三つの世紀を生きる男【鈴木一人】

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『公研』2025年2月号「めいん・すとりいと」

 いよいよトランプ第二次政権が始まった。ワシントン政治のアウトサイダーとして右も左もわからず、共和党が選んだ人々を閣僚として迎え、結果的に自分のやりたい政策ができなかった第一次政権と異なり、今回のトランプ政権は周到に準備され、選挙キャンペーン中から組織化されたチームによってスタートすることとなった。当選直後から閣僚を指名し、看板政策である不法移民の強制送還は、早々に大統領令を出し、軍用機で移送した。移民の強制送還の受け入れを拒否したコロンビアに対しては、もう一つの看板政策である、経済的威圧のための関税を発動し、コロンビアからの輸入品全てに50%の関税をかけると脅すことで、移民の受け入れを認めさせることに成功した。トランプ政権は発足一週間にして、すでにその性格を顕にしている。

 また、トランプ大統領は、デンマーク領であるグリーンランドを買収する提案をしており、カーター政権期にパナマに返還したパナマ運河の施政権を取り戻すといった発言もしている。さらにはカナダを「アメリカの51番目の州」にするとも言っており、どこまで本気なのかはわからないが、アメリカの領土を拡大することに強い関心を示している。トランプ大統領は、就任直後に発した大統領令で、北米大陸最高峰の「デナリ山」を、「マッキンリー山」に戻すことも指示している。これらの行動から見えてくるのは、トランプ大統領のスローガンである「アメリカを再び偉大にする」という時のイメージが、第25代大統領のマッキンリーの時代のような、モンロー主義に基づく帝国主義的な拡張を進め、高関税によって市場を保護しながら、経済成長した19世紀末のアメリカに戻ることにあることを示唆している。

 トランプ大統領が生まれたのは1946年であり、いわゆるベビーブーマーである。彼のビジネスマンとしてのキャリアは1970年代の社会的な混乱の中でスタートし、1980年代のレーガン政権期に加速した。日本でもバブル期のきらびやかな文化が花開いた時期であるが、アメリカでも財テクが流行し、経済的な成功が尊敬と注目を集める時代であった。日米貿易摩擦に代表されるように、アメリカの製造業はすでに衰退し始めていた時代であり、金融業やIT産業のような、より付加価値の高い産業へとシフトしていく構造転換期でもあった。その時期に不動産業だけでなく、航空会社や大学まで経営し(いずれも事業としては失敗だったが)、時代の寵児となったトランプ氏が個人的に「再び偉大」になるときのイメージは、20世紀末の爛熟したアメリカ社会でもあるのだろう。

 そのトランプ大統領は21世紀に入って二度大統領に当選した。すでに覇権後退期に入り、グローバル化によって「勝ち組」と「負け組」が明確に示され、19世紀の帝国主義的な勢いも、20世紀のレーガン期のようなダイナミックな経済活動も鳴りを潜めたアメリカではあるが、トランプ大統領はそのアメリカに過去の記憶をよみがえらせ、「再び偉大にする」ことを約束している。19世紀末のような領土の拡張とモンロー主義のような、南北アメリカ以外の地域に対する不干渉を決め込み、高関税によって自国市場と産業を保護することを意識しながら、同時に「棍棒外交」ではなく、「関税威圧」によって、自国の利益を実現しようとしている。また、イーロン・マスク氏をはじめとするテック企業のリーダーを集め、20世紀最後の20年のようなアメリカ経済の爛熟時代を再現しようとしている。それを21世紀に実現しようとしているトランプ大統領は、三つの世紀にまたがるアメリカのイメージの中で生きる男であり、諸々の矛盾を抱えながら、都合よく三つの世紀のイメージを使い分けた政治を行っていくのであろう。東京大学教授

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