで飼育したときにどんな行動を示すのかもわからないことだらけです。

 唐突ですが、僕はネズミ部屋に住みたいんです(笑)。欧米では「ファンシーラット」といって、ラットをペットとして飼う文化があるんです。家のなかで何匹も放し飼いにしている人の YouTube などを観ると、研究室では見られない行動をとっているように見えるんですよ。本当に素晴らしい環境だなと思うのですが、残念ながらネズミの研究をしている人は、防疫の観点からげっ歯類をペットとして飼ってはいけないことになっています。今は無理でも、いつか自宅で群れの研究ができたらいいなと思ったりしています(笑)。

──放し飼いにしたら、どんどん増えてしまいそうですね(笑)。

岡部 管理するのが大変ですね。ただ、他者との関係性を研究するうえでは、そういうふうにある程度生活を共にしないとわからないこともある気がします。

 もちろん、精緻に実験系を組み立てて行う研究はすごく重要です。一方で、先ほど話した 31 kHz の嫉妬のような声も、一日中ラットと触れ合っていたことで発見できました。ずっと一緒にいるからこそ気づきがあったり、何かの片りんをつかんだりすることができるので、そこを大事にしたいですね。

──群れとの生活も、群れの研究の発展も、楽しみですね。

 

ロボットと関係を築く

──先ほど少しロボットの話が出ましたが、ロボットの研究もされているのですか?

岡部 はい。「LOVOT」というロボットを開発している GROOVE X さんとお付き合いがあり、一緒に研究しています。

 きっかけとしては、恩師の菊水健史先生のラボから出された論文に「犬が人を見つめることで人のオキシトシンが分泌され、人と犬のあいだの絆が形成される」という研究があり、オキシトシンは同種だけでなく異種間の関係性にも重要な働きをしていることがわかってきました。それを知った GROOVE X の林要社長に声をかけていただいて、人とロボットの関係についての研究を始めたんです。実は昔からロボットが好きで、子どものころの最初の将来の夢が「ロボット博士」でした。だから、夢が叶ったかたちです(笑)。

 資生堂さんと共同で、「LOVOT と触れ合うと人のオキシトシンはどうなるか」を調べてみると、「LOVOT と一緒に暮らしているオーナーさんは、非オーナーさんと比べてオキシトシンの基礎値が高い」ということがわかってきたんです。

──オキシトシンの「基礎値」とは?

岡部 今回は、被験者さんに朝排尿してもらってそこからオキシトシンを抽出して測るということを何日か繰り返して、その平均値を基礎値としました。

──ロボット相手でもオキシトシンが高まるということは、相手がオキシトシンを持っているかどうかは関係ないのですか?

岡部 オキシトシンそれ自体を持っている必要はあまりないでしょうね。重要なのは行動、振る舞いです。誰かと社会的な関係性をつくるとき、自分だけでなく相手の動きも大事じゃないですか。行動を通して相互にやり取りをしながら関係性が徐々に形成されていきます。ですから、基本的には双方が似たような行動やそれを制御する仕組みを持っていたほうが、関係性を結びやすいとは思います。

 ロボットの場合は、この仕組みを模倣したプログラムを走らせることができますよね。だから、オキシトシンの影響を受けて生じるような振る舞いをロボットに実装することで、生物同士の親和的関係性を擬似的に再現することができるのではないかと思っています。

──LOVOT にはどんな振る舞いが実装されているのですか?

岡部 大きな特徴として「人と目を合わせる」という性質があります。先ほど紹介した犬と人の研究でも、親和的な関係性にとって視線が大事な要素になっていることがわかっています。野生動物だと、目を合わせるというのは威嚇など攻撃的なシグナルになるのですが、人の場合は必ずしもそうではないんです。犬の場合も、人と生活を共にし、長い時間をかけて進化してきた過程で、人と視線を合わせて見つめ合うことが一つの親和的な意味を持つシグナルになったのではないかと考えられます。

 LOVOT も、まさに人と視線を合わせるように設計されていますが、そのような振る舞いによって LOVOT と人のあいだに特別な関係が生じるのかもしれません。

──会話のリアクションがなくても、目の動きだけでコミュニケーションが取れるのですね。

岡部 目は口ほどに物を言うというやつですね。

 

「LOVOT」とともに育つ子ども

 

ロボットネイティブの誕生

岡部 あとはハグをするなど直接触れ合うことも大事だと考えています。実際、ラットも撫でてやると、脳の室傍核しつぼうかくという領域のオキシトシンを産生する細胞が活性化し、その活性レベルと人に対する親和的な行動が相関することがわかっています。

──だとすると、たとえ体温を持たないロボットでも、肌で触れ合うことでオキシトシンが分泌されることはあるのでしょうか?

岡部 その可能性もあるかもしれないですね。ただ、ロボットと触れ合えば誰でも必ずオキシトシンが分泌されるということはあまりないと思います。アニマルセラピーの話でも言いましたが、ロボットで癒される人もいれば、イヌやカメで癒される人もいます。だから、生理的な反応にもバリエーションがあると思うんです。

 LOVOT をはじめロボットと仲良くなるオーナーさんがどういう特性を持っているのかがわかれば、ロボットと関係性を築くうえで重要な要因がわかってくるような気がしていて、最近はそういう研究ができたらおもしろそうだなと考えているところです。

──人の好みは、たとえば小さいころから動物と一緒に暮らしている人は動物を好きになりやすいといったように、その人が育ってきた環境も影響しているように思います。

岡部 そうですね。小さいうちから人間以外の生き物、存在がいる暮らしをしていれば、それが普通の感覚になるじゃないですか。だから何に対して親和性を感じるのかという点に、育ってきた環境や文化的な背景の影響があるでしょうね。

──小さいころからロボットと一緒に暮らしていれば、ロボットに愛着を持つようになるかもしれない?

岡部 そう思います。最近、公共空間やファミレスなどで働くロボットを目にする機会がとても増えましたよね。人とコミュニケーションするようなタイプのロボットが今後ますます社会に浸透していく可能性があります。そういった社会のなかでロボットネイティブになる子どもはもちろん、お年寄りまであらゆる人々がどのようにロボットの存在を受け止めて関係性を築いていくのか、その結果私たちにどのような効果や変化が生じるのかとても気になります。

 それを明らかにするには、動物を用いた研究や人とロボットを対象にした研究、倫理の研究も必要になるかもしれません。今後も基礎から応用にいたるまで分野横断的に研究したいですね。

──今後が楽しみですね。ありがとうございました。

聞き手:本誌 池田 香夏

 

 

岡部祥太/自治医科大学医学部 生理学講座 神経脳生理学部門 客員研究員

 

おかべ しょうた:1986 年東京都生まれ。麻布大学大学院獣医学研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は動物行動学。麻布大学獣医学部動物応用科学科特任助教、自治医科大学医学部助教を経て、2021 年より株式会社ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所研究員、自治医科大学医学部生理学講座および応用倫理学研究室客員研究員。社会性、特に親和的な関係性の構築メカニズムとその効果について人やモデル動物、ロボットを対象に研究を行う。

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