2023年6月号「issues of the day」
「チャットGPTのアカウントを代理で取得してもらえないか?」──。ある中国の知人から久々に届いたメッセージだ。昨年末に公開された米オープンAI社の対話型AI(人工知能)「チャットGPT」は今や世界中で大人気のツールとなっている。その利用には電話番号認証によるユーザー登録が必要だが、中国は対象外。どうにかしてチャットGPTを使おうと、海外の電話番号を持つ人にアカウント取得代行を依頼する動きが広がっている。
おもしろいのは、この知人はAIなど新しい技術に飛びつく性格ではなく、保守的な人間という点だ。そんな彼がなぜ興味を持ったのかと聞いてみると、報告書を代筆してもらえると聞いたからだ、と。日々の仕事を楽にしてくれるなら試してみたいと思ったという。
チャットGPTは人間と会話するような自然な文章で、指示を出すだけでさまざまな文章を出力することができる。報告書やメールの代筆、文章の要約や翻訳、さらにプログラミングなど応用範囲は広い。AIはいつか人間から仕事を奪うのではないかと言われるようになって久しいが、実力はまだまだと感じることが多かった。だが、チャットGPTには、メシのタネを奪われるかもと感じさせるポテンシャルがあった。
中国産AIの実力は?
中国は米国と並ぶAI大国として知られる。アメリカのチャットGPTが使えなくとも、中国国産サービスで代用できないのだろうかと、誰しも疑問に思うところだろう。今、中国のIT企業は猛烈な勢いで、チャットGPTと同様の対話型AIの開発を進めている。すでに検索大手バイドゥ、EC(電子商取引)大手アリババグループのサービスが公開された。7月には通信機器・端末大手ファーウェイもリリースする見通しだ。ところが、チャットGPTにはあれほど大騒ぎしていた中国人たちは、自国のAIにはあまり興味を示さず、大した話題になっていない。それというのも、米中のAIはまだまだ実力差が大きいためだ。
なぜ、中国のAIはチャットGPTに負けているのか。要因は大きく三つある。第一に学習データの問題だ。チャットGPTのようなAIをつくるためには大量の文章データを集める必要がある。英語圏ではインターネットサービスや書籍から文章が収集、整理され、誰でも使える共有データとして公開されている。中国語圏では各企業の動きがバラバラで、共有データをつくり出す動きが遅かった。また、中国は世界一のスマートフォン大国で、データの多くは誰でもアクセスできるウェブページではなく、閉鎖されたスマートフォン・アプリの中にある。これも学習データが集めにくい要因になっているという。
第二に検閲の問題だ。中国はコンテンツに厳しい規制をかけてきた。もし、AIが問題ある内容を出力することがあれば、大問題になりかねない。数年前のことだが、中国のチャットボットに「中国の夢とはなんですか」と質問すると、「海外に移民すること」と返答した話が話題になった。陰でこっそり使われているジョークをAIが学習したためだが、当局は激怒。そのチャットボットはあえなくサービス中止に追い込まれたという。AIがどんな内容の文章を書くか、それは開発者でもコントロールは難しい。米国の企業も人種差別などの問題発言をしないよう工夫しているとはいえ、中国のほうがもし間違えばより厳しい処罰が待っているだけにシビアだろう。
先端半導体規制が影響
そして第三に先端半導体の問題だ。米国の半導体規制だが、紆余曲折の末、先端半導体にしぼって規制する方針が明確化された。先端半導体が必要な製品はスマートフォンやパソコンなど一部に限られており、規制の影響は限定的と見る向きもあったが、チャットGPTブームで状況は大きく変わった。中国企業はAIの開発に必要不可欠な最先端GPU(画像処理半導体)の入手を禁じられたからだ。
データ、検閲、半導体という3点が中国のAI開発の足を引っ張っている。問題はこの影響がどこまで深刻かという点だ。もし話題となっているように対話型AIが人間の仕事を代替するようになっていくとすれば、出遅れは深刻な問題となる。というのは、チャットGPTなど米国のサービスを利用して二次的なサービスをつくる企業が大量に出現すると予想される。一回この構図が定まってしまえば、米国から市場シェアを奪うことは困難となる。新興技術では世界をリードする存在になることが中国の悲願であり、その機会を奪われる衝撃は大きい。一方で果たして対話型AIは革命的技術として定着できるのかはまだ不透明だ。報告書作成をサボるための便利なツールぐらいでとどまり、予想されたほどのインパクトを発揮しないことも考えられる。果たしてどちらに転ぶのか。もし対話型AIが革命的な技術であると判明したならば、中国の可能性を圧殺しかねない半導体規制に対し、中国共産党はどのような態度を示すのか。今後、注目すべきポイントとなろう。
ジャーナリスト・千葉大学客員准教授 高口康太