革命国家キューバはどこへ向かうのか【馬場香織】

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 私がキューバを訪れたのは、メキシコに留学中だった2005年のことだ。当時のキューバはフィデル・カストロがまだ健在で、ソ連崩壊後の1990年代に外貨不足への対応として導入された二重通貨制度のもと、ドルにアクセスできる人とそうでない人との格差が顕在化していた時期でもあった。学生だった私と友人は、味気ない兌換ペソ紙幣よりも、チェ・ゲバラの肖像が刻印されたキューバ・ペソの硬貨が欲しくて、地元の商店でお願いしてお釣りをキューバ・ペソで出してもらった記憶がある。

 コロニアル様式からアールデコ、モダニズム建築まで、多様な歴史的建築が重層的に共存するハバナ旧市街。18世紀初頭に設立されたハバナ大学は、アメリカ大陸でもっとも古い大学のひとつであり、知的・文化的なものへの誇りと敬意は、革命後のキューバ社会にもたしかに息づいているように感じた。夜、長くうねった海岸沿いの堤防は地元の若者たちであふれ、汗の混じり合う音楽と喧騒が独特のエネルギー空間をつくりだしていた。

 もちろん、旅の思い出とともに理想化された部分だけを語ることはできない。フィエスタで知り合った若いキューバ人たちは島の外に出ることを切望していたし、お世話になった民泊先(登録認可が必要)の家庭でさえ、生活はごく慎ましいものだった。キューバ屈指の美しさを誇るバラデロ海岸を訪れたときの衝撃もわすれられない。われわれがいるキューバ人向けのビーチから目と鼻の先に、外国人向けリゾートホテルのプライベートビーチがみえた。白い砂浜は地続きで、青く澄んだ海に境界はないのに、あちらとこちらがたしかに分離されている不思議な感覚。観光資本主義に頼る社会主義国家の矛盾と、革命国家の意地とを、同時にみた気がした。

 そしていま、キューバの体制は革命以来最大の危機に直面している。これまで幾度となく資源や物資の不足を経験してきたキューバだが、昨年末以来のベネズエラ産石油の消滅と、トランプ政権によるエネルギー包囲網の強化によって、停電の常態化や食料・水・医薬品の不足が加速し、人々の生活は深刻な状況に陥っている。さらに今年5月、米司法省は30年前の亡命キューバ人組織の小型機撃墜事件に関連して、フィデルの弟で後継者だったラウル・カストロを起訴した。キューバの現指導者であるディアス=カネルは、これを政治的策略であると批判したが、ベネズエラのマドゥロ元大統領に対する一連の圧力を想起させたことは疑いない。そのマドゥロはと言えば、今年1月に米軍によって拘束され、米国に移送されたのだった。

 しかし、体制の危機を米国の圧力だけに帰することはできない。経済運営の失敗と反対派に対する弾圧が、体制の正統性を弱めてきた。ディアス=カネルは今年6月、大規模な経済自由化パッケージを発表したが、遅きに失した感は否めない。

 他方、市場経済を拡大させることで、指導部にはキューバ共産党による支配体制を存続させたい思惑もみられる。しかし、米国政府が体制転換への圧力をいよいよ強めるなか、求められるのは外から押しつけられる民主化ではなく、キューバ社会自身による民主化だろう。難しいのは、キューバには東欧旧共産諸国のように、回帰すべき過去の政治体制について幅広い合意が存在するわけではないことかもしれない。今後もし体制転換が実現するとしたら、キューバにとって最大の試練は、新たな民主的制度と価値の創造となるだろう。

東京大学教授

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