ウクライナ戦争の戦況収集から考える「情報」の本質【渡邉英徳】【高橋杉雄】

B!

『公研』2022年7月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。

我々は「情報」をどう捉え、どう向き合っていけば良いのだろうか。

「オープン・ソース・インテリジェンス」は人と情報の関係をどこへ導くのか。

 

 

衛星写真をアーカイブしてウクライナの戦況を伝える

高橋 今日は、「情報」の本質について考えていきたいと思います。今まさにロシアとウクライナの戦争が激化しており、戦況が日々世界中に伝えられています。 

渡邉先生は、ウクライナの衛星写真などをデジタルアース上にアーカイブすることで現地の戦況を伝える活動を展開されています。まずはそのコンテンツについてご説明いただけますか?

 渡邉 私たちが今つくっているコンテンツ、「Satellite Images Map of Ukraine(画像1をご紹介します。

画像1  画像をクリックすると「Satellite Images Map of Ukraine」サイトにリンクします。

 元々私は、現在進行中の戦争ではなく、広島・長崎原爆の被爆者証言など、太平洋戦争の資料をウェブ上の地図にまとめたデジタルアーカイブ「ヒロシマ・アーカイブ」や「ナガサキ・アーカイブ」などをつくってきました。同じ手法を使って、ウクライナで起きていることを即時的に、かつ未来からも参照できるようにまとめはじめたのが、このプロジェクトです。青山学院大学の古橋大地先生と共同で進めています。

画像2は侵攻開始当日、224日のウクライナの画像です。地球全体の衛星画像からピックアップして、ウェブギャラリーで公開している、衛星画像企業のプラネット・ラボが撮影したものです。驚くべきことに、この画像はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(原作者のクレジットを表示し、かつ元の作品を改変しないことを主な条件に、営利目的での利用転載、コピー、共有が行える)で公開されていました。これまで利用することが難しかった衛星画像も、商用目的でなければ自由に使えます。僕らのような研究者にはとても好条件で、すごい時代になったなと感じました。この画像をきっかけに、日々配信される画像を古橋先生と手分けしてマッピングし、蓄積し続けています。

画像2

2月下旬、キーウ近郊で破壊された橋の画像がメディアで多く取り上げられました。この画像だけを見て、ロシア軍が破壊したものと勘違いした人もいたようです。しかし、同時期には、キーウ内外をつなぐ橋につながる道を、ロシア軍の長大な車列が進行している画像も撮影されています。つまり、個別に撮影された衛星画像をマッピングし、位置関係を把握することで、ロシア軍の侵攻を防ぐため、ウクライナ側が破壊したのだ、ということがわかってくるのです。マッピングは本当に強力な手法です。

 侵攻開始直後の衛星画像には、たとえばウクライナ西端の国境で国外に脱出しようとしている車の群れ、あるいはキーウで食料を得るために並ぶ人々の列などが捉えられています(画像3。ズームしていくと、戦時下における人々の行動が浮かび上がり、身につまされる思いがします。戦場における破壊の様子だけではなく、戦時下における人々の物語も記録していかなければ、と思うようになりました。

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衛星画像から人々のストーリーが浮かび上がる

渡邉 6月はじめ、ルビージュネ市内外をつなぐ橋が破壊されたことが報道されました。橋が破壊されたことのみにスポットが当たりがちでしたが、橋の周辺でどれだけの破壊が起きているのかという情報をマップで重ねることにより、その橋を渡って逃げるはずだった人々のストーリーが浮かび上がるのです。さらに、地図をズームイン・アウトしたり、移動させていくと悲惨な実態が見えてきて、何とも言えない気持ちにはなります。それでも目をそらさず、実相をみていただくことが大事だろうと思います。たとえば画像4は、ウクライナ南部のヘルソンの空港で、軍用車がずらりと並んでいるようすです。私自身も驚いたことに、ズームアップしていくと、ロシア軍車両であることを示す「Z」の文字が見えてしまいます。現在ではこのように、民間の衛星画像会社の画像でも、個々の車両の所属がアイデンティファイできるところまで見えてしまうのです。隠し事ができない時代です。

画像04

 侵攻開始から戦況が進み、3月、4月にかけてもっとも変化が顕著だったのは、やはりマリウポリです。街の外れのショッピングモールが破壊された衛星画像は衝撃的でした。でも、マリウポリに関しては、日々マッピングしていくうち、形容する言葉を失うほどに、酷い状況になっていきました。例えば、画像5の場所はアゾフスタリ製鉄所のすぐ西になります。画像5の右側〈A〉のエリアは侵攻前、2020年の衛星画像。下側〈B〉のエリアは202239日、侵攻後に破壊は進んでいるものの、まだ街が街としての体を成しています。そして左上側〈C〉のエリアは322日の同じ街区の画像です。屋根が吹き飛んでしまい、間取りが全部見えている建物が増えています。この短期間に、どれだけの破壊が行われたのか、見てとれます。みなさんがマリウポリという名前すら知らなかった時期と、攻撃が始まり、港町で拠点であるらしい、ということがわかってきた時期。そして、世界の耳目を集める中、現在進行系で破壊が進んでいった時期、三つの異なる期間を同時にドキュメントできるのです。

画像05

 いま私が操作しながらひと通りの物語を表現しましたが、同じように「ストーリーテリング」する人が、このマップのユーザから生まれてくるといいですね。私たちのマップ自体は、ひたすらフラットに情報を乗せたものです。でも、そこにはいろいろな解釈の余地があり、読み取れる多様なファクトやストーリーがあります。それらが世の中に〝フロー〟として流れ、浸透していくことで、この戦争の風化を防ぐことが我々の目的とも言えます。

 さて、ここまでは主に衛星画像の話でした。実は、リアルタイムで戦闘が行われている地域の衛星画像は、ロシア側にとっても有用な資料となる可能性があるためか、最近まで、ほぼ提供されていませんでした。したがって、別の方法で状況をとらえる必要が出てきました。

高橋 渡邉先生の使われているマクサーの衛星画像は、解像度が高く詳細まで映るので、攻撃の効果や、どこに何が展開しているか見えてしまうのですよね。

渡邉 そのとおりです。例えば、激しい戦闘が起きていたセベロドネツクやルビージュネなどのドンバス地方は、曇りがちで地上が見えづらいことも重なり、データがほぼ皆無でした。そこで着目したのが、元々は山火事などを検出するために用いられているNASA FIRMS Fire Mapというサービスです。このサービスを活用して、ドンバス地方の被害のようすを捉えられるのではないかと考えました。 

612日までのセベロドネツクにおける一カ月間の累積火災検出スポットを見ると、街のほぼ全域で熱源(画像6、赤い部分)が検出されており、ほぼ全てが破壊されていると推測できます。後日、配信された衛星画像と照らし合わせると、破壊された場所が合致しており、検証用に活用できることがわかります。街の周辺でロシア軍・ウクライナ軍のせめぎ合いが起こり、だんだんと市の中心部に戦闘が及んでいくようす、ポパスナのように、すでにひどく破壊された街においても、再び火災が起きていることなどが見てとれます。一度、制圧されたからといって戦闘は終わるわけではないことも実感できました。軍事の専門家ではない視点からも、驚くような発見が多くありました。

画像06

 しかし、NASA FIRMS Fire Mapの画像は解像度が低く、おおまかな範囲の火災しか検出できません。その欠点を補う手法を模索しつづけて、ようやく確立できたのが「SAR(合成開口レーダー)」のデータの差分をもとにした、被害状況の推測手法です。SARは、人工衛星からマイクロ波で地上の起伏を捉えるための技術です。雲が掛かっていても、それを透過して地上の凹凸を検出できます。得られたデータはアーカイブされているので、例えば、侵攻を受ける前後の起伏を比較することによって、破壊箇所が推測できるというわけです。SARは本当に素晴らしい先端技術なのですが、これはとても悲しい応用かもしれません。SARデータの差分と、実際に事後に得られた衛星画像と比較すると、とてもよく合致しており、被害状況の評価に使えることがわかりました。

 

データの検出に高度な技術は不要

渡邉 ここまでお話ししてきたデータについて、民間企業の衛星画像は、出所・出典を明記すれば二次利用できる利用規約になっています。また、私たちが使っているSARデータも、ヨーロッパ宇宙機構(ESA)のウェブサービス「Sentinel Hub」でオープンデータ化されています。専門家に限らず誰もが、オープンソースあるいはオープンデータを使って戦況を分析し、被害状況を推測することができる時代になったのです。

 私自身、侵攻が始まる前は「合成開口レーダー」という技術についてほとんど知見はありませんでした。高度に専門的なデータで、プログラミングで解析してはじめて結果が出るようなものだという先入観を持っていました。でも、試行錯誤していくなかで、こうしたデータは誰でも使えるオープンな場所にあり、処理するにも必ずしも高度な技術はいらないことがわかってきました。画像処理のための、例えばPhotoshopのようなソフトがあれば、非専門家でもある程度の分析が可能で、何かしらの知見を得られるのです。

 最近、メディアでも「オシント」(OSINT。オープン・ソース・インテリジェンスの略。公開されているあらゆる情報を収集・分析し、有用な知見を得る手法)が頻繁に取り上げられます。ただ、やはり言葉だけが独り歩きしているように感じます。世界のどこかに、高度な技術を備えたハッカー集団がいて、その人たちが「オシント」を進めているようなイメージではないでしょうか。私は、自分の経験も踏まえて「データ分析の民主化」くらいの意味合いで捉えています。一般市民でも、公開されているデータから何かを見出せる時代になった、そういう意味で光明を感じる言葉ではあります。

高橋 詳細はあとでお話ししますが、「オシント」の意味の捉え方に関しては違和感を感じるところはありますね。

 

個人のストーリーを載せることで、いのちを感じるものに

渡邉 これまでお見せしてきたようなパブリックな資料とともに、個人の体験したストーリーも重要です。冒頭にお話しした「ヒロシマ・アーカイブ」(画像7では、例えば広島平和記念資料館のパブリックな資料と、被爆者のみなさまの証言のようなプライベートな資料の両方が載せられています。お一人おひとり、それぞれ異なる広島の原爆にまつわるストーリーがある。それを表現することで、いのちを感じられるものになるのです。

画像7  画像をクリックすると「ヒロシマ・アーカイブ」サイトにリンクします。

 Satellite Images Map of Ukraine」では、3Dデータのフォトグラメトリ(物体を様々な方向から撮影した写真をコンピューター処理し、3Dモデルを生成する技術)で、そうした個人のストーリーを表現しています。例えば画像8はオゼラの破壊された幼稚園の3Dモデルです。

 このような3Dデータは、被災している現地で収録されたドローン映像から世界中のクリエイターが作成し、クリエイティブコモンズ・ライセンスでウェブ公開しているものです。こうした個人が発信している3Dデータと、パブリックな衛星画像データを重ねて見ると、被害箇所がたしかに合致していて、地上を生きる人々の視点で捉えた被害状況と、神様の視点とも言える人工衛星の画像が、補完し合いながら被害状況を伝えていることになります。太平洋戦争の記録は、手記や音声、あるいは写真で記録されています。3Dデータで、ほぼリアルタイムに被害の状況を記録していく時代になったということですね。

画像8

 ここまで、主に被害状況を捉えたデータを紹介してきました。ここで、ちょっと趣旨の違う3Dデータもお見せします。

画像9は「プラハの春」に対する抗議の意思を込め、ロシア軍の戦車を模した彫刻をピンク色に塗って設置する活動を続けてきた、プラハのアーティスト、デイビット・チェルニーが制作したオブジェです。彼は、何度も当局に逮捕されたりしながら表現活動を続けてきました。今回のウクライナ侵攻を受け、仲間に呼びかけてウクライナカラーに塗りかえたそうです。このように、世界中のアーティストや有志による活動も3Dで記録し、発信されています。

画像9

 また、イタリアの観光地・コモ湖のオリガルヒの別荘に「人殺し」という落書きがされ、プールが血染めにされてしまっている3Dデータも公開されていました。地元の誰かが別荘に忍び込み、嫌がらせをしているのです。こうした例を見ると、戦時中、アメリカの日系人たちが迫害を受けていたことなどと重なります。世界中に住んでいる一般市民のロシアの人たちが、同じような精神的・物理的な迫害を受けている可能性も感じさせます。

Satellite Images Map of Ukraine」は、戦況をドキュメントするために始めたものですが、いつの間にか、SARデータのように新しい手法を開発することになったり、戦争にまつわる世界中のさまざまな活動を記録する場としても機能しつつあります。

 

戦時下では情報が操作されがち

高橋 私は軍事の側面から情報収集しています。日々移りゆく戦況からその後の動きも読むための作業です。しかし「戦場の霧」という言葉があるように、実際の戦場で何が起こっているのかは当事者でさえわからないことが多いので、戦争中の情報分析は難しい作業なのです。

 戦争をしている以上は、情報は人の命に関わります。ですから、どんなに民主化された軍隊であっても、平時にリリースするような情報と同じような密度・頻度で情報が出てくることはありません。また、プロパガンダという意味ではなくて、作戦上の理由から情報自体が最初から操作されていることもあります。私がこのような戦時の情報操作について考えるようになったのはイラク戦争がきっかけでした。イラク戦争がまさに始まった時、私はアメリカ・ジョージワシントン大学の大学院に留学していました。そこで軍事戦略のクラスがあって、アメリカ陸軍を大佐で退役したばかりの講師が、「戦争中の情報は限られていて、真実とも限らない。メディアやシンクタンクはいろいろなことを言っているが、手に入る情報はごく一部でしかないことを忘れないように」と言ったのをよく覚えています。しかもちょうど、その授業の直後に、メディアが「米軍が急速にバグダッドに迫ったが、進撃速度が速すぎて補給が追いついてない」と報じました。それを受けて当時のジャーナリストや専門家たちは「補給線に向かってイラク軍の大統領警護隊や、自爆テロリストたちが攻撃をしてきて米軍が苦戦するのでは」と言っていました。実際、イラクの大統領警護隊は攻撃を加えてきたのですが、これは偽情報だったのです。そういった情報を流すことで、イラクの大統領警護隊をバグダッドから誘い出して撃破したのです。

 アメリカが戦況情報を操作したのはその時だけではありません。湾岸戦争でも終盤で地上戦が開始される際、海兵隊の情報や映像などをメディアから大量に流し、海からの上陸作戦でクウェートを奪回することを意識させました。その報道に誘導されてしまったイラク軍は沿岸部に兵力を集中しましたが、実際米軍はサウジ中部の内陸部から突破し、イラク軍を本土と切り離して包囲し撃滅したのです。

 さらに、コソボ紛争でも似たようなことが行われました。コソボ紛争は78日間にわたって空爆が続けられた戦争でしたが、終盤でNATOが地上軍投入を準備するという情報が流れました。それまでセルビア軍は空爆を避けて分散疎開をしていたので、空爆による損害をほとんど受けていなかった。しかし地上侵攻の情報は偽情報でした。セルビア軍は、地上侵攻に備えて部隊の再配置を行っているところを空爆され、大きな損害を受けたのです。

 このように戦時には意図を持って操作した情報が出てきます。プロパガンダに振りまわされるのは論外ですが、軍事情報を分析する際も、情勢に関する情報それ自体が操作されている可能性があることを十分理解しておく必要があります。

 

ウクライナ戦争の情報コントロール

高橋 今回の戦争の情報の流れ方で特徴的なのは、ロシア軍の情報は大量に出てくるにもかかわらず、ウクライナ軍の情報が出てこないことです。アメリカやイギリスも、ロシアのことは聞かれてもいないことまで喋るほどですが、ウクライナ軍の現状や戦術には全く触れないのです。情報を「操作する」というより、「完全にシャットダウンする」ことで情報の流れをコントロールしている印象を受けています。これが今回の情報分析を難しくしました。一つ例を挙げてみます。開戦初期にロシア軍の士気が低い、補給状態が悪いという情報が多く報道されました、にもかかわらずキーウ周辺を含め、ドンバス地方、ヘルソン地方へもロシアが日々進撃し占領地域を拡大していた。この物理的な状況を見る限り、ロシア軍が苦戦しているとは言い難かった。つまり情報が矛盾していたわけです。

渡邉 はい、それは日々、衛星画像を見て感じています。

高橋 なぜこの二つの情報が矛盾しているのか、二つ仮説が考えられました。

 一つは、ロシア軍の士気は低く補給状態も悪いが、ウクライナ軍はそれよりもっと悪いということ。戦争というのは相対的なものですから、片方が悪くても、もう片方も悪ければ、「悪さ」の程度が小さいほうが有利になります。

 もう一つの仮説は、実はウクライナ軍は前線の兵力を引き抜いてどこかに集めて反撃の機会を待っていて、その罠にロシア軍が気づかずに前進しているのかもしれないということ。

 このように、二つの全く違う仮説が立ち得るわけですが、片方の仮説を棄却するには、ウクライナ軍の状態についての情報が必要です。しかしそれが一切なかった。そのために私が評価に悩んでいた3月上旬、ベラルーシ国境からキーウに向けて南下してきたロシア軍の進撃が停滞していた時期、スムイ方面からロシア軍が非常に速い速度でキーウの北東部に向けて進撃をしてきました。その速度は現代の他の戦争と比べても非常に速かった。これは電撃的な進撃ではあるけれど、ウクライナ側が相手を引き込んで進撃を阻止する「機動防御」という守り方を意図していたならば、大きなチャンスでもありました。急進撃は補給の負担を増大させるし、隊形も乱れていくからです。ロシア軍は電撃的にキエフに迫っていましたが、このとき私は、仮にウクライナが反撃可能な予備戦力を保持しているならば、一撃でロシア軍を撃破するチャンスだと考え、「ウクライナの反撃の最後のチャンスがある」と評価しました。その後、310日の「ブロバルイの戦い」でウクライナ側がまさにその部隊を集中的に攻撃して食い止めたのです。このことから、ロシア軍が進撃できていた理由はウクライナ軍が弱いからではなく、予備兵力をキーウ周辺に集めて反撃の機会を伺っていたからだということがわかりました。このようにして情報評価を修正していきます。

 

軍事での情報収集法

渡邉 具体的には、どのようにして情報を収集されているのでしょうか。

高橋 情報収集の材料として私が一番頼りにしているのが、ウクライナ国防省が公表しているロシア軍攻撃位置情報です。この情報に出てくる地名をグーグルマップで探しつつ、渡邉先生も使われていたNASA FIRMS Fire Mapで確認しながら時間を合わせてプロットしていきます。

 10の☆は地上侵攻があるとき、▲は単に砲撃がされたとレポートされているところ、「阻止」と記している部分はウクライナが阻止したと発表しているものです。

 1011の(中央点線丸枠内)エリアを見ると、一度地上侵攻でロシア軍がウクライナに食い止められたので、11で砲撃中心に切り替わっていることがわかります。これは地上戦の基本から言うと「準備砲爆撃」というもので、その後の地上侵攻に備えて敵を撃破するための砲撃だと読み取れます。

 ウクライナ側が発表する情報をどこまで信じるかは問題でもありますが、衛星マップとの比較、時系列で整理しながら、そこで起こっていることの意味を考えながら分析をするようにしています

図10 5.19-21のドンバス地方の戦況 ※米国航空宇宙局Fire Information for Resource Management System(https://firms.modaps.eosdis.nasa.gov/)およびウクライナ国防省ニュースリリース(https://www.mil.gov.ua/en/news/)より高橋氏作成

 

 

 

図11 6.8のドンバス地方の戦況  ※ 米国航空宇宙局Fire Information for Resource Management System(https://firms.modaps.eosdis.nasa.gov/)およびウクライナ国防省ニュースリリース(https://www.mil.gov.ua/en/news/)より高橋氏作成

 

 

 

 

渡邉 高橋先生の専門分野の知識が鍵になりますよね。オシントに関してはどう思われますか?

 

オープン・ソース・インテリジェンスとは

高橋 先ほど渡邉先生がおっしゃっていたことと重なり、オシントという言葉の捉え方が少し違うような気がしています。

 インテリジェンスを引き出すための基本的なプロセスとして、何かしらの要求を受けて情報を収集・分析して行動へとつなげる一連のサイクルがあります。これを「インテリジェンス・サイクル」と言います。何かを行う上で具体的な意図があって集められる情報がインテリジェンスであって、単に好奇心から知りたいというものはインテリジェンスではありません。

 先ほどの開戦初期の私の分析の例で言えば、戦争初期のウクライナ軍の状態についての情報が必要でした。それは、その情報が「ロシア軍がなぜ前進できているのか」という問いに答えを出すために必要だったからです。このようなかたちで、インフォメーションに「意味」を与えることが情報要求であり、意味を与えられた情報がインテリジェンスになります。

 ネットでのオープンソースの分析は非常に素晴らしいものも多いですが、どういう意味を持っているのかを集める側が認識していないものは、オープンソースのインフォメーションではあるものの、オープンソースのインテリジェンスと言うべきなのかは少し気になっているところです。

 私も政策サイドにいたことがありますが、世の中の90%くらいのものは、オープンソースでわかるものです。ただ、それに対する意味の与え方──何故この情報に意味があるのか、については実はオープンになっていないことがあります。

 今回のウクライナ侵攻では、早い段階でアメリカが機密情報を公開していたことで戦争が起こりそうだとわかっていました。だからオープンソースを含めてさまざまなインフォメーションの分析が世界中でできたのです。もしアメリカが情報を公開していなかったら、ロシアがウクライナで戦争を仕掛けようとしていること自体、世間は知ることができなかったのでしょう。そうなると民間での情報分析の仕方も全然違うものになっていたはずです。

 そういう意味でインフォメーションの分析に意味を与えるところは、オープンにはなっていませんし、オープンになることはないと思います。

渡邉 今、高橋先生がおっしゃられた違和感は、私もツイッター上でオシント的な活動している方々の発信を見て感じていることです。ただ、その場の実況を分析して、「だからどうなのか」という二の句が継げないツイートをするユーザ、明確な意図がなく、とにかく画像を集めてひたすらツイートし続けるユーザもいます。単に画像の処理テクニックをアピールしているだけのように見えてしまいますし、高橋先生の言われるインテリジェンスが備えるべき意図・目的あるいはストーリーを欠いています。インフォメーションをインテリジェンスに進化させて発信できている人は、それほどいないですよね。

 徹頭徹尾、市街の被害状況をマッピングし続けている我々の活動は、戦況分析としての意味も備えてはいますが、やはり、被害を受ける一般市民の視点に立ったものです。市民が受けた被害の状況をアーカイブし、後世に伝え、検証に耐えるようにすることが我々の目的。ぶらさずに首尾一貫してやっていくことがやはり大事だなと、高橋先生のコメントから改めて気付かされました。

 合成開口レーダーのデータ、Fire Mapのデータを扱っていると、ついつい最前線のようすをリアルタイムに俯瞰し分析できているように錯覚しますが、やはりある程度は過ぎ去ったできごとを分析しているのですね。ですから、マスメディアによく聞かれる「今後はどうなっていくのでしょう」といった質問には応えづらい。それはやはり、高橋先生のような専門家の領分で、今後の戦況を推測する方法が確立しています。お互いの領分がありつつ、高橋先生と私たちの活動を、Fire Mapのようなオープンなデータが橋渡ししてくれているような感覚も強く受けました。

 

自分の評価基準をもって情報を判断する

高橋 インフォメーションを精度高く、かつ見やすいかたちで残されている渡邉先生の活動の価値は、今のように情報がいろいろな意味で氾濫しフェイクニュースもある時代においては非常に意味があることだと思いますし、先ほどのお言葉を借りれば、情報が公平で民主化されるようになったということだと感じます。

 あと、私なりにこの戦争に関わっていく中で考えるようになったのが、フェイクや不確かな情報ばかりの環境で、断片的な情報が出たときの自分なりの評価基準の設定です。

 ウクライナ戦争が始まってすぐに2─4日間でキーウが陥落するという報道がありましたが、私はそれはないと判断していました。何故なら、ベラルーシ国境からキーウへのロシア軍部隊の進撃ルートを見ると、補給線となる道路で測ると150キロの距離がある。イラク戦争での米軍の進撃速度が130キロ、湾岸戦争の右翼部隊は120キロでした。そもそも120キロでもかなり速いほうですから、150キロ進むには1週間以上かかるはずです。ロシア軍が進撃しているかは、1週間でキーウに辿り着けるかの点から評価すべきだと当時私は発言していましたし、実際10日程で到達しました。このように、現代に行われた他の戦争との比較で情報を評価することもできるのです。

 また、マリウポリでロシア軍が化学兵器を使ったという情報をウクライナ軍がリリースしたことがありました。これは安全保障の専門家としては常識なのですが、化学兵器は、化学兵器禁止条約で化学式として定義されています。単に呼吸が苦しくなるとか皮膚に炎症が出たとかでは化学兵器かどうかはわかりません。つまり、使われた物質を入手して分析しない限りは化学兵器かどうかわからないということです。なので、タイミング的にあの段階でこの情報が出るのはおかしいと思いました。

渡邉 断定できないということですよね。

高橋 はい。専門家の常識としての評価との突き合わせで結論を出そうとするとそうとしか言えない。実際、これについては後日、ウクライナ側から、化学兵器かはわからないと情報訂正がありました。

 私が渡邉先生の分析で興味深かったのは巡洋艦「モスクワ」撃沈事件です。

渡邉 あれは、不思議な僥倖が重なって生まれた分析でした。当時ロシアは「黒海艦隊の旗艦『モスクワ』は、嵐で沈没した」と主張していました。一方、ウクライナはミサイルで攻撃して撃沈したと発表しており、情報が錯綜していましたね。ただ、沈没した日は曇っていて、衛星画像は撮影されていません。そこで私は、SARデータをサーベイし、偶然「モスクワ」らしき艦影を発見しました。全長も「モスクワ」と等しいことから、確度は高いです。そして「モスクワ」の付近には複数の艦影がみえます。嵐の中で、これほど艦艇同士が接近することは考えにくいです。さらに、沈みかけた「モスクワ」の写真そのものを撮影した艦と思われる小さな艦影も、SARデータ上に捉えられています。

 これは、先ほど高橋先生が言われたインテリジェンスとインフォメーションの境界に位置する例かと思います。私は、雲の向こう側の「モスクワ」の姿を捉えようと、何とかオープンなデータをかき集め、状況を明らかにしました。ミッションが明確にあったということですね。一貫して取り組んできた被害状況のアーカイブと、この「モスクワ撃沈」の分析は、アプローチが異なります。このあたり、オシント的な活動と人々が求める情報を探り、開いていくインテリジェンスの隔たりに似ているかもしれません。

高橋 これは海の上での事象なので、普通は当事者以外からの情報は入ってこない。周りの艦からのSNS投稿はイレギュラーだったとは思いますが、文字通りオープンソースの衛星情報からこのような検証ができたのはすごいことだと思いました。

渡邉 はい。狙っていたわけではないので、本当に不思議な邂逅です。必要な情報はいつでもネットを漂っていて、たまたま居合わせた人によって分析され、何かしらの知見が得られる。それが実際の状況だと思います。「オシント」という言葉に違和感があるのは、特定の人、特別な人だけにできることのように響くところです。もちろん「ベリングキャット」のようなプロもいるわけですが。さまざまなイノベーションと同じく、世の中の誰にとっても、なかば偶然に真実に迫るチャンスがある。と、解釈するのが自然ですね。みなさんがそのことに気づいていないだけ。私たちが取り組んでいる活動は、その事実へのアテンションを高めるはたらきも持っているように思いました。 

SARデータ処理というと難しく聞こえるかもしれないけれど、要は、オープンデータの画像をPhotoshopで処理してコツコツ重ねているだけ」と説明すると、それなら自分たちにもできるかも、と感じてもらえるようです。

 

関わる人が増えることで情報の価値が高くなっていく

高橋 そうですね、目が増えて頭が増えていく。情報を可視化する方法が普及し、その情報に触れ分析を試みる人が増える事で、自分一人では気づけなかった知見も出てくるようになる。

渡邉 私は「ストック」と「フロー」というメタファーをよく使います。インフォメーションは世界中にストックされていますね。そうしたストックに手を加えることで、インフォメーションを起点としたコミュニケーションが生まれるフローに変わっていく。専門家が背負い込まなくても、フローに参画するたくさんの人々の貢献によって情報の価値が自発的に高まっていく、そういう時代だと思います。 

 我々の活動も、例えば高橋先生がマスメディアに出演され、議論を喚起していらっしゃることも、そうしたフロー化の営みと言えそうです。論文にしてまとめることに加えて、アウトリーチとして世の中に発信するミッションが、私たち研究者にはあるはずです。高橋先生はそこを意図され、敢えて平易にわかりやすく、視聴者向けの戦況分析を実践していらっしゃるのではないかと思うのですが。

高橋 以前、ジャーナリストの友人に、「伝わらない情報は存在しないのと一緒」と言われたのが強く印象に残っています。今その言葉の重さを強く感じています。特に軍事問題というのは、世の中の理解も浅いので多少精度を犠牲にしても伝わるように努めています。ただ伝える上であくまで解像度を落としているだけであって、違う映像を見せてはいけないと。

渡邉 そこは本当に難しいところですね。これまでお付き合いをしてきた平和活動に携わるみなさま、さらに広島、長崎の被爆者の方々は、ウクライナ侵攻開始後、明らかにモードが変わってきていると感じています。これまでのように、人道面・心情面から核廃絶を訴えることに加えて、それ以外の方策も講じていかなければならないのではないか、と言われるかたもいらっしゃいます。このあたり、高橋先生はどう思われますか。

高橋 私は本来、核抑止論が専門なので、どちらかと言うと反核運動の方々とは反対の立場ですが、世界の中で積極的に核を使うべきと言っている核抑止の専門家はほとんどいません。その中で、核兵器に対する向き合い方は基本的に、「核は悪だけど必要。核兵器があるから戦争が起こらないならそれでいい」と必要悪としてとらえる核抑止の考え方と、反対に核兵器を絶対悪として捉え、「核は許しちゃいけない」と考える方向性の二つの考え方があります。この中では私は前者です。

 例えば、今ウクライナで核兵器が使われたら、SNSなどを使って被爆地の惨状が世界中にほぼリアルタイムで広がり、過去にないインパクトを世界に与えます。その後、世界が完全に変わって、核の大幅な軍縮もできるかもしれない。これは正しい二択ではないかもしれませんが、核兵器が使われた上での核軍縮と比べるならば、核兵器はあるが使われないほうがいいと私は思うのです。

渡邉 存在していても、一発も使われなければ、それに越したことはない、ということですね。

高橋 核抑止力の役割は、長崎を最後の被爆地にするということに尽きるのです。ウクライナ侵攻をきっかけに、核抑止の議論が絶対悪か必要悪か、といった抽象的なレベルではなく、もう少し手触りのある感じでできればと思います。

渡邉 情勢が悪化し、核戦争がリアルにイメージできるようになってきて、なんとも言えない気持ちになっています。戦争体験者がいなくなっていく、まさにその時代に戦争が起きたんですね。

 広島、長崎で懸命に署名活動などに取り組んでいる若者たちと話す機会がありますが、ウクライナの情勢を見ながら、彼ら・彼女らの中でも、核廃絶についての考えかたが変容しつつあるようです。これは本当に難しく、慎重に議論すべきことでしょうけれど──核抑止、核廃絶など、これまでは対立しがちだったものが、お互いに手を取り合い、長崎を最後の被爆地にするミッションを共有できれば、と思います。

 被爆者の方の中にも、「日本は核軍備すべきだ」とおっしゃる方がいたりもします。そういう方でも、高橋先生がおっしゃられたように、核兵器は二度と使ってほしくない。核廃絶の願いとつながっています。そこが大切ですね。

 

軍事や平和に関しての先入観が情報取得の機会を減らしている

高橋 ちょっと本題から外れてしまいますが、核抑止と核軍縮のコミュニティの分裂というのは日本国内だけではないのです。世界的にも両者の接点がどこにもない状況は良くない、と私は強く認識しています。だから少なくとも日本国内で二つのコミュニティの架橋ができれば世界に繋がっていくと思うのです。

渡邉 やはり日本は唯一の被爆国ですから、日本が率先してその方針で進めていければ、大きなうねりが作れるかもしれないですね。

 実は、とても面白いキャリアを辿っていてる学生さんがいます。「ナガサキ・アーカイブ」の活動に私たちと一緒に取り組んだのち、ICUで平和学を学び、今はアメリカ・ミドルベリー国際大学院モントレー校に留学し、核問題と安全保障を専門に学んでいます。核兵器をどのようにして廃絶するか、という環境で育ってきた学生さんが、核兵器の動作原理から学ぶわけです。世界観が180度違い、最初は戸惑ったそうです。現に存在している核兵器をどのようにして拡散を防ぐのか、という視点も得て、重層的な思考ができる研究者になりつつあります。一定のイデオロギーに束縛されない、軽やかなフットワークを備えて平和活動に取り組む若者がいること。それが、オープンソースのインフォメーションあるいはインテリジェンスが、誰でも得られる時代に生まれてくる若者たちであることに、希望を感じています。

 とは言え、日本では「軍事研究」であったり、ときに「平和活動」ということばに、何かしらのバイアスが感じられるのは確かです。私たちも仕事に取り組む中で「なぜ、戦争や災害をテーマにするんですか」と問われて、少し戸惑ったりすることもあります。歴史の中で、社会にそういった雰囲気が生まれてしまった。高橋先生も、防衛研究所において研究を進められる中で、一般の方々の議論に乗せづらいというジレンマに直面することもあると思うのですが、いかがでしょうか。

高橋 少し前まではそもそも一般の議論自体もなかったかと思います。例えば最近、防衛費をめぐってGDP1%枠をどうするかという議論があります。この問題は納税者である国民には考える義務と権利がありますが、正しい情報が必要です。そして必要な情報は実際には公表されています。20年前の東アジア(日本、中国、台湾、韓国)において、日本の防衛費は38%を占めていたが現在は16%しかないとか、日本の防衛費は国家の支出全体のどれくらいの割合を占めているのか(2020年度で国家の支出は約180兆円。そのうち防衛費として支出されたものは約6兆円)、防衛費と社会保障費の比率はどれくらいなのか(現在18、コロナ前で16)、これらは全てオープンになっています。

 しかし、こうした情報はこれまでジャーナリズムで伝えられたことはありませんし、軍事や平和について免疫がないからなのか、ちょっとした先入観で、正確な情報に触れようとしない人が多くいるように思います。国民には政治家を選んだり税金の使い方を考える権利と義務があり、こういった情報は民主国家の納税者として当然知っておくべきことです。オープン・ソース・インテリジェンスというのも恥ずかしいぐらいですが、このように調べればわかる財政状況などに関しても、広く情報を受け取って考えてほしいと思い、最近、防衛研究所の年次報告書(防衛研究所『東アジア戦略概観2022』)の中でかなりの紙幅を割いて書きました。

 私は行政府の研究者なので立法府が決める法律や、予算についてこうすべきとは言えないし言うべきではないですが、それについて国民が正しい情報で選択できるように情報提供をしなければと思っています。

渡邉 ご意見を聞いて、私たちが今後取り組んでいくべき課題も見えた気がします。

 一つ、良い事例をご紹介します。年収をインプットすることで、住んでいる自治体の税金に、どのように、どれだけの税金が使われているのかを可視化する「WHERE DOES MY MONEY GO」(https://spending.jp/)です。各自治体のオープンデータ、つまり誰でも得られる情報が活用されています。例えば、東日本大震災の被災地であれば、復興支援のために一定額が使われていることが一目瞭然です。この手法を応用して、防衛費をはじめ、国の財政について市民が知りたいことを可視化し、理解を助けるツールも作れます。各々が、改めて考え、議論するきっかけとなる場を設えていくこともできるのではないかと思いました。

 高橋先生が先ほど言われたように、実際のところ、こうしたデータはもともとすべてオープンになっているのですけれどね。

高橋 本当に、みなさんが思うより情報はオープンになっているのですよね。

渡邉 はい。隠しているわけでも何でもないです。ただ、「防衛費」という言葉の語感などが影響してか、なんとなく、闇の話題、触れてはいけない物事のような印象を持ってしまっている。繰り返しになりますが、ほとんどの情報はオープンになっているのですから、そこから各々がキュレーションして、自分なりの結論を出してもらうためのコンテンツもつくっていけそうです。

高橋 アメリカの国防省のデータはすごく可視化しやすい情報です。一万ページ以上のPDFファイルもありますが、ちゃんとExcelワークシートもアップロードされている。Excelワークシートに出てくるか否かで、その後の処理のしやすさに大きな差が出るので、その辺りは納税者への情報の提供の仕方やアクセシビリティについても工夫の余地はあると思います。

 

情報という武器を駆使して二度と悲劇が起きないように

渡邉 高橋先生とお話することができて良かったです。今日の対談を通じて、自分なりの結論はこうなります。

 「核廃絶」「核抑止」「核不拡散」をはじめ、いろいろな主張がありますが、最終的な目的はおそらく一つで、酷いことが二度と起きないようにすることです。例えば、現在進行形のウクライナにおける酷いことを自分ごととして感じてもらう。そして、自分たちの住む町で、将来同じことが起きないようにするために、何をすればいいのか。それを考えるきっかけをつくること。私たちの活動は、高橋先生たちがなさっていることと、この「酷いことを起こさない」という目的が一致しています。アプローチの仕方、時系列上における守備範囲が異なるだけで、同じミッションを抱いていらっしゃることを実感できました。

高橋 もちろん戦争は起きて欲しくないというのは基本です。元々安全保障研究というのは日本の社会科学の中で非常にマージナルな存在だった。しかしそれが中心的なものになるのもいいことなのかどうか、ためらいはあります。

 学生さんがみんな「安全保障を学びたい」なんて言うよりは、それが問題にならない世界の方が平和ですから。しかし今回の戦争が起きたことで、冷戦後の、30年ほど続いた、グローバリゼーションが進んでこれからは経済・技術の時代だと言っていたような平和な時代には、残念ながら一世代ほどは戻れないのではないかと思います。

 しかし、この世代には前にはなかった、インターネットに広がる膨大な情報という武器がある。それを駆使して、少なくとも戦争はこの戦争だけで止められればと強く思います。

渡邉 次に悲劇が起きないようにするための手立て、きっかけが、自分たちの手の届くところにあるんだ、ということを、皆さんが知る機会にもなっていると思います。その気付きがオシントという言葉で表されているのかもしれません。私たち一人ひとりがオープンな情報を集め、さらには分析できるのだということ。それが普通になっていく時代ですね。

高橋 北朝鮮の核実験が近づいていると言われていますが、北朝鮮の核施設についての衛星情報もまさにオープンソースで明らかになっているものが非常に多い。また、南シナ海の中国の埋め立てに関しても、米国のCSIS(戦略国際問題研究所)が民間衛星を使って、時系列的データを丹念に分析して明らかにしました。今起こっている戦争だけではなくて、今起こっているあらゆることを知る、そこで世界の道筋が変わって欲しいです。

渡邉 本当に、そう思います。

(終)

渡邉英徳・東京大学大学院情報学環 学際情報学府教授
わたなべ ひでのり:1974年生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒業(卒業設計賞受賞)。筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。首都大学東京システムデザイン学部准教授、ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所 客員研究員、京都大学地域研究統合情報センター 客員准教授などを歴任。著書に『データを紡いで社会につなぐ』『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(共著)など。
高橋杉雄・防衛省防衛研究所防衛政策研究室長
たかはし すぎお:1972年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。専門は国際安全保障論、現代軍事戦略論、日米関係論。共著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛─INF条約後の安全保障』、『「核の忘却」の終わり─核兵器復権の時代』など。

 

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