AIと組織設計【渡辺安虎】

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 ChatGPTが登場してからまだ3年半経たないが、生成AI関連技術の進歩は著しく、それが仕事や組織にどのような影響を及ぼすのかはあまりわかっていない。これだけの技術変化を目の当たりにすることは稀であり、AIの影響に関する論文はここ1年で大幅に増えた。ここでは自分の研究にも触れながらAIの組織への影響について最近の議論を少し紹介してみたい。

 私はAIの専門でも労働経済学の専門家でもないのだが、偶然この研究ブームに少し関わることとなった。生成AIブームが始まる少し前からある企業との共同研究で、タクシー乗務員の生産性に需要予測AIが及ぼす効果測定のプロジェクトを行っており(東大公共政策大学院の同僚の川口大司・重岡仁と横浜国立大学の金沢匡剛との共著)、AIに関する経済学の論文を読むことが増えた。研究自体はタイミングが良かったこともあり、経営学分野のトップ誌にパブリッシュすることができた。

 私たちの論文は、横浜エリアのタクシー乗務員に需要予測AIアプリを渡し、その効果を計測したものだ。需要予測AIを渡す前後の詳細な秒単位の乗務データを用いて個々の乗務員の生産性を計測し、AIの影響を計測する際のバイアスを因果推論手法を用いできる限り排除したものだ。結果は需要予測AIは平均的な生産性を約5%高めたが、これは全て生産性が低い乗務員の生産性改善によるもので、高スキル乗務員には効果がなかった。

 この結果はほぼ同時期に発表された複数の論文と同じパターンを示していた。フリーライターへのChatGPTの付与実験も、カスタマーサポートセンターへの生成AI導入に関する分析でも、生成AIは低スキル労働者の生産性を大きく増加させる一方、高スキル労働者の生産性には影響を与えなかった。

 このようなAIの「底上げ」効果を、LSEのルイス・ガリカノと香港大のジン・リはAIの生産性収斂効果と呼び、組織への影響を議論している。従来の階層的な企業組織は、ジュニアは現場で相対的に低い賃金で作業に時間をかける代わりに、OJTによって経験を積みスキルを高めて徐々に昇進する、という前提に基づいて設計されている。新卒採用制度をとる日本企業は特にこの傾向が強い。

 しかし、ジュニアな社員が行う作業がAIによって代替され、AIの収斂効果によりスキルの価値が低下することで、経験に基づく従来の階層構造を維持することが困難になる。実際に、スタンフォードのブリニョルフソンらの研究では、米国での月次の給与支払事務データを用いて、AI導入の影響を受ける企業ほど、生成AIが普及し始めた2023年ごろから、加速度的に20歳代の職が大きく減少していたことを示している。他方、同じ企業内でも40歳代以上には影響がない。企業内の階層構造から下層の段が徐々に消滅し、階層構造が圧縮される兆候とも解釈できる。

 これはAI活用と組織設計のジレンマと言えるだろう。AIを積極的に活用し生産性を上昇させジュニア層を削りながら、次世代の高スキル人材やマネジメント人材をどう育てるかという難問だ。ジュニア層が薄くなりOJTの機会が減少すれば、結果としてこれらの人材が不足することとなる。またジュニア層が減れば昇進による選抜も変化し、転職市場も変わるだろう。AI活用に真剣に向かい合うほど、また新卒をOJTで丁寧に育て上げてきた日本の組織ほど、この問題に直面する可能性は高い。遠からず人材評価の基準、インセンティブの設計、そして人材育成の手法そのものを根本から再設計することを迫られるだろう。

東京大学教授

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